- 民法担保物権ー5.留置権
- 1.留置権総説
- 留置権総説
- Sec.1
1留置権総説
■留置権の意義
「留置権」とは、他人の物の占有者が、その物に関して生じた債権の弁済を受けるまでその物を留置する権利をいう。たとえば、自動車の修理を依頼され、これを預かっている修理業者は、依頼者から修理代金を支払ってもらうまで、修理した自動車を留置して引渡しを拒むことによって、間接的に代金の支払いを促すことができる権利である。
■留置権の成立要件
留置権は法定担保物権である。したがって、債権者が次の法定の成立要件を満たすと一定の物の上に留置権を取得することになる。
留置権の成立要件
(1) 留置権者が他人の物を占有していること
(2) 債権が留置権の目的物に関して生じたものであること(債権と物との牽連性) (3) 債権が弁済期にあること (4) 占有が不法行為によって始まったものでないこと |
(1) 留置権者が他人の物を占有していること
①「他人の物」には、動産のみならず、不動産も含む。不動産についての留置権も、不動産を占有していれば、登記なくして第三者に対抗できる。不動産も占有していることが留置権の成立要件であり、不動産の占有を失うと、留置権も消滅してしまう。したがって、そもそも、不動産登記法上、留置権は登記できない。
②「他人の物」とは、占有者以外の物をいい、必ずしも債務者の所有する物であることを要しない。たとえば、他人から借りている腕時計が壊れたので、時計屋に修理を依頼したような場合、時計屋は時計の修理代金を支払ってもらうまで、腕時計に留置権を行使することができる。なお、留置権は物権なので、この場合、債務者に対してだけではなく、所有者に対しても留置権を行使することができる。
(2) 債権が留置権の目的物に関して生じたものであること(債権と物との牽連性)
留置権は、物の引渡しを拒絶することによって債務の履行を間接的に強制しようとするものであるので、物と債権との牽連関係が必要となる。
「物に関して生じた債権」とは、① 物自体から生じた債権と② 物の返還請求権と同一の法律関係または同一の事実関係(生活関係)から生じた債権の2つに分類される。
司法書士試験では、留置権が成立するか否かについての以下の判例が頻繁に出題されている。
① 債権が物自体から生じた場合
(イ) 賃借家屋に必要費・有益費を支出した借家人は賃貸借終了後も当然賃借家屋を留置できる(大S14.4.28)。
(ロ) 土地の賃借人が、借地権の期間満了に基づく賃貸人からの土地明渡請求に対し、借地上の建物の買取請求権(借地借家法13条1項)を行使した場合、その買取代金債権に基づいてその建物につき留置権を行使することができる(大S18.2.18)。
→ 建物買取代金債権は、その建物に関して生じた債権といえる。
この場合、留置権者は、結果として敷地についても留置することができる(大S14.8.24)。ただし、敷地の賃料相当額については、不当利得として賃貸人に返還しなければならない(大S18.2.18)。
(ハ) 建物の賃借人が、賃貸借の終了による賃貸人からの建物の明渡請求に対し、その建物に付加した造作の買取請求権を行使した場合、その造作買取代金債権に基づいて建物につき留置権を主張することはできない(最S29.1.14)。
→ 造作買取代金債権は、造作について生じた債権であり、建物について生じた債権ではないからである。また造作の価格は建物の価格に比べて一般的に僅少であるため。
② 債権が物の返還義務と同一の法律関係または事実関係から発生した場合
(ニ) Aの所有する土地をBが買い受けたが、売買代金を支払わないままBは土地をCに転売した。そして、CがAに対して土地の引渡しを請求した場合、Aは未払代金債権を被担保債権として、土地について留置権を行使することができる(最S47.11.16)。
→ 売買代金債権は、当該土地に関して生じた債権なので、売主Aは買主Bに対して土地の留置権を主張することができる。さらに留置権は物権であるため、第三者Cに対してもその効力を主張することができる。
(ホ) Aが不動産をBに売却して引き渡した後に、Cにも当該不動産を売却(いわゆる二重譲渡)し、Cが先に登記を備えた場合、BはCからの不動産明渡請求に対し、Aに対する損害賠償請求権に基づいて、不動産につき留置権を主張することはできない(最S43.11.21)。
→ BはCに対して損害賠償を請求できず、Bが留置権を行使しても間接的にAの損害賠償債務の履行を促すわけではないため。
(ヘ) AがBの所有する不動産を無断でCに売却して引き渡した場合(いわゆる他人物売買)、CはBからの明渡請求に対し、Aに対する損害賠償請求権に基づいて、不動産につき留置権を主張することはできない(最S51.6.17)。
→ CはBに対して損害賠償を請求できず、Cが留置権を行使しても間接的にAの損害賠償債務の履行を促すわけではないため。
(ト) 建物登記がなく、新地主に対抗できない賃借人Bは、土地が第三者Cに譲渡された場合に、賃貸人Aに対する債務不履行による損害賠償請求権を被担保債権として土地の留置はできない(最S52.12.2)。
→ BはCに対して損害賠償を請求できず、Bが留置権を行使しても間接的にAの損害賠償債務の履行を促すわけではないため。
(3) 債権が弁済期にあること
債権が弁済期に達しない間は留置権は発生しない。たとえば、代金後払いの特約がある自動車の修理の場合、修理業者は修理代金債権のために自動車を留置できない。修理代金は未だ弁済期にないためである。占有者の占有物に対する有益費償還請求につき、裁判所が物の回復請求者に期限を許与した場合、占有者は留置権を失うことになる(民法196条2項ただし書参照)。
(チ) 賃貸借の終了に基づいて賃貸人が賃借人に対して建物の明渡しを請求している場合、賃借人は、敷金の返還請求権に基づいて当該建物につき留置権を主張することはできない(最S49.9.2)。
→ 賃借人の建物明渡債務は敷金返還債務に対して先履行の関係にあるため、債権が弁済期にないことになるためである。
(4) 占有が不法行為によって始まったものでないこと
他人の物の占有が不法行為によって始まった場合には、留置権は成立しない(民法295条2項)。たとえば、泥棒が盗品に必要費を支出した場合、所有者からの返還請求に対し、必要費償還請求権に基づいて留置権を行使することはできない。
建物の賃借人が、賃料不払いのために契約を解除された後に、権原がないことを知りながら必要費や有益費を支出した場合も、占有は不法行為によって始まったものではないが、契約解除後も建物の明渡しを遅滞している状況が、占有が不法行為によって始まった場合と同様の状況にあるので、賃借人はその建物について留置権を行使することはできない。
判例 | (最S46.7.16) |
貸借契約が債務不履行により解除された後に、借家人がその借家に必要費や有益費を支出した場合、留置権は成立しない。 |