• 民法ー2.民法総則
  • 4.意思表示の有効性
  • 意思表示の有効性
  • Sec.1

1意思表示の有効性

堀川 寿和2021/12/01 16:05

 契約は、申込みと承諾という2つの意思表示の合致によって成立する。そして、いったん契約が成立すると、当事者はこれにしばられる。もともと両当事者がそれを望んでいるのだから当然である。

 しかし、意思表示が「ウソ」だったり「カン違い」だったり、あるいはおどされたりしてなされたものであった場合にもお構いなしに有効としてよいのか。それがここで扱うテーマである。


意思の不存在

(1) 心裡留保(しんりりゅうほ)

① 心裡留保

 心裡留保とは、表意者が、真意ではないこと(表示に対応する意思がないこと)を知りながら行った意思表示をいう。例えば、冗談で売る意思もないのに「売ろう」といったような場合である。

 心裡留保による意思表示は、そのような意思表示を信頼した相手方を保護するため、原則として有効とされる(93条1項本文)。ただし、相手方がその意思表示が表意者の真意ではないことを知っていた場合(冗談であると知っていた場合)、または知ろうと思えば知ることができた場合(普通の人なら冗談だと気付くような内容を真に受けてしまった場合)には、相手方を保護する必要がないので、その意思表示は、無効とされる(93条1項ただし書)。




Point1 心裡留保の表意者は、自らの意思表示が真意ではないことを知っており、意思表示どおりの効果が生じても自業自得なので、原則として、その意思表示による契約は有効となる。

 しかし、相手方が、その意思表示が表意者の真意ではないことを知っていたとき(悪意)、または知ることができたとき(善意有過失)は、その意思表示による契約は無効となる。


② 心裡留保の無効と第三者

 前述の例で、買主であるBが悪意か善意有過失の場合は、AB間の売買契約は無効となる。ところが、BがCに土地を売却したような場合に、Aは、AB間の売買契約の無効を、C(第三者)に対しても主張できるかが問題になる。

 Aが、AB間の売買契約の無効を、何も事情を知らなかったC(善意の第三者)に対しても主張できるとすると、Cが不測の損害を被ることがある。それに対して、Aには、心裡留保の意思表示をしたという落ち度がある。そこで民法は、心裡留保による意思表示が相手方の悪意や善意有過失によって無効となる場合であっても、善意の第三者(心裡留保の事実について知らない第三者)に対しては、その意思表示の無効を主張できないことにした(93条2項)。



Point2 心裡留保による意思表示の無効は善意の第三者に対抗することができない。第三者は、「善意」であればよく、「無過失」であることまでは求められない


(2) 虚偽表示

① 虚偽表示

 虚偽表示とは、相手方と通じて行った虚偽の意思表示のことをいう。通謀虚偽表示ともいう。例えば、強制執行を免れるために財産の名義を他人に移す、いわゆる仮装譲渡などが挙げられる。

 虚偽表示の場合は、表意者は、意思表示が真意でないことを知っており、相手方もその意思表示が表意者の真意ではないことを知っているのであるから、当然、このような虚偽表示は無効とされる(94条1項)。




Point 上記の事例では、Aの一般債権者Cは、AB間の売買の無効を主張して、Bに対して、土地のAへの返還を請求することができる。


② 虚偽表示の無効と第三者

イ)原則

 このように、虚偽表示は無効になる。しかし、前述の例で、買主であるBがCに土地を売却したような場合に、Aは、AB間の売買契約の無効を、C(第三者)に対しても主張できるかが問題になる。

 Aが、AB間の売買契約の無効を、何も事情を知らなかったC(善意の第三者)に対しても主張できるとすると、Cが不測の損害を被ることがある。それに対して、Aには、虚偽表示をしたという落ち度がある。そこで民法は、善意の第三者(虚偽表示の事実について知らない第三者)に対しては、その意思表示の無効を主張できないことにした(94条2項)。




Point1 虚偽表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。第三者は、「善意」であればよく、「無過失」であることまでは求められない(大判昭12.8.10)。


