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1マンションと大規模修繕

堀川 寿和2021/12/17 09:59

大規模修繕の意義と目的

(1) 大規模修繕とは

 大規模修繕とは、長期修繕計画に基づいて計画的に実施される計画修繕のうち、工事を効率的に実施するために、建物の全体または複数の部位・工事項目について行われる大規模な修繕工事や改修工事等をいう。通常は10年以上の周期で大規模に実施される。

 大規模修繕は、(a)事故防止、(b)不具合の解消および予防、(c)耐久性延伸、(d)美観・快適性向上、(e)居住性・機能性向上、および(f)資産価値向上などを目的として行われる。大規模修繕では、マンションの経年劣化や不具合を補修・修繕して、マンションの性能や機能を維持・回復させる修繕工事が中心となる。しかし、生活様式の変化や設備機器の進歩等により、マンションに求められる性能や機能は年々高まっているため、高経年のマンションでは性能や機能面での陳腐化が進行している。そこで、大規模修繕にあたっては、現在の生活様式や技術水準に適合するよう、マンションの性能や機能をグレードアップさせる改良工事も必要となってくる。このような改良工事と修繕工事をあわせて行い、建物の性能や機能を改善する工事を改修工事という。大規模修繕の実施回数を重ねるにつれ、改良工事の割合を大きくした改修工事を行うことにより、マンションの物理的な老朽化(劣化)とともに陳腐化を防止することができる。


(2) 大規模修繕の基本的な進め方

 大規模修繕の進め方の基本的な流れは、次の手順になる。

 管理組合の発意→検討体制の確立→専門家等の選定→調査診断→改修基本計画→改修設計→工事費見積・施工業者選定→資金計画→集会における決議→工事実施


① 検討体制の確立

 大規模修繕は、専門技術的な知識を必要とし、その準備から工事完成までに3年から5年程度を要するのが一般的であるため、通常は、管理組合の理事会とは別に、理事会の諮問機関として修繕委員会などの専門委員会を設置し、継続的に検討を行う。


② 専門家等の選定

 大規模修繕にあたっては、建築技術的な支援を得るために、管理組合のパートナーとして改修業務に精通した専門家等を選ぶ必要がある。通常は、建築士または建築士を有する設計事務所・建設会社・管理会社などを選定する。専門家等の関わり方により、設計監理方式、責任施工方式、管理業者主導方式などがある。


イ) 設計監理方式

 設計監理方式とは、コンサルタントとして選定した専門家等に、工事実施前までの段階では、調査診断・改修設計・施工会社の選定・資金計画等に係る専門的、技術的、実務的な業務を委託し、工事実施段階では工事監理を委託する方式である。なお、工事監理とは、その者の責任において、工事を設計図書と照合し、それが設計図書のとおりに実施されているかいないかを確認することをいい、一定の建築物の工事監理は建築士が行うこととなっている。

 この方式は、診断・改修設計と施工が分離していることから、必要とされる工事を客観的に判断して工事内容を定めることができ、管理組合の立場に立った工事監理が行われる。また競争入札などで施工会社を選定することができる。この方式は、工事内容・工事費用の透明性が確保でき、責任の所在が明確である点で、望ましい方式といえる。


ロ) 責任施工方式

 責任施工方式とは、選定した専門家等を施工会社として、調査診断・改修設計・資金計画から工事の実施・監理までの全てを請け負わせる方式である。通常は、信頼できる施工会社数社に調査診断、改修計画提案、改修設計、工事費見積を無料で依頼し、その結果を見て、この中から1社を選定することになる。この方式によると、設計管理方式で必要となる設計費や工事監理費などが必要でない。しかし、設計と施工が一体化するため、工事内容が施工会社に都合よく決定されてしまい、結果的に費用がかさんだり、第三者の監理がないため仕様通りの工事が行われなかったりする可能性がある。したがって、この方式を採用する場合は、検討結果の適切な情報開示や、検討内容ごとの費用内訳の提示等を受けることが重要となる。


ハ) 管理業者主導方式

 管理業者主導方式とは、日常管理を請け負っている管理業者に調査診断・改修設計・資金計画から工事の実施・監理までの全てを主導させる方式をいう。決定権は管理組合にある。この方式は、管理組合の企画立案力や執行力が弱体な場合に適している。しかし、管理業者の主導にまかせてしまう場合が多く、責任施工方式と同様に第三者のチェックが入らないため、結果的に費用が高額になってしまう可能性がある。


③ 調査診断

 長期修繕計画による修繕周期が近づくと、劣化や損傷の程度、範囲等を確認するために、調査診断を実施する。この結果は、大規模修繕の実施時期等を判定したり、修繕工事の仕様書を作成したりするための基礎資料となる。専門的な知識が必要となるので、専門会社に委託して行われる。詳細については、このあと「(3) 建物・設備の調査および診断」で述べる。


④ 改修基本計画

 調査診断の結果および居住者の改善ニーズを把握したうえで、これをもとに改修基本計画を作成する。この段階では、修繕箇所、工法、工事費の概算など修繕計画の概要を検討し、外部の専門家に委託して、改修基本計画書を作成する。

⑤ 改修設計

 改修基本計画に基づき、改修設計を行う。この段階では、外部の専門家に委託して、改修工事設計図、改修工事仕様書、数量内訳書など工事を行うための設計図書を作成する。


⑥ 工事費見積・施工業者選定

 設計管理方式の場合は、工事実施段階において施工業者を選定する。施工業者選定にあたり、まず見積参加業者を選定する必要がある。見積参加業者の選定は、推薦による場合、公募による場合などがあるが、透明性を確保するためには公募のほうが望ましい。見積参加業者に図面・仕様書・数量書など改修設計の結果を提示して工事の見積条件を設定する。各社から見積書が提出されれば、見積金額のみではなく、施工者の施工能力・施工体制等をヒアリングし、工事終了後の保証やアフターサービスの体制なども考慮して、最終的に適切であると考える施工会社を選定する。なお、施工業者の選定は集会決議の後になることもある。


