• 行政法ー1.行政法総論
  • 3.法律による行政の原理
  • 法律による行政の原理
  • Sec.1

1法律による行政の原理

堀川 寿和2021/12/06 09:18

「行政の諸活動は、法律の定めるところにより、法律に従っておこなわれなければならない」という法原則を「法律による行政の原埋」という。

このような法律による行政の原理が要請されるのは、行政を法律に拘束させることを通じて、行政権の濫用から、私人の自由および権利を保護するという目的を達成するためである。具体的には、以下の2点を意味している。



行政活動に対する法的安定性行政活動の恣意的行使を防ぐために、行政活動は、原則として事前に定められた抽象的・一般的法規範に従って行われることが要請される。
行政活動に対する民主的コントロール行政活動は、国民の意思を反映したものでなければならない。すなわち、議会制民主主義国家においては、国民代表たる議会の制定した法律によって行政を拘束し、国民による民主的コントロールを及ぼす必要がある。


法律による行政の原理の内容

法律による行政の原理の具体的内容は以下の通りである。


(1) 法律の法規創造力

 国民の自由や財産を制約し、国民の権利義務に直接影響を与える法規範のことを「法規」というが、その法規を定立できるのは、立法府(国会)のみであるという原則。

 つまり、国会は、国の唯一の立法機関である(憲法41条)から、行政府が法規を制定する活動をしてはならないという原則である。

 この原則により、行政府が法規を定立するには、法律の委任が必要になる。したがって、明治憲法のもとで認められていた緊急命令(緊急の必要がある場合、議会にかけずに行政府が単独で発する命令)や独立命令(法律に根拠をもたず、行政権によって法律から独立して発せられる命令)は日本国憲法のもとでは認められない。


(2) 法律の優位

 行政活動は、それを制約する法律の定めに違反して行われてはならないという原則。

例: 「子供一人につき、5万円の助成金を与える」という法律が仮にあったとしたら、この法律に違反して、一人に7万円を与えるようなことをしてはならない。


(3) 法律の留保

 ある種の行政活動は、それを行なうためには、必ず法律の根拠(法律の授権)が必要であるという原則。

例: 「子供一人につき、5万円の助成金を与える」という法律がないかぎり、一人に5万円(以下の金額も含めて)の助成金を与えてはならない。


Cf. 子供に助成金を与えるという法律が存在していなければ、そのようなお金を与えたとしても、法律違反にはならないことになるが、この法律の留保の原則に従えば、現在ある法律にはなんら違反するところがなかったとしても、行政活動が行われるためには、行政はそういう活動をしてもよいということを定めた法律の規定(このことを、法律によって行政に権限を与えているということから、『法律の授権』という)がなくてはならない。仮に既存の法律に何ら抵触するところがない場合であっても、更に法律の積極的な授権を要求する、というところに、この原則の固有の意味がある。

 ところで、法律の留保の原則については、法律の根拠ないし授権が要求される、という場合の『根拠』『授権』とは何かをめぐって争いがある。


① 法律の根拠

『根拠』の意味をめぐって、ここでいう根拠法となるものはどのような種類の法律かということが問題とされる。法律のうち、行政に関することを定めた行政法規には、一般に組織規範、根拠規範、規制規範という3種類があるとされているが、通常、法律の留保原則で求められる根拠法は、根拠規範であることが要請される。



組織規範行政の事務を各行政機関に配分する法律(権限分配規定)をいう。
例:「経済産業省は、民間の経済活力の向上……並びに鉱物資源及びエネルギーの安定的かつ効率的な供給の確保を図ることを任務とする」(経済産業省設置法3条)
  → あくまで、国の行政機関内部で役割を分担させているだけで、この条文を根拠にして、エネルギーの供給のための規制を国民(私人)に行っていいということにはならない。
根拠規範組織規範の存在を前提に、さらにそれに加えてその行為をするに際して特別に根拠となるような規範。
例:「次の各号の一に該当するときは、徴収職員は、滞納者の国税につきその財産を差し押えなければならない」(国税徴収法47条1項)
  → 国民に対して何らかの規制を行ってよいと規定している法律なので、根拠規範である。
規制規範根拠規範によって活動の根拠を与えられた行政活動に対して、その活動のあり方につき規制を行う規範。目的規範、手続規範等がそれにあたる。(行政手続法等)


