• 行政法ー4.行政救済法
  • 3.国家賠償法
  • 国家賠償法
  • Sec.1

1国家賠償法

堀川 寿和2021/12/06 15:04

国家の活動により私人に損失が生じた場合に、金銭によってその損失を補てんすることで救済を図る制度を『国家補償』と呼ぶ。国家補償は、国家賠償と損失補償に分類することができる。

 国家賠償は、国家の「違法な」活動により生じた損害を賠償するものである。憲法17条には、「何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる」と定められており、これを具体化するものとして「国家賠償法」が制定されている。これは、国家賠償に関する一般法である。したがって、行政救済のもう一つの大きなパターンとして、処分の効力そのものについて争うのではなく、金銭による補償でもって解決するという方法をとることもできる。

 損失補償は、国家の「適法な」活動により生じた損失を補償するものである。損失補償に関して、損失補償法という一般法は制定されておらず、財産権を制限する個別法に損失補償請求権が定められている。判例によると、憲法29条3項には「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる」と定められており、損失補償請求権を定める個別法がなくても、憲法29条3項の規定に基づいて、損失補償を請求することができるとする(最判S43.11.27)。

 両者の主な相違点は以下のとおり。


国家賠償損失補償
憲法上の根拠憲法17条憲法29条3項
一般法国家賠償法なし(個別法のみ)
趣旨行政の違法な活動による損害の賠償行政の適法な活動による損失の補償

 国家賠償法(以下「国賠法」ということもある)は2種類の責任を規定している。つまり、①公務員の不法行為に基づく賠償責任(国賠法1条)、および②公の営造物の設置・管理の瑕疵に基づく賠償責任(国賠法2条)である。

 国家賠償法は、民法の不法行為制度よりも責任追及が容易になっており、民法の特別法といえる。したがって、国家賠償法に定めのない過失相殺や時効期間に関する規定などは、一般法である民法の規定が適用される(国賠法4条)。

 また、国家賠償法は、国家賠償に関する一般法であるので、個別法に異なる規定があれば、その規定が適用される(国賠法5条)。

 外国人が被害者である場合は、相互の保証があるときに限り、つまりその外国において、日本人にも同様の損害賠償が認められている場合に限り、国家賠償法が適用される



公務員の不法行為に基づく国家賠償

(1) 国賠法1条責任の要件

 国家賠償法1条は、「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体がこれを賠償する責めに任ずる」と定めている。これは民法の不法行為に関する規定(709条から724条)の特別法といえる。

 これは公務員が職務上行った違法な行為によって発生した損害については、国または公共団体が加害者である公務員に代わって賠償する責任を負うことを意味している。公務員自身に故意・過失があれば、国または公共団体は賠償責任を免れることはできない。通説および判例によると、これは、本来は賠償責任を負う公務員個人に対する国または公共団体の「代位責任」を定めているとする。国家賠償法1条は、使用者は被用者の選任・監督につき相当の注意を払ったこと、または相当の注意をしても損害が生じたことを証明できれば賠償責任を免れることができる、民法715条の使用者責任とは考え方が異なっている。

 公務員の不法行為が成立するには、次の要件を満たす必要がある。

① 国または公共団体の公権力に行使にあたる公務員の行為であること
② 公務員がその職務を行うについての行為であること
③ 公務員の故意または過失による行為であること
④ 公務員が違法に他人に損害を加えたこと


① 国または公共団体の公権力に行使にあたる公務員の行為であること

(a) 公権力

 国家賠償法1条にいう公権力とは、国や公共団体に属する権力であり、立法権・司法権・行政権のすべてを含むとされる。

(b) 公権力の行使

 国家賠償法にいう公権力の行使とは、国または公共団体の活動のうち、民法などの私法が適用される私経済的活動および国家賠償法2条が適用される公の営造物の設置管理作用を除いた部分とされる。したがって、公権力の行使には、権力的な作用だけでなく、行政指導や国公立学校における教師の教育活動なども含まれる。公権力の行使の中には、不作為、つまり権限の不行使も含まれる。

 また、国会議員による立法行為や、裁判官による裁判なども公権力の行使とされる。ただし、それが違法とされるのは、限定的な場合に限られるとされる。

(c) 公務員

 「公務員」とは、国家公務員法・地方公務員法でいうところの公務員の身分があるか否かではなく、広く公権力の行使の権限を委ねられた者という程度の意味と解されている。したがって、公権力の行使を行うかどうかが問題となる。身分上公務員であっても、その行為が公権力の行使にあたらなければ、国家賠償法1条の適用はない。