⑦ 資金計画

 大規模修繕工事の費用は、一般に、修繕積立金により賄う。しかし、積立金が不足する場合には、金融機関からの借入金、または区分所有者からの一時金徴収で賄う必要がある。耐震改修工事の場合は、補助金等を利用することもできる。


⑧ 集会における決議

 区分所有法により、大規模修繕工事の最終的な決定は、管理組合の集会における決議で行う。大規模修繕工事は、その規模・内容・程度などから、「共用部分の変更」にあたる。共用部分の変更で、その形状または効用の著しい変更を伴う場合は、区分所有者および議決権の各4分の3以上の多数による集会の決議(特別決議)が必要になる(区分所有法17条1項)。共用部分の変更でも、その形状または効用の著しい変更を伴わない場合は、区分所有者および議決権の各過半数による集会の決議(普通決議)でよい。通常、大規模修繕工事は、この普通決議で決定することができる。


⑨ 工事の実施

 集会の決議が成立すると、発注者である管理組合と受注者である施工会社との間で工事請負契約を締結する。工事を適切に実施するためには、工事工程の進捗状況や施工状況などをチェックする工事監理が重要になる。建築基準法や建築士法により、大規模な修繕工事の場合には、建築士である工事監理者を置くことが義務付けられている。


⑩ 工事代金の支払い

 大規模修繕工事の場合、工事の途中で施工数量が変動したり、設計変更が行われたりすることにより、工事請負契約で定めた金額どおりにならないことが多い。そこで、実費精算方式が採用される。

 実費精算方式とは、仮定した数量で業者見積りを行い、実施数量が確定した後で最終工事代金を決定し精算する方式である。 


(3) 推定修繕工事項目と修繕周期

 長期修繕計画では、推定修繕工事項目と、項目ごとの修繕周期が設定される。推定修繕工事項目は、設計図書、修繕等の履歴、現状の調査・診断の結果等にもとづいて設定される。修繕周期は、マンションの仕様、立地条件、建物および設備の劣化状況などの調査・診断の結果等に基づいて、推定修繕工事項目ごとに設定される。

 おもな推定修繕工事項目とその修繕周期の目安は次のとおりである。なお、修繕工事の内容や工法、修繕周期等は、新しい工法や技術開発の進展等に伴って異なるものとなる。


① 建築・外観

推定修繕工事項目修繕周期
屋根防水改修工事露出12年~ 押え18年~
外装塗装工事12~18年
バルコニー等防水改修工事12~18年
シーリング改修工事8~16年
鉄部改修・塗装工事4~6年
金物類改修工事使用頻度・損耗による
アルミ部改修工事24~36年
舗装改修工事24~36年
外溝工作物補修・取替え工事24~36年
屋外排水設備取替え工事24~36年


② 設備

推定修繕工事項目修繕周期
給水設備更生・更新工事18~24年
消火設備取替え工事18~24年
雑排水設備取替え工事18~24年
汚水設備取替え工事24~36年
ガス設備取替え工事12~36年
電灯・電力幹線・盤取替え工事24~32年
照明器具・配線盤取替え工事12~32年
電話設備取替え工事30年
TV共聴設備取替え工事12~32年
自動火災報知設備取替え工事12~32年
避雷設備取替え工事24~32年
エレベーター設備取替え工事24~32年



長期修繕計画・修繕積立金

 大規模改修工事は、長期修繕計画に基づいて行われる。長期修繕計画は、25年から30年程度先までを考慮して決定するものである。長期修繕計画に対し、5年程度先までを考慮するものを中期修繕計画といい、1年から2年以内に修繕工事を実施するための具体的計画は短期修繕計画という。


(1) マンション標準管理規約における長期修繕計画・修繕積立金

 「マンション標準管理規約(単棟型)」(以下「標準規約」という)では、「長期修繕計画の作成又は変更に関する業務及び長期修繕計画書の管理」および「修繕積立金の運用」を管理組合の業務とする(標準規約32条3号・10号)。

 「マンション標準管理規約(単棟型)コメント」(以下「標準規約コメント」という)によると、長期修繕計画は、建物を長期にわたって良好に維持・管理していくために計画的に実施する必要がある、大規模修繕の実施時期および必要となる費用の額等について、あらかじめ定めておくものをいい、これらの事項を事前に区分所有者の間で合意しておくことは、円滑な修繕の実施のために重要であるとする(標準規約コメント第32条関係①)。また、コメントには書かれていないが、長期修繕計画は、修繕積立金の算定根拠にもなる。

 長期修繕計画の内容として、計画期間は30年以上で、かつ大規模修繕工事が2回含まれる期間以上とし、定期的に見直すこと、計画修繕の対象となる工事として、外壁補修、屋上防水、給排水管取替、窓および玄関扉などの開口部の改良等が掲げられ、各部位ごとに修繕周期、工事金額等が定められたものであることなどをあげる(標準規約コメント第32条関係②)。

 また、長期修繕計画の作成または変更および修繕工事の実施の前提として、劣化診断(建物診断)を管理組合として併せて行う必要があるとする(標準規約コメント第32条関係③)。なお、この劣化診断(建物診断)に要する経費の充当は、管理組合の財産状態等に応じて管理費または修繕積立金のどちらからでもできるとする(標準規約コメント第32条関係④)。ただし、修繕工事の前提としての劣化診断(建物診断)に要する経費の充当については、修繕工事の一環としての経費であることから、原則として修繕積立金から取り崩すことになるとする(標準規約コメント第32条関係④但書)。これに対して、共用設備の保守維持費、運転費、経常的な補修費は、管理費から充当すべきものである。

 標準規約では、管理組合は、各区分所有者が納入する修繕積立金を積み立てるものとし、積み立てた修繕積立金は、一定の特別の管理に要する経費に充当する場合に限って取り崩すことができるとする(標準規約28条1項)。そして、特別の管理として、一定年数の経過ごとに計画的に行う修繕を挙げている(標準規約28条1項1号)。この他、不測の事故その他特別の事由により必要となる修繕の経費についても修繕積立金を充当することができる(標準規約28条1項2号)。また、この修繕積立金については、管理費とは区分して経理しなければならないとする(標準規約28条5項)。