Point2 虚偽表示の当事者が虚偽表示の無効を「善意の第三者に対して」対抗することができないのであり、善意の第三者のほうから虚偽表示の無効を主張するのはかまわない。


ロ)第三者と転得者との関係

ⅰ)悪意の第三者からの転得者

悪意の第三者からの転得者が善意であれば、転得者は善意の第三者に当たる(最判昭45.7.24)。



ⅱ)善意の第三者からの転得者

第三者が善意であれば、転得者が悪意であっても、その転得者に対して虚偽表示の無効を対抗することができない(大判昭6.10.24)。




ハ)保護される「第三者」の範囲

 このように、虚偽表示の無効は善意の第三者に対しては対抗することができないが、この保護される「第三者」の範囲が問題となる。

 判例によると、この「第三者」とは、虚偽の意思表示の当事者または包括承継人以外の者であって、その表示の目的につき法律上利害関係を有するに至った者をいう(最判昭42.6.29)。



「第三者」に該当するとされた事例
・仮装譲受人から仮装譲渡の目的物を譲り受けた者(最判昭28.10.1)
・仮装譲受人が譲り受けた不動産に抵当権の設定を受けた債権者(大判昭6.10.24)
・仮装譲渡の目的物を差し押えた仮装譲受人の一般債権者(最判昭48.6.28)
・仮装債権の譲受人(大判昭13.12.17)
「第三者」に該当しないとされた事例
・仮装譲受人の一般債権者
・土地の仮装譲受人が当該土地上に建築した建物の賃借人(最判昭57.6.8)


(3) 錯誤(さくご)

 錯誤とは、いわゆる「勘違い」のことである。錯誤によって意思表示をした者(表意者)を保護するために、錯誤に基づく一定の意思表示は、取り消すことができる(95条1項)。


① 錯誤の種類

取消しの原因となる錯誤には、次の2つの種類がある。


イ)意思表示に対応する意思を欠く錯誤(95条1項1号)

 この錯誤は、表意者自身が、表示に対応する意思がないことを知らずに、意思表示をしている場合である。つまり、表意者が真意と表示の食い違いに気付かないまました意思表示をいう。例えば、甲土地を売りたいと考えていたのに、勘違いから乙土地を売ってしまうような場合である。


ロ)表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が事実に反する錯誤(95条1項2号)

 この錯誤は、「動機の錯誤」とも呼ばれるもので、真意を形成するきっかけになったものの錯誤である。例えば、将来地価が高騰すると思って甲土地を購入したが、それは勘違いで、実際は高騰しなかったような場合である。この場合、甲土地を購入しようという意思で購入の意思表示をしているので、前述の錯誤とは異なり、表示に対応する意思は存在するが、その購入しようという意思を形成するきっかけ(動機)に錯誤があったのである。

この場合、表意者の動機を相手方がかんたんに知ることはできない。そこで、相手方保護の観点から、民法は、「動機の錯誤」を理由にした意思表示の取消しは、その事情が契約などの法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができるとしている(95条2項)。


Point 「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されている」とは、明示的に表示されている場合(明言されていた場合)だけでなく、その意思表示に至る経緯等に鑑み、黙示的に表示されている場合(言動などからわかる場合)をも含む。



動機の錯誤が要素の錯誤に該当するとされた事例
・離婚に伴う財産分与に際して夫が自己所有の不動産を妻に譲渡した場合において、実際には分与者である夫に課税されるにもかかわらず、夫婦ともに課税負担は専ら妻が負うものと認識しており、夫において、課税負担の有無を重視するとともに、自己に課税されないことを前提とする旨を黙示的に表示していたと認められるときは、要素の錯誤が認められる(最判平元.9.14)。
動機の錯誤が要素の錯誤に該当しないとされた事例
・連帯保証人が、他にも連帯保証人が存在すると誤信して保証契約を締結した場合、他に連帯保証人があるかどうかは、通常は保証契約の動機にすぎないから、その存在を特に保証契約の内容とした旨の主張立証がなければ、連帯保証人の錯誤は要素の錯誤に当たらない(最判昭32.12.19)。