② 公務員がその職務を行うについての行為であること

 「職務を行うについて」といえるか否かは公務員が主観的に職務執行の意思を有しているか否かで判断するのではなく、客観的に職務執行の外形を有する行為であればよいと解されている。



判例非番警察官強盗殺人事件(最判S31.11.30)
金に困った警察官Aが、非番の日に制服を着用し、自らの職務管轄外の地で通行人Bを呼び止め、その所持品を検査した上で預かった現金などを持ち逃げしようとした。AはさらにBに発砲して殺害してしまったため、Bの遺族がAの勤務する警察がある地方公共団体に損害賠償請求をした。
《論点》Aは自己の利益を図る目的で当該行為を行っており、職務執行の意思は有していないし、職務としても実際に非番だったのであるが、このようなAの行為は「職務を行うにつき」といえるか?
《判旨》公務員が主観的に権限行使の意思を以ってする場合に限らず、自己の利を図る目的であっても、客観的に職務執行の外形を備える行為であれば、「職務を行うにつき」といえる。

③ 公務員の故意または過失による行為であること

 公務員の故意または過失が必要となるが、とくに、過失の場合が問題となる。この過失については、当該公務員に職務上要求される標準的な注意義務に違反することとされている。重大な過失までは必要ない。

④ 公務員が違法に他人に損害を加えたこと

(a) 違法

 国家賠償法にいう違法とは、具体的な法令に違反する場合だけでなく、法秩序に反することを意味する。とくに違法性が問題となるのは公務員の不作為の場合である。不作為は原則として違法ではないが、判例によると、法律によって具体的作為義務が課されている公務員が権限を行使しない場合に、その権限不行使が著しく合理性を欠くときは、これが違法とされることがある。


1.知事が宅地建物取引業法に基づく業務停止処分・免許取消処分をしなかった場合でも、その権限不行使が、具体的事情のもとにおいて、その権限が付与された趣旨・目的に照らして著しく不合理と認められるときでない限り、国家賠償法1条にいう違法とはいえない(最判H1.11.24)。
2.厚生大臣が医薬品の副作用による被害を防止するために薬事法上の権限を行使しなかったことが、その当該医薬品に関するその時点における医学的・薬学的知見のもとにおいて、薬事法の目的・厚生大臣に付与された権限の性質等に照らし、その許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、権限の不行使が国家賠償法1条にいう違法となるが、本件事情の下では権限の不行使が著しく合理性を欠くとはいえず、国家賠償法1条にいう違法とはいえない(最判H7.6.23)。


(b) 損害

 損害とは、生命・身体・財産に対する損害だけでなく、精神的損害も含む。 


(2) 加害公務員の特定について

 賠償請求をする際には、原則として、どの公務員が不法行為を行ったのか(加害公務員)を特定する必要がある。この特定は、通常は、被害者が行う。

 しかし、判例によると、加害公務員を特定することが困難な一定の場合に、加害公務員を特定せずに、国の賠償責任を認めることがある。たとえば、警察機動隊員の実力行使により暴行を受けるなど、公務員の集団的加害行為から損害が生じた場合や、一連の行為から損害が生じた場合などである。



判例最判S57.4.1
税務署の職員であるAは、法令に基づき税務署が実施する定期健康診断として、保健所で胸部エックス線撮影を受けたが、その結果について税務署長から何の通知も受けていなかったので、従前どおり職務に従事していた。しかし、Aがその翌年に健康診断を受けたところ、結核に罹患していることが判明し、長期療養を余儀なくされた。
そこでAは、レントゲン写真を読影した医師が読み間違えたか、あるいは結果報告を怠った、または、報告を受けた税務署長がAの健康保持のために執るべき措置を執らなかったために長期療養を要する結果となったとして国に対して損害賠償を請求した。
《論点》本件のように、加害行為者が誰であるか、また、加害行為の内容が何であるかが判明しない場合、国賠法1条責任の問題は生じるか?
《判旨》問題となりうる。加害行為者やその内容が特定できなくとも、一連の行為のうちのいずれかに行為者の故意または過失があったのでなければ被害は生じることがなかったであろうと認められ、かつ、それがどの行為であるにせよ、これによる被害につき国または公共団体が法律上賠償義務を負うべき関係が存するときは、加害行為の不特定を理由に賠償責任を免れることはできない。


(3) 賠償責任者

 賠償責任者は国または公共団体であり、行為を行った公務員個人は責任を負わないとされている。つまり、国家賠償請求訴訟の被告となるのは、国または公共団体である。よって、被害者は実際に行為を行った当事者である公務員個人に対して直接の賠償請求をすることはできない。