 標準規約コメントによると、対象物件の経済的価値を適正に維持するためには、一定期間ごとに行う計画的な維持修繕工事が重要であるので、修繕積立金を必ず積立てることとしたとする(標準規約コメント第28条関係①)。

 長期修繕計画では、修繕工事費だけでなく、調査診断、修繕設計、工事監理、長期修繕計画の見直しなどのコンサルタント費用も計上しておくことが重要である。 


(2) 長期修繕計画作成ガイドライン

 国土交通省は、長期修繕計画に関し、平成20年6月に「長期修繕計画標準様式、長期修繕計画作成ガイドラインおよび同コメント」を公表している。このガイドラインの目的は、マンションにおける長期修繕計画の作成または見直しおよび修繕積立金の設定に関して、基本的な考え方等と長期修繕計画標準様式を使用しての作成方法を示すことにより、適切な内容の長期修繕計画の作成およびこれに基づいた修繕積立金の額の設定を促し、マンションの計画修繕工事の適時適切かつ円滑な実施を図ることにある。

 長期修繕計画作成ガイドラインを構成する項目は、次のとおりである。

① 長期修繕計画の作成の基本的な考え方
イ) 長期修繕計画の作成および修繕積立金の額の設定の目的等
ロ) 長期修繕計画の作成および修繕積立金の額の設定の手順
ハ) 長期修繕計画の周知、保管
② 長期修繕計画の作成の方法
イ) 長期修繕計画の作成の方法
ロ) 修繕積立金の額の設定方法
ハ) 長期修繕計画の内容および修繕積立金の額のチェックの方法


(3) 「長期修繕計画作成ガイドラインおよび同コメント」(抜粋)

第2章長期修繕計画の作成の基本的な考え方
第1節長期修繕計画の作成及び修繕積立金の額の設定の目的等
(略)
2 基本的な考え方
(略)
二 長期修繕計画の作成の前提条件
 長期修繕計画の作成に当たっては、次に掲げる事項を前提条件とします。
①推定修繕工事は、建物及び設備の性能・機能を新築時と同等水準に維持、回復させる修繕工事を基本とする。
②区分所有者の要望など必要に応じて、建物及び設備の性能を向上させる改修工事を設定する。
③計画期間において、法定点検等の点検及び経常的な補修工事を適切に実施する。
④計画修繕工事の実施の要否、内容等は、事前に調査・診断を行い、その結果に基づいて判断する。
(略)


第3章 長期修繕計画の作成の方法
第1節 長期修繕計画の作成の方法
1 長期修繕計画の構成
長期修繕計画の構成は、次に掲げる項目を基本とします。
①マンションの建物・設備の概要等
②調査・診断の概要
③長期修繕計画の作成・修繕積立金の額の設定の考え方
④長期修繕計画の内容
⑤修繕積立金の額の設定
2 長期修繕計画標準様式の利用
 長期修繕計画は、標準様式を参考として作成します。
 なお、マンションには様々な形態、形状、仕様等があるうえ、立地条件も異なっていることから、これらに応じた適切な長期修繕計画とするため、必要に応じて標準様式の内容を追加して使用します。
3 マンションの建物・設備の概要等
 敷地、建物・設備及び附属施設の概要(規模、形状等)、関係者、管理・所有区分、維持管理の状況(法定点検等の実施、調査・診断の実施、計画修繕工事の実施、長期修繕計画の見直し等)、会計状況、設計図書等の保管状況等の概要について示すことが必要です。
 特に、管理規約及び設計図書等に基づいて、長期修繕計画の対象となる敷地(団地型マンションの場合は土地)、建物の共用部分及び附属施設の範囲を明示することが重要です。
 また、建物及び設備の劣化状況、区分所有者の要望等に関する調査・診断の結果について、その要点を示すことも必要です。
4 長期修繕計画の作成の考え方
 長期修繕計画の作成の目的、計画の前提等、計画期間の設定、推定修繕工事項目の設定、修繕周期の設定、推定修繕工事費の算定、収支計画の検討、計画の見直し及び修繕積立金の額の設定に関する考え方を示すことが必要です。
 5 計画期間の設定
計画期間は、新築マンションの場合は、30年以上とし、既存マンションの場合は、25年以上とします。
 6 推定修繕工事項目の設定
推定修繕工事項目は、新築マンションの場合は、設計図書等に基づいて、また、既存マンションの場合は、現状の長期修繕計画を踏まえ、保管されている設計図書、修繕等の履歴、現状の調査・診断の結果等に基 づいて設定します。
なお、マンションの形状、仕様等により該当しない項目、又は修繕周期が計画期間に含まれないため推定修繕工事費を計上していない項目は、その旨を明示します。
 また、区分所有者等の要望など必要に応じて、建物及び設備の性能向上に関する項目を追加することが望まれます。

推定修繕工事費用には、長期修繕計画の見直し、大規模修繕工事のための調査・診断、修繕設計および工事監理の費用を含む。

7 修繕周期の設定

 修繕周期は、新築マンションの場合、推定修繕工事項目ごとに、マンションの仕様、立地条件等を考慮して設定します。また、既存マンションの場合、さらに建物及び設備の劣化状況等の調査・診断の結果等に基づいて設定します。

 設定に当たっては、経済性等を考慮し、推定修繕工事の集約等を検討します。

8 推定修繕工事費の算定

一 数量計算の方法

 数量計算は、新築マンションの場合、設計図書、工事請負契約による請負代金内訳書、数量計算書等を参考として、また、既存マンションの場合、現状の長期修繕計画を踏まえ、保管している設計図書、数量計算書、修繕等の履歴、現状の調査・診断の結果等を参考として、「建築数量積算基準((財)建築コスト管理システム研究所発行)」等に準拠して、長期修繕計画用に算出します。

