- 行政法ー4.行政救済法
- 4.損失補償
- 損失補償
- Sec.1
1損失補償
■損失補償
国の適法行為によって加えられた個人の財産上の特別の犠牲に対し、全体的な公平負担の見地から、これを調節するためにする財産的補償制度が損失補償制度である。同じ金銭補償でも、国の違法行為による損害を賠償する国家賠償制度とは違って、損失補償制度は国の適法行為によって生じた損失を救済するという点に注意が必要である。ただし、私有財産を公益目的で用いる場合に、常に損失補償が必要なわけではない。財産上、特別の犠牲を強いられる場合に限り、補償が必要とされる。従って、租税の賦課等の一般的な負担、高速道路料金等の対価性をもつ給付、過料等の制裁については、通常は損失補償の問題は生じない。最も典型的なのは、土地収用等の財産権の剥奪の場合である。
【特別の犠牲】
公共の安全・秩序の維持のための制限ではない
認められない例:建築基準法、消防法などによる建築の制限 |
損失が特定人にのみ生じている
認められる例:ダム建設などのための土地の公用収用 |
損失が受忍限度を超えている
受忍限度:社会生活上、一般に我慢すべき限度 |
損失補償には、国家賠償に対する国家賠償法のような一般法が存在しない。基本的には、各々の行政分野ごとの個別法によって損失補償がなされる。土地収用法の損失補償規定が特に重要である。
憲法は、財産権を保障しながら(29条1項)、財産権の内容は公共の福祉に適合するように法律で定める、としている(29条2項)。その上で、私有財産を「正当な補償」のもとに公共のために用いることができる旨を規定している(29条3項)。では、憲法解釈上補償が必要な財産権の制限剥奪と考えられる場合に、補償を定める個別規定が存在していなかった場合はどうなるのであろうか。可能性としては、その法律は違憲無効となる、と解する余地もあるが、判例通説は、その法律自体は違憲無効とはならず、憲法29条3項を直接の根拠として損失補償請求ができるとしている。そしてこの請求権の法的性質は具体的権利と解されている。
判例 | 河川附近地制限令事件(名取川事件 最大判S43.11.27) |
砂利採取販売業者であるXは、知事の許可なく砂利等を採取し、河川附近地制限令に反したとして起訴された。Xは、損失補償の規定を設けずに民有地での砂利採取を制限する当該制限令の規定は憲法29条3項に反すると主張した。 |
《判旨》 | 河川附近地制限令4条2号の定め自体としては、特定の人に対し、特別に財産上の犠牲を強いるものとはいえないから、右の程度の制限を課するには損失補償を要件とするものではなく、したがって、補償に関する規定のない同令4条2号の規定が憲法29条3項に違反して無効であるとはいえない。
しかし、同令4条2号による制限について同条に損失補償に関する規定がないからといって、同条があらゆる場合について一切の損失補償を全く否定する趣旨とまでは解されず、本件被告人(X)も、その損失を具体的に主張立証して、別途、直接憲法29条3項を根拠にして、補償請求する余地が全くないわけではないから、単に一般的な場合について、当然に受忍すべきものとされる制限を定めた同令4条2号およびこの制限違反について罰則を定めた同令10条の各規定を直ちに違憲無効の規定と解すべきではない。 |
■チェック問 行政救済法
【チェック問 行政救済法】
1. 収用対象の土地の所有者が収用委員会による裁決について不服を有する場合であって、不服の内容が損失の補償に関するものであるときは、土地所有者が提起すべき訴訟は当事者訴訟になる。
2. 違法な処分に対する審査請求について、審査庁が誤って棄却する裁決をした場合、審査請求人は、裁決取消訴訟により、元の処分が違法であったことを理由として、棄却裁決の取消しを求めることができる。
3. (旧)医療法の規定に基づく病院開設中止の勧告は、医療法上は当該勧告を受けた者が任意にこれに従うことを期待してされる行政指導として定められており、これに従わない場合でも、病院の開設後に、保険医療機関の指定を受けることができなくなる可能性が生じるにすぎないから、この勧告は、行政事件訴訟法3条2項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たらない。
4. 執行停止の決定は、取消訴訟の提起があった場合においては、裁判所が職権で行うことができる。