(4) 求償権

 公務員に故意または重大な過失があったときは、国または公共団体は、その公務員に対して求償権を有する(1条2項)。

 公務員が自ら違法な公権力の行使を行っていながら、現実に賠償を行うのは国または公共団体であって、加害公務員が何の責任も追及されないのは不合理な場合もあるので、求償権によって内部的にではあるが加害公務員の責任を追及することができる。

 なお、「重過失」に限定しているのは、公権力行使という事項の性質上、軽過失の場合まで求償を認めると公務員に酷であるからである。なお、国が求償できるのは、現実に支払った賠償額とその法定利息とされる。



(5) 費用負担者の損害賠償責任

 公務員の選任もしくは監督にあたる者と、公務員の俸給、給与その他の費用を負担するものとが異なるときは、費用を負担する者もまた、その損害を賠償する責任を負う(国賠法3条1項)。つまり、被害者は、公務員の選任・監督者または給与等の費用負担者のいずれに対しても損害賠償請求ができる。

 この場合、損害を賠償した者は、内部関係でその損害を賠償する責任ある者に対して求償権を有する(国賠法3条2項)。


(6) 行政事件訴訟と国家賠償請求訴訟の関係

 判例によると、処分等が違法であることを理由としての国家賠償請求訴訟を提起するにあたって、あらかじめ行政事件訴訟で処分等が違法であるという司法判断を得ておく必要はないとされる(最判S36.4.21)。

 処分の効力について争う行政事件訴訟と金銭の賠償問題である国家賠償請求とはまったくの別物なので、どちらを提起するか、あるいは両方とも提起するかは自由選択ということになる。



公の営造物の設置・管理の瑕疵に基づく国家賠償

 公務員の不法行為についての違法を追及する国家賠償法1条に対して、公の営造物の設置・管理の瑕疵についての違法を追及するのが国家賠償法2条である。例えば、公園のブランコが壊れていたせいで怪我をした個人は、管理者である国または公共団体に賠償請求ができる。


(1) 国賠法2条責任の要件

 国家賠償法2条は、「道路、河川その他公の営造物の設置又は管理に瑕疵があったために他人に損害を生じたときは、国又は公共団体は、これを賠償する責に任ずる」として営造物責任を定めている(国賠法2条1項)。営造物責任は、公の営造物が客観的に通常備えているべき安全性を欠いている場合には、管理者の過失がなくてもそれによって生じた損害についての賠償責任を認めることとした、いわゆる無過失責任である。これは、民法717条の定める土地工作物責任の特別法である。

 営造物責任が成立するには、次の要件を満たす必要がある。

① 道路、河川その他の公の営造物であること
② 公の営造物の設置または管理に瑕疵があったために他人に損害を生じたこと


① 公の営造物に関するものである

 公の営造物とは、国または公共団体が、公用または公共の用に供している有体物のことをいう。

 たとえば、河川・橋・道路・空港・官庁舎のほか公用車・イス・拳銃などの動産も公の営造物となる。


② 設置・管理の瑕疵に基づく損害の発生

 設置・管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいう。

 たとえば、ガードレールの上に腰かけるなど、営造物の通常の用法に即しない行動の結果事故が生じた場合において、その営造物として本来備えるべき安全性に欠けるところがなく、問題の行動が設置管理者において通常予測することのできないものであるときは、営造物の設置管理の瑕疵にはあたらないという判例がある(最判S53.7.4)。


③ 無過失責任

 営造物責任は無過失責任であるが、不可抗力の場合や、瑕疵が被害者の行為によって生じた場合にまで責任を負うものではない。

(2) 具体例

① 87時間事件

 故障車が87時間に渡って国道上に放置され、道路の安全性が著しく欠如する状態であったにもかかわらず、必要な措置を全く講じなかった場合には、道路管理に瑕疵があったものといえる(最判S50.7.25)。


② 赤色灯事件

 道路工事の箇所を表示する標識(赤色灯)が夜間に進行した車によって倒されたため、その後に通りかかった別の車が工事箇所において事故を発生させた場合、道路の管理者が倒れた標識を遅滞なく復帰させることは時間的に不可能であり、道路管理に瑕疵があったものとはいえない(最判S50.6.26)。