二 単価の設定の考え方

 単価は、修繕工事特有の施工条件等を考慮し、部位ごとに仕様を選択して、新築マンションの場合、設計図書、工事請負契約による請負代金内訳書等を参考として、また、既存マンションの場合、過去の計画修繕工事の契約実績、その調査データ、刊行物の単価、専門工事業者の見積価格等を参考として設定します。

 なお、現場管理費及び一般管理費は、見込まれる推定修繕工事ごとの総額に応じた比率の額を単価に含めて設定します。

三 算定の方法

 推定修繕工事費は、推定修繕工事項目の詳細な項目ごとに、算出した数量に設定した単価を乗じて算定します。

修繕積立金の運用益、借入金の金利及び物価変動について考慮する場合は、作成時点において想定する率を明示します。また、消費税は、作成時点の税率とし、会計年度ごとに計上します。

9 収支計画の検討

 計画期間に見込まれる推定修繕工事費(借入金がある場合はその償還金を含む。以下同じ。)の累計額が示され、その額を修繕積立金(修繕積立基金、一時金、専用庭等の専用使用料及び駐車場等の使用料からの繰入れ並びに修繕積立金の運用益を含む。以下同じ。)の累計額が下回らないように計画することが必要です。

 また、推定修繕工事項目に建物及び設備の性能向上を図る改修工事を設定する場合は、これに要する費用を含めた収支計画とすることが必要です。

 なお、機械式駐車場があり、維持管理に多額の費用を要することが想定される場合は、管理費会計及び修繕積立金会計とは区分して駐車場使用料会計を設けることが望まれます。

10 長期修繕計画の見直し

 長期修繕計画は、次に掲げる不確定な事項を含んでいますので、5年程度ごとに調査・診断を行い、その結果に基づいて見直すことが必要です。また、併せて修繕積立金の額も見直します。

①建物及び設備の劣化の状況

②社会的環境及び生活様式の変化

③新たな材料、工法等の開発及びそれによる修繕周期、単価等の変動

④修繕積立金の運用益、借入金の金利、物価、消費税率等の変動


第2節修繕積立金の額の設定方法

1 修繕積立金の積立方法

 修繕積立金の積立ては、長期修繕計画の作成時点において、計画期間に積み立てる修繕積立金の額を均等にする積立方式(以下「均等積立方式」という。)を基本とします。

 なお、均等積立方式による場合でも5年程度ごとの計画の見直しにより、計画期間の推定修繕工事費の累計額の増加に伴って必要とする修繕積立金の額が増加しますので留意が必要です。また、計画期間に積み立てる修繕積立金の額を段階的に増額する積立方式とする場合は、計画の見直しにより、計画の作成当初において推定した増加の額からさらに増加しますので特に留意が必要です。

 分譲事業者は購入予定者に対して、また、専門家は業務を依頼された管理組合に対して、修繕積立金の積立方法について十分に説明することが必要です。


2 収入の考え方

 区分所有者が積み立てる修繕積立金のほか、専用庭等の専用使用料及び駐車場等の使用料からそれらの管理に要する費用に充当した残金を、修繕積立金会計に繰り入れます。

 また、購入時に将来の計画修繕工事に要する経費として修繕積立基金を負担する場合又は修繕積立金の総額の不足などから一時金を負担する場合は、これらを修繕積立金会計に繰り入れます。


3 修繕積立金の額の設定方法

 長期修繕計画における計画期間の推定修繕工事費の累計額を計画期間(月数)で除し、各住戸の負担割合を乗じて、月当たり戸当たりの修繕積立金の額を算定します。

 また、新築マンションにおいて、購入時に修繕積立基金を負担する場合の月当たり戸当たりの修繕積立金の額は、上記で算定された修繕積立金の額から修繕積立基金を一定期間(月数)で除した額を減額したものとします。

 なお、大規模修繕工事の予定年度において、修繕積立金の累計額が推定修繕工事費の累計額を一時的に下回るときは、その年度に一時金の負担、借入れ等の対応をとることが必要です。また、災害や不測の事故などが生じたときは、一時金の負担等の対応に留意が必要です。



建物・設備の調査および診断

(1) 診断の内容

 大規模修繕工事を実施するに際し、マンションの組合員間の合意形成を容易に行うため、工事仕様、工事価格、工事業者の選定について客観的判断材料となる建物および設備についての調査および診断を実施することが望ましい。

 調査・診断とは、マンションの建物各部の劣化や損耗の状態、安全性、耐震性などを調査し、問題点を把握して、その原因を明らかにし、必要な対策を立てることである。調査・診断の結果に基づき、修繕仕様書や工事概算金額書などが作成され、これが施工業者に工事見積書を提出させ、見積りを比較検討する際の客観的資料となる。

 建物診断の主な種類としては、次のようなものがある。


① 劣化診断

 劣化診断とは、建物の各部位・材料や設備機器などがさらされている環境や使用状況・メンテナンス状況などにより、どの程度劣化しているかを把握し、どのような対策を行えばよいかを提案するものをいう。一般には建物診断といえば劣化診断のことを指すことが多い。劣化診断は、大規模修繕工事の前提として行うだけでなく、長期修繕計画を作成するために行われるものもある。


② 安全性診断

 安全性診断とは、外壁の落下防止や、防災設備のシステムや機能・性能が十分か、また、現行の法規に整合しているかなど、安全面について検証することをいう。


③ 耐震診断

 耐震診断とは、構造物・仕上げ材の強度や、設備機器・配管の据付状態など耐震性能について検証することをいう。


④ 環境診断

 環境診断とは、湿度・温度・二酸化炭素・照明・振動・悪臭などの環境に関する項目が適正な値であるかを検証することをいう。


⑤ 省エネ診断

 省エネ診断とは、設備機器等のエネルギー消費量に無駄がないかを検証し、結果に基づいて省エネ対策を明確にすることをいう。


⑥ システム機能診断

 システム機能診断とは、建物のシステム機能の変更・用途変更および機能向上等の要求に対して、現状システムがどの程度まで対応可能かを検証することをいう。

(2) 調査・診断の手順

 調査・診断の流れは、診断目的や診断対象、劣化の程度などによりかわるが、一般的には、①予備調査、②本調査・診断、③改修基本計画作成の順で実施される。


① 予備審査

 予備調査は、建物所有者から建物・設備の診断を依頼された場合に、診断の目的・内容を確認し、最適な診断方法を決定するために行われるものである。具体的には、調査機器・用具を使わない対象建物の目視調査、管理組合への問題点の聞き取り調査、居住者への全戸アンケート調査などが行われる。設計図書や過去の診断記録、過去の修繕記録なども調査される。予備調査にもとづき、診断計画書が作成される。