② 法律の授権

 次に問題になってくるのは、法律の『授権』の意味である。行政の活動には、法律の授権が必要であるとはいえ、あらゆる行政活動に法律が必要だとしたら、時々刻々変化する社会の動きに行政が即応できなくなり、柔軟性が失われるという弊害も起こってくる。従って、確かに行政の活動には法律の授権が必要とはいっても、それはある「一定の」行政活動に限られることが適当である。その「一定の」範囲とは何かについては、種々の説が存在している。

(a) 侵害留保説(通説)

 私人の「自由と財産を侵害する」行政活動についてのみ、法律の授権を必要とし、それ以外の行政活動は既存の法律に触れない限り自由に行うことができる。

(b) 全部留保説

 あらゆる行政活動には、法律の授権が必要である。

(c) 権力留保説

 侵害的か受益的かを問わず、行政庁が国民に優越する権力的な行為形式によって活動する場合(行政行為、行政強制、行政立法)に、法律の授権を必要とする。しかし、国民と行政とが対等である非権力的行政活動(行政指導、行政契約)等には、法律の根拠は不要となる。

(d) 重要事項留保説

 私人の基本的人権にかかわる重要事項について行政活動がなされるときはその基本的な内容は必ず法律で決めておかなければならない。

(e) 社会留保説

 社会権の確保を目的とする生存配慮行政には法律の根拠が必要とされる。


通説は侵害留保説であるといわれるが、現在では権力留保説も有力である。

なお、法律の留保の原則の例外を認めた判例に触れておこう。


判例行政庁による緊急の措置(最判H3.3.8)
県知事が管理する河川に、民間ヨットクラブAがヨットを係留するために鉄杭100本を川に無断で打ち込むという不法占拠を行ったため、漁船等の航行に危険が生じた。不法占拠に対する原状回復命令権限を有するのは県知事のみであったが、漁港管理者であった町長Bが、町費で業者に委託し、鉄杭を撤去した。そこで、根拠法なき鉄杭撤去は違法ではないかが争われた。
《判旨》町は、漁港の区域内の水域に置ける障害を除去してその利用を確保し、更に地方公共の秩序を維持し、住民および滞在者の安全を保持する(地方自治法2条3項1号参照)という任務を負っているところ、同町の町長として右事務を処理すべき責任を有するBは、右のような状況において、船舶航行の安全を図り、住民の危難を防止するため、その存置の許されないことが明白であって、撤去の強行によってもその財産的価値がほとんど損なわれないものと解される本件鉄杭をその責任において強行的に撤去したものであり、本件鉄杭撤去が強行されなかったとすれば、県知事による除去が同月9日以降になされたとしても、それまでの間に本件鉄杭による航行船舶の事故およびそれによる住民の危難が生じないとは必ずしも保証しがたい状況にあったこと、その事故および危難が生じた場合の不都合、損失を考慮すれば、むしろBの本件鉄杭撤去がやむを得ない適切な処置であったと評価すべきである。
そうすると、Bが町の町長として本件鉄杭撤去を強行したことは、漁港法および行政代執行法上適法と認めることのできるものであるが、右の緊急の事態に対処するために執られたやむを得ない措置であり、民法720条の法意に照らしても、町としては、Bが右撤去に直接要した費用を同町の経費として支出したことを容認すべきものであって、本件請負契約に基づく公金支出については、その違法性を公認することはできず、Bが市(町から市へ昇格)に対し損害賠償責任を負うものとすることはできないといわなければならない。