5. 公立学校における教師の教育活動も国家賠償法1条1項にいう「公権力の行使」に該当するから、学校事故において、例えば体育の授業において危険を伴う技術を指導する場合については、担当教師の指導において、事故の発生を防止するために十分な措置を講じるべき注意義務が尽くされたかどうかが問題となる。
6. 非番の警察官が、もっぱら自己の利をはかる目的で、職務を装って通行人から金品を奪おうとし、ついには、同人を撃って死亡させるに至った場合、当該警察官は主観的に権限行使の意思をもってしたわけではないから、国家賠償法1条1項の適用は否定される。
7. 国家賠償法2条にいう「公の営造物」は、民法717条の「土地の工作物」を国家賠償の文脈において表現したものであるから、両者は同じ意味であり、動産はここに含まれないと解されている。
■チェック問 行政救済法 正解
【チェック問 行政救済法 正解】
1-○ | 2-× | 3-× | 4-× | 5-○ | 6-× | 7-× |
【チェック問 行政救済法 解説】
1. ○「当事者間の法律関係を確認しまたは形成する処分または裁決に関する訴訟で、法令の規定によりその法律関係の当事者の一方を被告とするもの」を当事者訴訟という(行政事件訴訟法39条)。土地収用法は収用委員会の裁決のうち損失の補償に関する訴えは、これを提起した者が起業者であるときは土地所有者または関係人を、土地所有者または関係人であるときは起業者を、それぞれ被告としなければならないと規定する(土地収用法133条3項)。したがって、当事者訴訟になる。
2. ×「処分の取消しの訴えとその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えとを提起することができる場合には、裁決の取消しの訴えにおいては、処分の違法を理由として取消しを求めることができない」(行政事件訴訟法10条2項)。したがって、元の処分が違法であったことを理由として、棄却裁決の取消しを求めることはできない。
3. ×「医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告は、医療法上は当該勧告を受けた者が任意にこれに従うことを期待してされる行政指導として定められているけれども、当該勧告を受けた者に対し、これに従わない場合には,相当程度の確実さをもって、病院を開設しても保険医療機関の指定を受けることができなくなるという結果をもたらすものということができる。そして、いわゆる国民皆保険制度が採用されている我が国においては、健康保険、国民健康保険等を利用しないで病院で受診する者はほとんどなく、保険医療機関の指定を受けずに診療行為を行う病院がほとんど存在しないことは公知の事実であるから、保険医療機関の指定を受けることができない場合には,実際上病院の開設自体を断念せざるを得ないことになる。このような医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告の保険医療機関の指定に及ぼす効果及び病院経営における保険医療機関の指定の持つ意義を併せ考えると、この勧告は、行政事件訴訟法3条2項にいう『行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為』に当たると解するのが相当である」(最判平17.7.15)。
4. ×「処分の取消しの訴えの提起があつた場合において、処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があるときは、裁判所は、申立てにより、決定をもつて、処分の効力、処分の執行又は手続の続行の全部又は一部の停止(以下「執行停止」という。)をすることができる」(行政事件訴訟法25条2項)。このように、執行停止は「申立て」によって行われ、職権で行うことはできない。
5. ○「国家賠償法一条一項にいう「公権力の行使」には、公立学校における教師の教育活動も含まれるものと解するのが相当であ(る)」(最判昭62.2.6)。
6. ×「公務員が主観的に権限行使の意思をもつてする場合にかぎらず自己の利をはかる意図をもつてする場合でも、客観的に職務執行の外形をそなえる行為をしてこれによつて、他人に損害を加えた場合には、国又は公共団体に損害賠償の責を負わしめて、ひろく国民の権益を擁護することをもつて、その立法の趣旨とするものと解すべきである」(最判昭31.11.30)。したがって、国家賠償法1条1項は適用される。
7. ×国家賠償法2条の「公の営造物」は、公用または公共の用に供している有体物を指し、動産も含まれる。