- 行政法ー1.行政法総論
- 2.公法と私法
- 公法と私法
- Sec.1
1公法と私法
■公法と私法の区別
「公法」とは、一般的に、公権力(国や地方公共団体)と一般私人との関係について定めた法をいい、「私法」とは、一般的に、私人相互の関係についいて定めた法をいう。
両者を区別する実益は、例えば、行政事件訴訟法の4条は、「この法律において『当事者訴訟』とは、当事者間の法律関係を確認し又は形成する処分又は裁決に関する訴訟で法令の規定によりその法律関係の当事者の一方を被告とするもの及び公法上の法律関係に関する訴訟をいう」とし、また、同法45条1項には、「私法上の法律関係に関する訴訟において…」という規定があり、前者を行政事件訴訟法がカバーする裁判手続でおこない、後者を民事訴訟の裁判手続で行うということが定められているので、何が公法上の法律関係で、何が私法上の法律関係かを検討しなければならないことなどがある。
【参考】
戦前の我が国の裁判所制度は、フランスやドイツの裁判所制度の影響を受けて、民事事件および刑事事件に関しては司法裁判所が審理をし、行政事件に関しては、行政裁判所が独自に審理をするような二元的制度であった。したがって、裁判管轄を決定するための基準として、行政裁判所の管轄である公法と、司法裁判所の管轄である私法とを区別する必要性があった。 ところが、戦後、日本国憲法76条2項において行政裁判所を含む特別裁判所の設置が禁じられ、裁判所制度が一元化され、裁判所の管轄を決定するために公法私法を区別する必要はなくなったとの見方もある。 |
■行政上の法関係と適用法規
行政上のどのような法関係において、行政特有の法を適用するのか、または私法規定を適用するのかという問題がある。
伝統的理論は、以下のように、行政上の法関係を三分し、それぞれの法適用の区別を示してきた。
支配関係(権力関係) | 税金の徴収や建築規制、土地収用など、国や地方公共団体が『公権力の主体』として私人と対峙する本来的な公法関係
→ 一般私法の適用は排除され、公法原理が適用される。 |
公法上の管理関係 | 公企業の経営・管理や公物の設置・維持管理など国や地方公共団体が『財産の主体』として私人に対して支配関係に立つことなく対等な関係で経済活動を行う場合の関係
→ 原則として私法が適用される。 |
私法関係 | 行政主体が関わっていたとしても、その活動が私人間の経済活動と何ら変わりなく行われる場合の関係
→ 当然に私法規定の適用がなされる。 |
■公法と私法の関係に関する判例
以上に三分説の考え方を示したが、実際には、行政上の法律関係に民法等の私法法規が適用されることもあるし、民法等の私法規定の適用が排除されることもある。つまり、公法法規が適用されるか私法法規が適用されるかは、個別の法律と事案の実質に応じて判断されている。
(1) 民法177条
民法177条は 「不動産に関する物権の得喪及び変更は不動産登記法その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない」として、不動産物権変動の第三者への対抗要件として登記を規定する。
国税滞納処分
(権力行為) | 国が税の滞納者の財産を差し押さえた場合、その旨の登記をしなければ第三者に対抗できないか(民法177条の適用はあるか)?
→ しなければ対抗できない(国税滞納処分による差し押さえについては民法177条の適用がある 最判S31.4.24)←民事訴訟法上の強制執行における差押債権者の地位と同様に取扱う |
農地買収処分 | 国が登記簿上所有者とされる者から農地を買収した場合、その買収は有効か?
→ 無効であり、真実の所有者から買収するべきである(民法177条の適用はない 最大判S28.2.18)←農地買収処分の根拠である自作農創設特別措置法は、土地を持ちすぎている地主から土地を買い上げることが目的 |
(2) 公営住宅の利用関係
公営住宅の利用関係に対しては、公営住宅法やこれに基づく条例は、民法および借地借家法の特別法として優先的に適用されるが、これらに特別の定めがないならば、一般法である民法および借地借家法の適用があると理解されている。
『信頼関係の法理』の適用 | 公営住宅の使用関係において、無断増築を理由に土地の退去を求めるには、当事者間の『信頼関係』が破壊されていることが必要か?
→ 必要である(『信頼関係の法理』の適用がある 最判S59.12.13)←入居関係の成立後は、私法上の賃貸借と同様に取扱う |
入居者の死亡による相続 | 公営住宅の使用関係において、入居者が死亡したときは、住宅の使用権は相続されるか?
→ 相続されない(民法の相続に関する規定は適用されない 最判H2.10.18)←公営住宅法は、住宅に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で住宅を賃貸することが目的。一定の要件を満たす者から、一定の選考基準により入居者を決定している。 |
(3) 会計法30条
会計法30条は、「金銭の給付を目的とする国の権利で、時効に関し他の法律の規定がないものは、5年間これを行わないときは、時効に因り消滅する。国に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする」と定めるが、この5年の消滅時効期間の扱いが問題となる。
判例 | 国の安全配慮義務違反と会計法30条(最判S50.2.25) |
自衛隊車両整備工場で車両整備をしていた自衛隊員Aは、勤務中同僚の運転する大型自動車に轢かれて死亡した。Aの両親Xらは、国に対し、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求を請求したが、Xらの訴訟提起は、その時点で事故から5年以上経過していた。すると、国は、会計法30条により、5年の消滅時効を主張した。 |
《判旨》 | 国は、公務員に対し、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設等の設置管理又は公務員が国等の指示の下に遂行する公務の管理にあたって、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負っている。
国の主張する会計法30条は、国の権利・義務を早期に決済する必要があるなど、主として行政上の便宜を考慮したことに基づくものであるところ、国が安全配慮義務を懈怠し違法に公務員の生命等を侵害し、損害を受けた公務員に対して負う損害賠償債務については、行政上の便宜を考慮する必要はないので、会計法30条は適用されず、その消滅時効期間は民法167条1項にしたがって10年である。 よって、本件の国に対する損害賠償請求権は、民法167条1項の10年を経過しておらず、時効消滅していない。 ←損害賠償義務については、行政上の便宜を考慮する必要がない |
(4) 建築基準法関係
建築基準法65条と民法234条 | 民法は建築物を建築する際は、境界から50㎝以上の距離を必要とすると定めるが、これに対して、建築基準法は、防火地域内にある耐火構造の建築物の外壁を隣地境界線に接して設けることができるとしている。この建築基準法の規定は、民法の規定の適用を排除する(最判H1.9.19)。 |
道路を利用する利益 | 建築基準法に基づき位置指定を受けた道路(私道)の敷地所有者が、この道路の通行を妨害している場合に、この道路を通行することにつき日常生活上不可欠の利益を有するものは、これに対して妨害行為の排除を求める権利を有する(最判H9.12.18)。
位置指定道路とは、接道義務を満たすために指定を受けた私道をいう。 |
(5) 食品衛生法違反と売買契約の効力
食品衛生法の許可を得ないで行った売買契約(食品衛生法違反)であっても、売買契約の効力自体は有効である(最判S35.3.18)。