② 取り消すことができる意思表示

 このように、上記①または②の錯誤による意思表示は取り消すことができるのだが、錯誤に基づく意思表示が有効であると信じた相手方の保護も考慮する必要があるため、錯誤による意思表示をすべて取り消すことができるわけではない。


イ)要素の錯誤であること

 まず、錯誤による取消しを主張するためには、その錯誤が法律行為の目的および取引上の社会通念に照らして重要なものである必要があるとされる(95条1項)。これは、その錯誤がなければ表意者はその意思表示をせず、かつ、表意者だけでなく通常人もそのような意思表示をしなかったであろうほど重要な部分の錯誤ということである。このような錯誤を「要素の錯誤」ともいう。


ロ)表意者に重大な過失がないこと

錯誤が表意者の重大な過失(重過失)によるものであった場合には、一定の場合を除き、意思表示の取消しをすることができない(95条3項)。重大な過失とは、注意すれば容易に錯誤に陥ることを防げたにもかかわらず、注意をしなかったことによって錯誤に陥ってしまった場合をいう。このような重大な過失がある表意者まで保護する必要がないからである。


Point 表意者に重大な過失のあることについては、相手方がその主張・立証責任を負う(大判大7.12.3)




 ただし、表意者に重大な過失があった場合であっても、次の1. または2. の場合は意思表示の取消しをすることができる。

1. 相手方が表意者に錯誤があることを知り(悪意)、または重大な過失によって知らなかった(善意有重過失)とき(95条3項1号)
2. 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき(共通錯誤)(95条3項2号)


③ 錯誤による意思表示の取消しと第三者

錯誤による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない(95条4項)。


Point 錯誤による意思表示の取消しは善意無過失の第三者に対抗できない。第三者は、「善意」であるだけでなく、「無過失」であることまで要求される。心裡留保や虚偽表示に比べて、第三者よりも表意者の保護の重要性が高いからである。



瑕疵ある意思表示

(1) 詐欺

① 詐欺による意思表示の取消し

 詐欺とは、他人をだまして(欺罔行為)、錯誤に陥れ、これによって意思表示させることをいう。

 詐欺によって意思表示をした者は、その意思表示を取り消すことができる(96条1項)。



② 第三者の詐欺の場合

 相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合は、何も事情を知らずに取引関係に入った相手方を保護するために、相手方がその事実を知っていた(悪意)か、または知ることができた(善意有過失)ときに限り、取り消すことができる(96条2項)。相手方が善意有過失の場合も取り消すことができるのは、詐欺の事実につき知らないことに落ち度がある相手方よりも、だまされて財産を失った表意者を保護する必要性のほうが高いからである。



Point この場合、Bが詐欺につき善意無過失であれば、Aは契約を取り消すことができない。Bが保護されるには、「善意」であるだけでなく、「無過失」であることまで要求される


② 詐欺による意思表示の取消しと第三者

詐欺による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない(96条3項)。



Point この場合、Cが詐欺につき善意無過失であれば、Aは、Bの詐欺を理由にAB間の売買契約を取り消したことをCに主張することができない。Cは、「善意」であるだけでなく、「無過失」であることまで要求される。心裡留保や虚偽表示に比べて、第三者よりも表意者の保護の重要性が高いからである。


(2) 強迫

① 強迫による意思表示の取消し

 強迫とは、他人をおどして、それによって意思表示をさせることをいう。

強迫によって意思表示をした者は、その意思表示を取り消すことができる(96条1項)。



② 第三者の強迫の場合

相手方に対する意思表示について第三者が強迫を行った場合は、詐欺の場合と違って、相手方がその事実につき善意無過失であっても、取り消すことができる。強迫の場合は、相手方の保護に比べて、強迫により財産を失った表意者の保護のほうが、重要性が高いからである。



③ 強迫による意思表示の取消しと第三者

強迫による意思表示の取消しは、詐欺の場合と違って、善意でかつ過失がない第三者にも対抗することができる。強迫の場合は、第三者の保護に比べて、強迫により財産を失った表意者の保護のほうが、重要性が高いからである。