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1違憲審査制

堀川 寿和2021/12/01 13:18

 「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である」(81条)。すなわち、最高裁判所に違憲審査権が認められている。

日本国憲法における違憲審査制の法的性格

 違憲審査制には、①法令などの憲法適合性を抽象的・一般的に審査・決定する制度(抽象的違憲審査制)、②具体的な争訟を前提として、その解決に必要な限りでのみ審査を行う制度(付随的違憲審査制)の2種類がある。この違いは、違憲判決の効力についても差異をもたらし、抽象的違憲審査制では、違憲判決は一般的効力をもつのに対して、②付随的違憲審査制では、その事件限りの個別的効力をもつにとどまる。

 日本国憲法における違憲審査制の性格については争いがある。裁判所に付随的違憲審査権が与えられていることは争いなく認められるとしても、抽象的違憲審査権が与えられているか否かをめぐっては、次のような対立がある。


(1) 付随的審査制説

 裁判所には付随的違憲審査権のみ与えられており、抽象的違憲審査権は与えられていないとする説(判例・通説)。



判例警察予備隊違憲訴訟 →Chapter12 裁判所「司法権の帰属する裁判所」参照
《争点》わが国の裁判所は抽象的違憲審査権を有するか?
《判旨》我が裁判所は具体的な争訟事件が提起されないのに将来を予想して憲法及びその他の法律命令等の解釈に対し存在する疑義論争に関し抽象的な判断を下すごとき権限を行い得るものではない。



(2) 抽象的審査制説

 裁判所には付随的違憲審査権のみならず、抽象的違憲審査権も与えられているとする説。



(3) 法律委任説

 81条が裁判所に対して抽象的違憲審査権をも与えていると解することはできないが、かといって、抽象的違憲審査権を与えることを積極的に禁止していると解することもできないから、法律によって裁判所に抽象的違憲審査権を与えることも可能であるとする説。


違憲審査の主体

 下級裁判所にも違憲審査権が与えられているのか否かについて明文はないが、下級裁判所もまた違憲審査権を有することは争いなく認められている(最判S25.2.1)。

違憲審査の対象

 81条が違憲審査の対象として明示しているのは、『一切の法律、命令、規則又は処分』であり、条例、条約や裁判所による裁判もまた違憲審査の対象になるのか否かは明らかではない。このうち、条例は『法律』に含まれ、また、裁判所による裁判は『処分』に含まれるとして、両者とも違憲審査の対象となることについて争いはない。

 【裁判は一般的抽象的法規範を制定するものではなく個々の事件について具体的処置をつけるものであるから、その本質は一種の処分である。一切の処分は行政処分たると裁判たるとを問わず、終審として最高裁判所の違憲審査権に服する】(最大判S23.7.8)

 これに対して、条約が違憲審査の対象になるのか否かについては争いがある。また、統治行為や立法の不作為について違憲審査権が及ぶのか否かについても争いがある。以下、詳述する。


(1) 条約に対する違憲審査の可否

① 肯定説(判例・通説)

 81条は、憲法より下位にあるすべての規範に違憲審査権を及ぼす趣旨であり、条約も『法律』に含まれると解すべきこと(憲法と条約の効力について憲法優位説をとる場合の帰結である)、条約によって憲法の改正が生ずるような場合にも違憲審査権が及ばないとすると、憲法の最高法規性に反することになること、裁判所が条約を違憲だと判断した場合でも、それは条約の国内法的効力を否定したにとどまり国際法的効力まで審査決定することにはならないことなどが根拠として挙げられる。



判例砂川事件(最大判S34.12.16)
在日米軍が使用していた飛行場の拡張工事に反対するデモ隊員の一部が、安保条約特別法違反に問われた事件。
《争点》条約の違憲審査は可能か?
《判旨》安保条約は、主権国としてのわが国の存立の基礎に極めて重大な関係をもつ高度の政治性を有するものというべきであって、その内容が違憲なりや否やの法的判断は、その条約を締結した内閣およびこれを承認した国会の高度の政治的ないし自由裁量的判断と表裏をなす点がすくなくない。それ故、右違憲なりや否やの法的判断は、純司法的機能をその使命とする司法裁判所の審査には原則としてなじまない性質のものであり、従って、一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外のものである。
そして、それは第一次的には、条約の締結権を有する内閣およびこれに対して承認権を有する国会の判断に従うべく、終局的には、主権を有する国民の政治的批判に委ねられるべきものである。
※ 本判決は、安保条約の高度の政治性を理由に憲法判断を控えたものであり、条約一般に対する違憲審査は可能なことを前提としている。


② 否定説

 81条で違憲審査の対象となる法形式に条約が含まれていないこと、憲法の最高法規性を宣言する98条1項に憲法に違反した場合に無効となる法形式として条約を上げておらず、その一方で、同条2項で条約を誠実に遵守すべきことを定めていること、条約は他国との合意によって成立する法形式である点で純然たる国内法形式とは異なるから、81条に列挙されていないということは、違憲審査の対象から排除する趣旨であることなどが根拠として挙げられる。


(2) 統治行為に対する違憲審査の可否


判例苫米地事件(最大判S35.6.8)
衆議院議員だった苫米地義三氏が、衆議院のいわゆる抜き打ち解散の効力につき、69条を根拠としていないこと、また、適法な閣議を欠いていたことを理由に争った事件。
《争点》衆議院の解散は司法審査の対象となるか?
《判旨》わが国の三権分立の制度の下においても、司法権の行使についておのずからある限度の制約は免れないのであって、あらゆる国家行為が無制限に司法審査の対象となるものと即断すべきでない。直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為のごときはたとえそれが法律上の争訟となり、これに対する有効無効の判断が法律上可能である場合であっても、かかる国家行為は裁判所の審査権の外にあり、その判断は主権者たる国民に対して政治的責任を負うところの政府、国会等の政治部門の判断に委され、最終的には国民の政治判断に委ねられているものと解すべきである。この司法権に対する制約は、結局、三権分立の原理に由来し、当該国家行為の高度の政治性、裁判所の司法機関としての性格、裁判に必然的に随伴する手続上の制約等にかんがみ、特定の明文による規定はないけれども、司法権の憲法上の本質に内在する制約と理解すべきである。
衆議院の解散は、極めて政治性の高い国家統治の基本に関する行為であって、かくのごとき行為について、その法律上の有効無効を審査することは司法裁判所の権限の外にありと解すべきことはあきらかである。





(3) 立法の不作為に対する違憲審査の可否


判例在宅投票制度事件 →Chapter8国務請求権(受益権)「国家賠償請求権」参照
《判旨》仮に立法の内容が憲法の規定に違反する虞があるとしても、その故に国会議員の立法行為が直ちに違法の評価を受けるものではない。
国会議員は、立法に関しては、原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではないので、国会議員の立法行為(立法不作為を含む)は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法1条1項の適用上、違法の評価を受けない。