③ 高知落石事件

判例高知落石事件(最判S45.8.20)
高知県内の国道56号線の山側斜面が、幅約10m高さ約2mにわたって崩壊し、相当量の土砂とともに岩石が落下した。そのうちの1つが通行中のトラックの助手席上部を直撃し、助手席のAが即死した。そこでAの両親Xらが、国道の管理者たる国と費用負担者の高知県を被告として損害賠償を請求した。
《判旨》国家賠償法2条1項の営造物の設置または管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、これに基づく国および公共団体の賠償責任については、その過失の存在を必要としないと解するを相当とする。本件道路は、その通行の安全性の確保において欠け、その管理に暇疵があったものというべきであり、そして、本件道路における防護柵を設置するとした場合、その費用の額が相当の多額にのぼり、上告人県としてその予算措置に困却するであろうことは推察できるが、それにより直ちに道路の管理の瑕疵によって生じた損害に対する賠償責任を免れうるものと考えることはできない。してみれば、その余の点について判断するまでもなく、本件事故は道路管理に瑕疵があったため生じたものであり、上告人国は国家賠償法2条1項により、上告人県は管理費用負担者として同法3条1項により損害賠償の責に任ずべきことは明らかである。


④ 河川管理の瑕疵

判例大東水害訴訟(最判S59.1.26)
集中豪雨により、大阪府大東市の低湿地帯において、床上浸水等が発生した。この地域では、巨額の費用をかけて改修工事が行われていたが、国鉄野崎駅前の約325mの区間は、水害当時なお未改修のままであった。そこで、豪雨の際に床上浸水の被害を受けた低湿地帯の住民であるXらは、浸水の原因はXらの居住地域付近を流れる河川および3本の水路の管理の瑕疵にあったと主張して、河川の管理者である国、管理費用負担者たる大阪府および水路の管理者である大東市に対し、国家賠償法2条または3条に基づき国家賠償請求訴訟を提起した。
《判旨》河川の管理については、道路その他の営造物の管理とは異なる特質及びそれに基づく諸制約が存するのであって、河川管理の瑕疵の存否の判断にあたっては、右の点を考慮すべきものといわなければならない。
 河川の管理の瑕疵の有無は、過去に発生した水害の規模、発生の頻度、発生原因、被害の性質、降雨状況、流域の地形その他の自然的条件、土地の利用状況その他の社会的条件、改修を要する緊急性の有無およびその程度等諸般の事情を総合的に考慮し、前記諸制約の下での同種・同規模の河川の管理の一般水準および社会通念に照らして是認しうる安全性を備えていると認められるかどうかを基準として判断すべきである。
河川の管理には、以上のような諸制約が内在するため、未改修河川または改修の不十分な河川の安全性としては、右諸制約のもとで一般に施行されてきた治水事業による河川の改修、整備の過程に対応するいわば過渡的な安全性をもつて足りるものとせざるをえない。


⑤ その他の営造物の設置管理の瑕疵

判例点字ブロックと設置管理瑕疵(最判S61.3.25)
視力障害者であるXは、昭和48年8月、国鉄大阪環状線A駅の島式ホームから線路上に転落し、進入してきた電車に礫かれて両脚切断の重傷を負った。
 そこで、Xは、A駅のホームに点字ブロックが設置されていなかったことは駅の設置管理に瑕疵があるとして、国に対して損害賠償を請求した。
《判旨》点字ブロック等のように、新たに開発された視力障害者用の安全設備を駅のホームに設置しなかったことをもって当該駅のホームが通常有すべき安全性を欠くか否かを判断するにあたっては、安全設備が、視力障害者の転落等の事故防止に有効なものとして、その素材、形状および敷設方法等において相当程度標準化されて全国ないし当該地域における道路、駅のホーム等に普及しているかどうか、当該駅のホームにおける構造または視力障害者の利用度から予測される視力障害者の事故発生の危険性の程度、事故を未然に防止するため右安全設備を設置する必要性の程度および右安全設備の設置の困難性の有無等の諸般の事情を総合考慮することを要する。


(3) 賠償責任者

 賠償責任者は、公の営造物を設置・管理している国または公共団体である。


(4) 求償権

 国または公共団体が損害を賠償した場合、他に損害の原因について責めに任ずべき者があるときは、国または公共団体は、その者に対して求償できる(国賠法2条2項)。したがって、他に損害の原因について責めに任ずべき者がある場合であっても、国または公共団体が損害賠償責任を免れることはできない。


(5) 費用負担者の損害賠償責任

 公の営造物の設置・管理にあたる者と、公の営造物の設置・管理の費用を負担するものとが異なる場合は、費用を負担する者もまた、その損害を賠償する責任を負う(国賠法3条1項)。

 この場合、損害を賠償した者は、内部関係でその損害を賠償する責任ある者に対して求償権を有する(国賠法3条2項)。