• 民法担保物権ー2.抵当権
  • 4.抵当権の侵害
  • 抵当権の侵害
  • Sec.1

1抵当権の侵害

堀川 寿和2021/12/23 16:17

 債務者や第三者が抵当権の目的不動産を損壊するなど損害を加えた場合、抵当権も物権だから物権的請求権(妨害排除請求権・妨害予防請求権)を行使したり、不法行為による「損害賠償請求」が認められることは当然である。

物権的請求権

(1) 設定者による目的物の通常の使用・収益

 抵当権は非占有担保であるため、抵当権者に抵当不動産を占有する権限はなく、抵当権が設定された後も引き続き設定者が使用収益をすることができる。そのため、抵当不動産について、設定者が通常の用法の範囲内で使用収益している場合には、抵当権の侵害とはならない。

 たとえば、設定者が抵当不動産を第三者に賃貸したり、抵当山林の木を「間引き」しても、抵当権侵害には当たらない。


(2) 抵当権侵害に当たる行為

 よって抵当権の目的物の交換価値を減少させ、被担保債権の担保に不足を生じさせるような行為が抵当権侵害に当たる。

① 付加物の分離・搬出

 抵当権侵害が問題となる代表的なケースは山林伐採である。

 抵当不動産からの分離・搬出行為が、抵当目的物の価値を減少させる場合、物権的請求権として伐採の禁止(妨害排除)・伐木の搬出禁止(妨害予防)を請求することができる(大T7.4.20)。仮に、伐採・搬出後の山林の価値が抵当権の被担保債権の担保として十分であっても、物権的請求権を行使することができる。

② 返還請求の可否

 分離物が搬出された場合に、抵当権は占有を伴わない物権だから抵当権者への返還請求は認められないが、元の場所へ戻すよう請求できるかが問題となる。判例は、工場抵当法2条の規定によって抵当権の目的とされた動産が、抵当権者の同意を得ることなく、その備え付けられていた工場から搬出された場合、第三者がこれを即時取得しない限り抵当権者はこれを元の備付け場所である工場へ戻すことを請求することができるとしている(最S57.3.12)。


判例(最S57.3.12)
工場抵当法2条により工場抵当権の目的とされた動産が、抵当権者の同意を得ないで、備え付けられた工場から搬出されたときでも、第三者が即時取得しない限り、抵当権の効力が及んでいるから、抵当権者はこれを元の備付場所である工場へ戻すことを求めることができる。抵当権は占有権原がないから、抵当権者に引き渡せという返還請求は認められず、元の場所に戻すよう請求することができるにすぎない。


(3) 第三者の不法占拠

 抵当権設定者は抵当権設定後も抵当不動産を賃貸することもできるが、第三者が不法に抵当不動産を占有している場合、抵当権者が抵当権侵害として妨害排除請求できるかが問題となる。

 旧判例(最H3.3.22)は、抵当権には占有権限がなく、従って第三者が不法占拠していても、抵当権を害するものではないため、抵当権に基づく請求ができないのはもちろん、担保価値の減少もないので、債務者たる所有者に代位して、所有権に基づく返還請求をすることもできないとして、これを否定していた。しかし、その後の判例(最H11.11.24)(最H17.3.10)では一定の要件の下でこれを認めている。


判例(最H11.11.24)
抵当権者は、交換価値の実現が妨げられ、優先弁済権の行使が困難となる状態があるときは、所有者の不法占拠者に対する妨害排除請求権の代位行使(民法423条)をすることができる。また、本件は代位請求を求めた事案であったが、傍論として、「なお、かかる状態があるときは抵当権に基づく妨害排除請求として抵当権者が前記状態の排除を求めることも許される」として、抵当権に基づく排除請求も認めた。


 上記の平成11年の判例は、不法占有者に対して明渡しを求める事例であるが、その後平成17年には、抵当不動産の所有者から占有権原の設定を受けて占有している者に対しても、一定の要件を満たす場合には明渡しを請求することができるとする判例(最H17.3.10)が出された。