② 本調査・診断

 本調査は、予備調査の結果をふまえて、診断結果を得るための詳細かつ広範な調査である。ただし、一般には経済性を考慮して、まず目視や部分打診など簡便な調査を行って第1次診断をし、それで判断がつかないような場合には、さらに詳細な調査を行って第2次診断、第3次診断の順で進めていく。第2次・第3次診断の段階では、診断機器を用いたり、破壊試験が行われたりする。


(3) マンションの劣化の分類

 マンションは建設されてから年月を経ることにより劣化していく。建物の劣化は、一般に、物理的劣化、機能的劣化および社会的劣化の3つに分けられる。


① 物理的劣化

 物理的劣化とは、雨水や空気中の炭酸ガス等の化学的要因または継続使用などの物理的要因による腐食や減耗など、使用材料や機器等の性能が低下することをいう。たとえば、外壁のひび割れや、雨漏りなどは物理的劣化である。物理的劣化が始まると経年とともに劣化の範囲は拡大し、劣化の程度も進行していく。

 劣化の状況に応じて、適切に修繕その他の対策をとることが必要になる。劣化が建物全体におよぶと大規模な修繕を実施する必要が出てくる。


② 機能的劣化

 機能的劣化とは、建物の建設後の技術の向上や法的規制の変化により、当初設置された機器が陳腐化してしまうことである。例えば、冷暖房機器の高性能化・小型化などのように、より性能が優れ、よりコンパクトな設備機器や材料が開発されることにより、当初設置された機器等自体の性能が低下していなくても、相対的な評価としてその機器等が陳腐化したり、消防法の強化や、新耐震基準の施行などによって、建物が備えるべき機能が向上・拡大することにより当初設置された機器が陳腐化したりすることである。

③ 社会的劣化

 社会的劣化とは、社会的要求水準や要求内容が変化したことによって生じる陳腐化である。例えば、人の生活様式の変化などにより、住居に求める要求水準や要求内容の変化に対応することができないことによって生じる。社会的劣化に対しては、大規模修繕で対応することは困難とされる。


(4) タイル外壁・モルタル塗り外壁の劣化と診断

① 「剥落による災害防止のためのタイル外壁、モルタル塗り外壁診断指針」の目的

 タイル外壁、モルタルが塗り外壁を有する建物については、これらの外壁の適切な診断を実施することにより、タイルやモルタルの剥落による災害を防止することを目的として、国土交通省(旧建設省)から「剥落による災害防止のためのタイル外壁、モルタル塗り外壁診断指針」(以下「診断指針」という)が公表されている。診断指針は、建物所有者または管理者が実施すべき定期的外壁診断・臨時的外壁診断の実施時期、診断の内容等を明らかにするとともに、診断方法の選定基準、診断方法の限界、タイル・モルタルの剥落の危険性の判断基準等を明らかにしている。


② 定期的外壁診断・臨時的外壁診断・外壁の定期点検

 診断指針は、剥落による災害を防止するため、建物の所有者または管理者は、定期的外壁診断および臨時的外壁診断を実施しなければならないとする。また、定期診断・臨時診断とは別に、建物所有者または管理者は、随時、災害危険度の大きい外壁についてその外観を観察し、異常の早期発見に努めなければならないとする。

 定期的外壁診断(以下「定期診断」という)とは、外壁の不具合を未然に防止し(予防保全)、建物の耐久性を向上させるために、定期的に実施する外壁診断をいう。定期診断の実施時期は、建物竣工後2年以内に第1回目を実施し、以下3年以内ごとに1回実施するとされる。また、第1回と建物竣工後10年前後の定期診断では、必要に応じて、接着強度測定がおこなわれる。タイル、モルタル、塗料(塗膜)などの付着力を測定する機器である建研式接着力試験器などが用いられる。

 臨時的外壁診断(以下「臨時診断」という)とは、タイル・モルタルの剥落があった場合、および大規模な地震、火災の被災後に臨時的に実施する外壁診断をいう。臨時診断は、これらの異常が認められたときは、早急に実施するものとされる。

 定期診断・臨時診断の対象となるのは、災害危険度の大きい壁面であり、タイル・モルタルが、劣化、地震等により剥落すると災害を起こす危険性の大きい範囲内に、公道、不特定多数の人が通行する私道、構内通路、広場などを有するタイル外壁、モルタル塗り外壁である。なお、タイル等の剥落による危険がないと判断される外壁についても、これらの診断を実施することが望ましいとされる。

③ 診断方法

 外壁の定期診断・臨時診断は、建物の所有者または管理者が、一定の知識と経験を有する診断技術者に委託して行う。診断技術者は、診断すべき建物の立地、規模、形態等および各種の診断方法の適用限界をふまえて、適正な診断方法・診断時刻等を選定しなければならない。

 外壁の診断方法として、指針は、外観目視法、打診法、反発法および赤外線装置法の4つを採用している。なお、反発法および赤外線装置法は、まとめて非破壊検査法とされる。外観目視法および非破壊検査法は、打診法と併用するものとされる。