チェック問 行政法総論

【チェック問 行政法総論】

1. 公営住宅の使用関係については、一般法である民法および借家法(当時)が、特別法である公営住宅法およびこれに基づく条例に優先して適用されることから、その契約関係を規律するについては、信頼関係の法理の適用があるものと解すべきである。


2. 公営住宅を使用する権利は、入居者本人にのみ認められた一身専属の権利であるが、住宅に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で住宅を賃貸することにより、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与するという公営住宅法の目的にかんがみ、入居者が死亡した場合、その同居の相続人がその使用権を当然に承継することが認められる。


3. 建築基準法において、防火地域または準防火地域内にある建築物で外壁が耐火構造のものについては、その外壁を隣地境界線に接して設けることができるとされているところ、この規定が適用される場合、建物を築造するには、境界線から一定以上の距離を保たなければならないとする民法の規定は適用されない。


4. 租税滞納処分は、国家が公権力を発動して財産所有者の意思いかんにかかわらず一方的に処分の効果を発生させる行為であるという点で、自作農創設特別措置法(当時)所定の農地買収処分に類似するものであるから、物権変動の対抗要件に関する民法の規定の適用はない。


5. 食品衛生法に基づく食肉販売の営業許可は、当該営業に関する一般的禁止を個別に解除する処分であり、同許可を受けない者は、売買契約の締結も含め、当該営業を行うことが禁止された状態にあるから、その者が行った食肉の買入契約は当然に無効である。


チェック問 行政法総論 正解

【チェック問 行政法総論 正解】

1-×2-×3-○4-×5-×


【チェック問 行政法総論 解説】

1. ×「公営住宅の使用関係については、公営住宅法及びこれに基づく条例が特別法として民法及び借家法に優先して適用されるが、法及び条例に特別の定めがない限り、原則として一般法である民法及び借家法の適用があり、その契約関係を規律するについては、信頼関係の法理の適用があるものと解すべきである」(最判昭59.12.13)。「一般法である民法および借家法(当時)が、特別法である公営住宅法およびこれに基づく条例に優先して適用される」という点が誤り。


2. ×「公営住宅法は、住宅に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で住宅を賃貸することにより、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的とするものであって・・・以上のような公営住宅法の規定の趣旨にかんがみれば、入居者が死亡した場合には、その相続人が公営住宅を使用する権利を当然に承継すると解する余地はないというべきである」(最判平2.10.18)。「同居の相続人がその使用権を当然に承継することが認められる」という点が誤り。


3. ○「建築基準法六五条は、防火地域又は準防火地域内にある外壁が耐火構造の建築物について、その外壁を隣地境界線に接して設けることができる旨規定しているが、これは、同条所定の建築物に限り、その建築については民法二三四条一項の規定の適用が排除される旨を定めたものと解するのが相当である」(最判平1.9.19)。


4. ×「国税滞納処分においては、国は、その有する租税債権につき、自ら執行機関として、強制執行の方法により、その満足を得ようとするものであつて、滞納者の財産を差し押えた国の地位は、あたかも、民事訴訟法上の強制執行における差押債権者の地位に類するものであり、租税債権がたまたま公法上のものであることは、この関係において、国が一般私法上の債権者より不利益の取扱を受ける理由となるものではない。それ故、滞納処分による差押の関係においても、民法一七七条の適用があるものと解するのが相当である」(最判昭31.4.24)。「自作農創設特別措置法(当時)所定の農地買収処分に類似するものであるから、物権変動の対抗要件に関する民法の規定の適用はない」という点が誤り。


5. ×「本件売買契約が食品衛生法による取締の対象に含まれるかどうかはともかくとして同法は単なる取締法規にすぎないものと解するのが相当であるから、上告人が食肉販売業の許可を受けていないとしても、右法律により本件取引の効力が否定される理由はない」(最判昭35.3.18)。「食肉の買入契約は当然に無効である」という点が誤り。