判例(最H17.3.10)
1.抵当不動産の所有者から占有権原の設定を受けてこれを占有する者であっても、抵当権設定登記後に占有権原の設定を受けたものであり、その設定に抵当権の実行としての競売手続を妨害する目的が認められ、その占有により抵当不動産の交換価値の実現が妨げられて抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるときは、抵当権者は、当該占有者に対し、抵当権に基づく妨害排除請求として、前記状態の排除を求めることができる。
2.抵当不動産の占有者に対する抵当権に基づく妨害排除請求権の行使に当たり、抵当不動産の所有者において抵当権に対する侵害が生じないように抵当不動産を適切に維持管理することが期待できない場合には、抵当権者は、当該占有者に対し、直接自己への抵当不動産の明渡しを求めることができる
3.抵当権者は、抵当不動産に対する第三者の占有により賃料額相当の損害を被るものではない。


 3.について、平成17年3月10日の判決は、抵当権者に抵当不動産の使用収益の妨害を理由とする賃料額相当の損害が発生するか否かという点について、抵当権者は抵当不動産に対する第三者の占有により賃料額相当の損害を被るものではないというべきであるとしてこれを否定した。よって抵当権者は抵当不動産を賃借した占有者に対してその占有による抵当権侵害を理由に不法行為に基づく賃料相当額の損害賠償を請求しうる余地はない。


(4) 無効な登記

 抵当権の行使を妨害する無効な登記があるときは、抵当権者はその抹消請求を、物権的請求権の行使としてなしうる。たとえば、1番抵当権が被担保債権の弁済によって消滅しているにもかかわらず、抵当権抹消登記がなされていない場合、2番抵当権者は1番抵当権の抹消請求をすることができる(大T4.12.23)。


損害賠償請求

(1) 要件

 抵当権の侵害により抵当権者が損害を被ったときは、民法709条の不法行為が成立し、抵当権者は損害賠償の請求をすることができる。不法行為の一般原則であるため、損害賠償請求するためには、相手方の故意または過失が必要である。ここでいう「損害」とは、目的物の価値の減少により抵当権者が被担保債権の満足を完全に受けられなくなったことを意味する。したがって目的物の一部が毀損しても、残部の価額で被担保債権全額の弁済が受けられれば抵当権者に損害ありとはいえないため、損害賠償請求できない。

 cf.抵当権に基づく物権的請求権を行使する際には、抵当権者に損害が生じていることは要件でなかった。抵当権の不可分性による。


(2) 損害賠償を請求できる時期

 抵当権の侵害により損害が発生した場合、抵当権者はどの時点で侵害者に対して損害の賠償を請求することができるのか?抵当不動産が実際競売されないといくらで売却できるかわからず、損害が発生するとも限らないからである。しかし判例は抵当権を実行する前でも、被担保債権の弁済期の後であれば、損害賠償を請求できるとしている(大S7.5.27)。弁済期が到来すれば、抵当権者は抵当権を実行できるから、その時の抵当不動産の時価を基準として損害を算定できるからである。


期限の利益の喪失と増担保

(1) 期限の利益の喪失

 「債務者」が担保を滅失させ、損傷させまたは減少させたときは、債務者は期限の利益を失う(民法137条2号)。債務者の故意・過失を問わない。よって債権者(抵当権者)は、当初定めた弁済期が到来していなくても抵当権を実行することができることになる。

 債務者以外の第三者の行為により担保が滅失、損傷または減少した場合、当然には期限の利益は喪失しない。


(2) 増担保請求

 「増担保」とは、担保の目的物が滅失、損傷した場合に、担保権者のために新たな担保権を設定することをいう。抵当権侵害や価格の下落があった場合に抵当権者が増担保の提供を請求できるかにつき民法に明文はないが、増担保の特約があれば認められる。銀行実務では増担保を定めるのが通常である。