イ) 外観目視法

 外観目視法による診断とは、診断者が直接壁面に接することのできる箇所については肉眼により、診断者が直接壁面に接することのできない箇所については高倍率の双眼鏡、望遠鏡またはトランシットを使用して、外壁の浮き等を調査する方法をいう。ただし、外観目視法では、外形上異常が発生していない浮きなどは発見できず、異常が発生していても光の具合や障害物により、見落とすおそれがあるなどの限界がある。


ロ) 打診法

 打撃法による診断とは、パールハンマーやテストハンマーなどの打診用ハンマーを用いて、コンクリート表面やタイル表面を打撃し、その打音により浮きの有無や程度などを調査する方法である。ただし、打診法には、測定結果を客観的数字として表すことができないことや、概ね厚さ40mm以上の場所にある剥離を検知することが困難であるなどの限界がある。

 打診法には、部分打診法および全面打診法がある。部分的打診法は、外壁のうち、通常時に剥落の危険の大きいと思われる部分について部分的に打診を実施する方法であり、足場やゴンドラ等を使用せず手の届く部分を実施する場合と、足場やゴンドラ等を利用して部分的に実施する場合とがある。全面打診法は、ゴンドラや足場を利用して、外壁の全面を打診する方法である。


ハ) 反発法

 反発法による診断とは、タイル面等に一定の衝撃を与え、その衝撃により生じた跳ね返りの大きさを自動的に記録し、反発度または音圧の違いによってタイル等の浮きの有無や程度を調査する方法である。ただし、反発法には、厚さ40㎜~70㎜以上の部分の剥離を検知することが困難であるなどの限界がある。


ニ) 赤外線装置法

 赤外線装置法による診断とは、タイル等の剥離部と健常部の熱伝導の違いによる温度差(剥離部は早く温度が変化する)を、赤外線カメラやサーモカメラなどと呼ばれる赤外線映像装置により測定し、タイル等の浮きの有無や程度を調査する方法である。ただし、赤外線装置法には、季節、天候、時刻、気温、壁面の方位、カメラ距離、仕上げ材の色調、建物の冷暖房機器の発熱等の影響を受け、雨や風の強い日の測定が困難であるなどの限界がある。

④ 診断レベル

 指針は、外壁の診断レベルを診断レベルⅠと診断レベルⅡの2つにわけている。


イ) 診断レベルⅠ

 診断レベルⅠにおいては、「外観目視による壁面全体のひび、浮き等の調査+部分打診法」、または、「外観目視による壁面全体のひび、浮き等の調査+部分的な非破壊検査法(反発法または赤外線装置法)と部分打診法の併用」による浮きの測定を実施する。

 診断レベルⅠが実施されるのは、竣工後10年前後のものを除くすべての定期診断、臨時診断のうち地震または火災によって被災した場合において実施される。その結果、1㎡以上のまとまった剥落箇所が1㎡以上ある場合や、ふくれが2か所以上存在するなど、劣化の程度が大きい場合には、診断レベルⅡが実施される。劣化の程度が小さい場合は、剥落箇所や、ひび割れの箇所などについて必要な補修を行う。


ロ) 診断レベルⅡ

 診断レベルⅡにおいては、「全面打診法」または「全面的な非破壊検査法(反発法または赤外線装置法)と部分打診法の併用」による浮きの測定を実施する。診断レベルⅡが実施されるのは、定期診断のうち竣工後10年前後に実施するもの、臨時診断のうち壁面の一部が剥落した場合の実施するもの、および、診断レベルⅠの結果必要と判断されたときに、実施される。その結果、ふくれ、浮きが発見された場合は、すべて危険なものと判定し、補修または改修を実施する。


⑤ 外観目視による調査項目(診断レベルⅠ)

 診断レベルⅠにおける外観目視による調査項目は以下のとおりである。


イ) 浮き(剥離)

 浮きは、剥離ともいう。タイル張り外壁の浮きは、タイルと張付けモルタルとの界面、張付けモルタルと下地モルタルとの界面、または下地モルタルと躯体コンクリートとの界面相互の接着が不良となり、モルタル塗り外壁の浮きは、仕上げモルタルと躯体コンクリートとの界面相互の接着が不良となり、隙間が生じ部分的に分離した状態をいう。


ロ) ふくれ

 タイル張り外壁またはモルタル塗り外壁のふくれとは、タイル張り層または仕上げモルタル層の浮きが進行し、面外方向に凸状に変形が増大し、肉眼で確認ができる状態になったものをいう。


ハ) 剥落

 剥落とは、タイルやモルタルが部分的に剥がれ落ちた状態をいう。タイルが1枚でも剥落した場合は、多くの場合その周辺またはその他の部位にタイルの浮き(剥離)が発生していることがあり、タイル張り全体として性能低下を起こしている可能性があるので注意が必要である。タイル等の剥落は人身事故につながる可能性もあるため、早期に補修または改修の対策をとる必要がある。 


ニ) 欠損

 欠損とは、タイルが部分的に欠けた状態をいう。原因としては、凍害、熱膨張、衝撃などがある。欠損が剥落につながる可能性もあるので注意が必要である。


ホ) エフロレッセンス(白華現象)

 エフロレッセンスとは、下地のコンクリート中の可溶成分が雨水等により外壁表面に析出し、空気中の二酸化炭素ガス等との反応によって難溶性の白色物質が外壁表面に沈着した状態をいう。石材、コンクリートおよびレンガ目地などの表面にも見られる。白華現象ともいう。


へ) ひび割れ(クラック)

 ひび割れ(クラック)は、タイルや塗装の表面にひびが入って割れた状態をいう。原因としては、躯体コンクリートのひび割れにともなって生じるひび割れと、仕上げ面自体の収縮によるひび割れとがある。幅が0.2㎜以下のひび割れは一般に許容範囲とされる。ひび割れは漏水の原因となり、コンクリートの中性化や鉄筋コンクリートの鉄筋の腐食を促進させる。


ト) 錆水の付着

 錆とは、酸素を含む水や湿気と、それに接する金属との化合により生成されるもので、鉄の場合は赤錆が一般的である。錆水の付着とは、鉄部が錆び、そこから出た錆を含んだ水が外壁に付着することをいう。錆水の錆の原因が鉄筋コンクリートの鉄筋である場合は、建物の耐久性に大きく影響をおよぼすために、さびの発生源がどこであるのかに注意が必要である。


