- 憲法―12.裁判所
- 1.司法権の帰属する裁判所
- 司法権の帰属する裁判所
- Sec.1
1司法権の帰属する裁判所
■司法権の定義
司法権とは、法規を適用することによって具体的争訟を解決することを目的とする作用を行う国家の権能である。行政権もまた、法規の適用を伴う作用を行う国家の権能であるという点で司法権と似ているが、行政権は具体的争訟がなくても行使されることがあるなど(一般処分など)、司法権との間には一定の違いが認められる(行政権の定義について、Chapter11参照)。
■司法権の範囲とその例外
「裁判所は、日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判する権限を有する」(裁判所法3条)。法律上の争訟(具体的な争訟)とは、①当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する争いであり、かつ、②法規を適用することにより解決することができるものに限られる(最判S29.2.11)。
このような法律上の争訟に当たらず、裁判所の審査権が及ばない場合には次のようなものがある。
(1) 具体的事件性を欠き、仮定的又は抽象的に法令の解釈や効力について争う場合
判例 | 警察予備隊違憲訴訟(最判S27.10.8) |
日本社会党の議員が、自衛隊の前身である警察予備隊と警察予備隊令の違憲性を主張して直接最高裁判所に出訴した事件。 |
《争点》 | 裁判所は、抽象的に法令の解釈または効力について審理判断することはできるか? |
《判旨》 | わが裁判所が現行の制度上与えられているのは司法権を行う権限であり、そして司法権が発動するためには具体的な争訟事件が提起されることを必要とする。 |
(2) 単なる事実の存否、個人の主観的意見の当否、学問上や技術上の論争
法令の適用によって解決するに適さない単なる政治的または経済的問題や技術上または学術上に関する争いは、裁判所の裁判を受けうべき事柄ではないのである(最判S41.2.8)
(3) 純然たる信仰の対象の価値又は宗教上の教義に関する判断自体を求める訴え
判例 | 板まんだら事件(最大判S56.4.7) |
創価学会の会員であった原告が、正本堂建立資金のための寄附金につき、正本堂に安置する本尊たる『板まんだら』は偽物であり、寄附行為に要素の錯誤があったとして返還を求めた事件。 |
《争点》 | 《争点》
1. 裁判の対象となる紛争は、どのような性質の紛争か? 2. 宗教上の紛争は裁判の対象となるか? |
《判旨》 | (争点1)
裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は、裁判所法3条にいう『法律上の争訟』、すなわち当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、それが法令の適用により終局的に解決することのできるものに限られる。 (争点2) 宗教上の紛争は、ことがらの性質上、法令を適用することによっては解決することのできない問題である。本件訴訟は、具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争の形式をとっており、その結果信仰の対象の価値又は宗教上の教義に関する判断は請求の当否を決するについての前提問題であるにとどまるものとされてはいるが、本件訴訟の帰すうを左右する必要不可欠のものと認められ、結局本件訴訟は、その実質において法令の適用による終局的な解決の不可能なものであって、裁判所法3条にいう法律上の争訟にあたらない。 |
■司法権の限界
法律上の争訟であっても司法権が及ばない例外は次のとおりである。
(1) 憲法が明文で定めた例外
各議院の議員の資格争訟の裁判(55条)、弾劾裁判所による弾劾裁判(64条)。
(2) 国際法上の制約による例外
外交使節に対して刑事裁判権が及ばない場合(治外法権)、駐留軍の構成員、軍属またはそれらの家族に対して刑事裁判権が一定の制約を受ける場合(日米安全保障条約6条2項に基づく行政協定17条等)など。
(3) 事柄の性質上の限界による例外
① 各国家機関の自律権に属する行為
懲罰や議事手続など、国会又は各議院が内部事項に関する自律権に基づいて行う行為について、司法審査が及ばないことがある。
【警察法は、両院において議決を経たものとされ適法な手続によって交付されている以上、裁判所は両院の自主性を尊重すべく同法制定の議事手続に関する所論のような事実を審理してその有効無効を判断すべきでない。従って所論のような理由によって同法を無効とすることはできない】(最判S37.3.7)
② 各国家機関の自由裁量行為
各国家機関の自由裁量に委ねられている行為については、その当否が問題となるだけであり、裁量権の著しい逸脱や濫用があった場合を除いて、司法審査が及ばないとされる。
③ 統治行為
統治行為(国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為)については、司法審査が及ばないとされる(統治行為論)。憲法保障において詳述する。
④ 団体の内部事項に関する行為(部分社会の法理)
地方議会、大学、政党、労働組合、弁護士会等の自主的な団体の内部紛争に関しては司法審査が及ばないことがあるとされる。
判例 | 富山大学単位不認定事件(最判S52.3.15) |
授業担当停止措置を受けていた教授の行った試験を大学側が認めず、学生に単位を授与しなかったことが違法として争われた事件。 |
《争点》 | 1. 大学の内部的問題は司法審査の対象となるか?