チ) チョーキング(白亜化)

 チョーキングとは、紫外線、熱、雨水などの影響を受けて、外壁塗膜表面の樹脂などの劣化により、充てん材が離脱しやすくなり、表面が白い粉末状になった状態をいう。白亜化ともいう。


リ) 水漏れ

(5) 鉄筋コンクリートの劣化診断

 鉄筋コンクリート造の建築物を維持するためには、劣化や損傷を早期に発見して、適切な補修と改修を行うために、定期的な劣化診断および日常の定期点検が必要になる。

 鉄筋コンクリートの劣化を診断する方法には、主に以下のものがある。


① 外観目視診断

 外観目視診断とは、肉眼または双眼鏡・望遠鏡等の器具を使用して、構造躯体の表面に現れた劣化症状を調査する方法である。

 外観目視診断による調査項目には、主に以下のものがある。


イ) 浮き(剥離)

 浮きとは、剥離ともいい、鉄筋のかぶりなど躯体コンクリートの一部が躯体から浮いている状態をいう。ただし、この浮きが、タイルやモルタルなどの仕上げ材が躯体から部分的に分離したものか、躯体コンクリートも伴っているのかについて、目視や打診による識別は困難である。


ロ) 剥落

 剥落とは、浮き(剥離)が進行して、浮いていた躯体コンクリートの一部が躯体からはがれ落ちた状態をいう。これにより、場合によっては、鉄筋が露出することもある。鉄筋が露出すると、鉄筋の腐食の進行を促し、鉄筋コンクリートの強度、耐久性を低下させる。また、場合によってはコンクリートの破片が落下することによる人身事故の原因にもなる。


ハ) 錆鉄筋露出

 鉄筋のかぶりの剥落などにより、錆鉄筋が表面に露出した状態をいう。点状、線状、網目状に露出することがある。腐食した鉄筋の膨張による膨張圧で表面のコンクリートが押し出されて鉄筋が露出するが、施工時のかぶり厚さ不足も原因とされる。


ニ) ひび割れ(亀裂)

 コンクリートのひび割れは、漏水の原因となり、鉄筋コンクリートの耐久性を低下させる。

 コンクリートの表面に発生するひび割れは、原因により様々な形状で発生する。その形状やパターンにより、その原因を推定することができる。

 ひび割れの主な原因として、次のようなものがある。


(a) 鉄筋の発錆による膨張

 鉄筋が腐食し錆が発生すると元の体積の2.5倍にまで膨張するため、腐食が進行すると膨張圧で内部からコンクリートを押し上げてひび割れを生じさせる。この場合は、コンクリートの表面に、鉄筋に沿った規則性のある直線状の大きなひび割れが発生する。

 鉄筋の腐食の原因となるのは、主にコンクリートの中性化、塩害、ひび割れである。ひび割れが生じると、水の侵入により腐食はさらに促進され、ひび割れも拡大する。 


(b) コンクリートの乾燥収縮

 乾燥収縮とは、コンクリートが硬化・乾燥する過程で生じる収縮をいう。この収縮率が大きいと、コンクリートの弱い部分にひび割れが生じる。この場合は、部材の長手方向とほぼ垂直に、規則性のある直線状のひび割れが発生する。また、開口部の周囲では放射状に、外壁部や隅角部では斜め方向に発生する。


(c) 建物の不同沈下

 地盤や基礎の状態が建物の場所によって異なると、建物が部分的に沈下することがあり、これを不同沈下という。建物が傾斜するため、ドアが開閉しづらくなるなどの障害が現れ、コンクリートにも無理な負荷がかかってひび割れを生じる。


(d) 温度変化によるコンクリートの膨張・収縮

 コンクリートは、温度が上昇すると膨張し、低下すると収縮するが、コンクリートの膨張段階や収縮段階でコンクリートに無理な負荷がかかるとひび割れが生じることがある。


(e) アルカリ骨材反応

 アルカリ骨材反応とは、アルカリ反応性骨材(アルカリ分に反応しやすい成分を含んだ骨材)とセメントなどのアルカリ分が長期にわたって反応し、コンクリートにひび割れや崩壊を生じさせる現象である。

 この反応が生成する物質は吸水すると膨張するため、反応が進行すると膨張圧で内部からコンクリートを押し上げてひび割れを生じさせることになる。この場合は、コンクリート表面に多くの不規則な亀甲状のひび割れが発生する。ポップアウト現象を伴うことも多い。


(f) ブリージング

 生コンクリートの打込み後に、練混ぜに用いた水が分離して浮上してくる現象をブリージングという。このとき、水は密度が低いため浮上するのに対し、セメントや骨材は密度が高いため沈下する。セメントや骨材が沈下する際に、途中に鉄筋や部材などがあると、これによって沈下が妨げられることにより、鉄筋などがある箇所の上面にあたるコンクリートの表面に規則的な直線状のひび割れが発生する。このひび割れのことを、沈下ひび割れともいう。


ホ) ポップアウト

 ポップアウトとは、コンクリート内部の部分的な膨張圧によって、コンクリート表面が部分的に剥離して、円錐形のくぼみができることをいう。アルカリ骨材反応や凍害などに起因して生じる。

 凍害とは、コンクリートの硬化後に、コンクリートの空隙中にある水分が凍結することで膨張し、その膨張圧によってコンクリートを破壊する現象である。最初の破壊は小さいが、凍結と融解を繰り返すことによって破壊は拡大し、コンクリートを劣化させる。凍害は、ポップアウトだけでなく、ひび割れ、剥離、剥落やコンクリート表面の脆弱化の原因ともなる。

へ) エフロレッセンス

 エフロレッセンスとは、白華現象ともいい、コンクリート中の石灰成分が雨水等により溶解され、ひび割れなどを通ってコンクリート表面に出てきたものが、大気中の炭酸ガスと反応して白色物質に変化し沈着した状態をいう。ひび割れや漏水を伴っていることも多く、漏水経路の確認も必要である。