2. 単位授与は内部的な問題といえるか? |
《判旨》 | (争点1)
一般市民社会の中にあってこれとは別個に自律的な法規範を有する特殊な部分社会における法律上の係争のごときは、それが一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、その自主的、自律的な解決に委ねるのを適当とし裁判所の司法審査の対象にはならない。 大学は、国公立であると私立であるとを問わず、一般市民社会とは異なる特殊な部分社会を形成しているのであるから、このような特殊な部分社会である大学における法律上の係争のすべてが当然に裁判所の司法審査の対象になるものではなく、一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題は、司法審査の対象からは除かれるべきものである。 (争点2) 単位の授与という行為は、学生が当該授業科目を履修し試験に合格したことを確認する教育上の措置であり、卒業の要件をなすものではあるが、当然に一般市民法秩序と直接の関係を有するものでないことは明らかである。それゆえ、単位授与行為は、他にそれが一般市民法秩序と直接の関係を有するものであることを肯認するに足りる特段の事情のない限り、純然たる大学内部の問題として大学の自主的、自律的な判断に委ねられるべきものであって、裁判所の司法審査の対象にはならない。 |
判例 | 地方議会議員の懲罰(最大判S35.10.19) |
村議会において、特定の議員を表決から排除するために行われた出席停止の懲罰決議の効力が争われた事件。 |
《争点》 | 地方議会の懲罰は司法審査の対象となるか? |
《判旨》 | 自律的な法規範をもつ社会ないしは団体に在っては、当該規範の実現を内部規律の問題として自治的措置に任せ、必ずしも、裁判を待つことを適当としないものがある。本件における出席停止の如き懲罰はまさにそれに該当するものである。もっとも、議員の除名処分は司法裁判権に属する事項とされるが、それは、議員の身分の喪失に関する重大事項で、単なる内部規律の問題に止らないからであって、議員の出席停止の如く議員の権利行使の一時的制限に過ぎないものとは自から趣を異にしているからである。 |
判例 | 共産党袴田事件(最判S63.12.20) |
政党からの除名処分を受け、政党所有の家屋からの立ち退きを求められた党幹部が、除名の効力を争った事件 |
《争点》 | 政党の内部問題は司法審査の対象となるか? |
《判旨》 | 政党の結社としての自主性にかんがみると、政党の内部的自律権に属する行為は、法律に特別の定めのない限り尊重すべきであるから、政党が組織内の自律的運営として党員に対してした除名その他の処分の当否については、原則として自律的な解決に委ねるのを相当とし、したがって、政党が党員に対してした処分が一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、裁判所の審判権は及ばないというべきであり、他方、右処分が一般市民としての権利利益を侵害する場合であっても、右処分の当否は、当該政党の自律的に定めた規範が公序良俗に反するなどの特段の事情のない限り右規範に照らし、右規範を有しないときは条理に基づき、適正な手続に則ってされたか否かによって決すべきであり、その審理も右の点に限られる。 |