ト) 漏水痕跡

 漏水痕跡は、過去に漏水現象が生じた痕跡である。そこにはひび割れが生じており、エフロレッセンスを伴うことが多い。ただし、目視だけでは識別しにくいので、問診による確認が必要である。


チ) 脆弱化した表面

 凍害、すり減り作用、化学的侵食などにより、コンクリート表面は脆弱化する。コンクリート表面のすり減りや粉状化などの現象として現れる。


リ) 錆汚れ

 錆汚れとは、腐食した鉄筋の錆がコンクリートのひび割れ部からしみ出して、赤褐色の物質がタイルやコンクリートに付着した状態である。


ヌ) その他の汚れ

 カビ、煤煙、コケ類などによる汚れである。


ル) 異常体感

 鉄筋コンクリート部材のたわみなどは、異常体感によっても発見できる。とくに、たわみが問題となる部材は床である。たわみがある場合は、床の傾斜や振動による異常感や、建具の開閉感覚などが生じる。これは目視だけでは識別しにくいので、問診による確認が必要である。


② 中性化深さの診断

 この診断では、コンクリートの中性化がコンクリートの表面からどの程度まで進行しているかが調査される。鉄筋コンクリートの場合に、中性化が鉄筋位置に達すると、鉄筋の腐食が始まり、鉄筋コンクリートの強度を低下させる。なお、中性化がコンクリート自体の強度に影響を与えることはない。

 中性化深さの診断は非破壊検査で行うことはできず、破壊調査で行われる。その方法にはいくつか種類がある。測定部位の一部を円筒状にコア抜きして試験体を取り出し、これに、フェノールフタレイン溶液を専用機器で噴霧したあと、ノギスで中性化深さを測定する方法がある。また、測定する部位に10㎜程度の穴をあけ、そこにフェノールフタレイン溶液を噴霧したあと、スケール付内視鏡(コンクリートチェッカー)で中性化深さを測定する方法や、測定部位の一部をはつり取って、そこにフェノールフタレイン溶液を噴霧してスケールで中性化深さを測定する方法もある。フェノールフタレイン溶液はpHが10以上のアルカリ性で赤色に変色するため、健常部は赤色に変色し、無色の部分が中性化範囲と判断される。測定された中性化深さと中性化速度を考慮して劣化度が評価される。 


③ コンクリート中の塩化物含有量の診断

 この診断では、コンクリート中の塩化物含有量が測定される。鉄筋コンクリート中の塩化物含有量が多いと、鉄筋を腐食させ、鉄筋コンクリートの強度を低下させるからである。なお、コンクリートは、塩化物の含有量が多くなっても、それ自体の強度は低下しない。

 塩化物含有量は、測定部位の一部をコア抜きして試験体を取り出し、試薬や機器を用いて測定され、測定結果は塩化物含有量に応じて3段階で評価される。

 コンクリート中の塩化物は、練り混ぜに海水や塩分の除去が不十分な海砂などが使用することにより含まれることもあるが、それ以後に、海風による塩分の付着や寒冷地で使用される凍結防止剤の影響などによって増加することもある。


④ 鉄筋腐食状態の診断

 中性化が進行している場合や、塩化物含有量が多い場合は、必ず鉄筋の腐食状態が診断されなければならない。鉄筋が腐食すると膨張するため、鉄筋コンクリートのひび割れの原因となり、鉄筋コンクリートの強度を低下させる。

 部分的に壁などの躯体を破壊して内部鉄筋を直接観察・調査することが必要になる。電位差などを利用した非破壊検査もあり、これと併用することにより、広範囲の腐食状況を正確に把握しなければならない。


⑤ コンクリート強度の診断

 コンクリート強度の診断は、コンクリート表面に脆弱化などの劣化症状がみられた場合には、必ず実施しなければならない。また、コンクリート強度は、鉄筋コンクリート造建造物の構造耐力および耐久性にかかわる最も重要な項目である。そのため、コンクリート強度の診断は、耐震診断などのように、改修以外の目的でも必要になることがある。その目的に応じて、診断箇所や診断方法などを検討し決定する。

 コンクリート強度の診断には、破壊検査と非破壊検査がある。破壊検査は、診断部位の一部をコア抜きして試験体を取り出し、圧縮強度を測定する方法である。非破壊検査は、シュミットハンマーや超音波を利用する方法がある。シュミットハンマーを用いる方法では、コンクリートの表面をシュミットハンマーと呼ばれる機器で打撃したとき、その反発度(反発距離)からコンクリートの強度(圧縮強度)を推定する。シュミットハンマーによる打撃の対象が固いと反発度が大きく、柔らかいと反発度は小さくなる。

⑥ ひび割れ診断

 目視によりその形状やパターン、鉄筋との位置関係などその発生位置、ひび割れ幅などを調査することにより、劣化原因などを推定することもできる。ひび割れ幅が0.3㎜以上になると、内部に雨水等が入り、漏水や鉄筋腐食の原因になるとされる。

 ひび割れ幅は、クラックスケール、ルーペなどを用いて、長さはスケール(巻尺)などを用いて測定する。また、目視では調査できないひび割れの深さは、超音波法などにより測定する。超音波法とは、コンクリート表面に設置した発振子から内部に超音波を発振させ、これをコンクリート表面の受振子で受信して、超音波の伝播速度を計測することにより、コンクリート内部の欠陥の位置や寸法を測定する方法である。


【建物の調査に関する調査内容と調査用具(まとめ)】

調査内容調査用具
外壁のモルタル仕上げ層・タイルの浮きテストハンマー・打診用ハンマー
赤外線カメラ・サーモカメラ
外壁のモルタル仕上げ層・タイル・塗膜の付着力建研式接着力試験器
コンクリートの中性化ノギス
コンクリートの強度シュミットハンマー
配管の内部ファイバースコープ