• 憲法―6.人身の自由
  • 3.被疑者の権利
  • 被疑者の権利
  • Sec.1

1被疑者の権利

堀川 寿和2021/12/01 09:06

 33条~35条は、主として捜査の過程における被疑者の権利として、不法な逮捕・抑留・拘禁からの自由と住居の不可侵を定める。被疑者とは、犯人であるとの嫌疑はあるが公訴の提起を受けていない者をいう。

不法な抑留・拘禁からの自由

(1) 34条の意義

 34条は、逮捕した身柄を一時的(抑留)あるいは継続的(拘禁)に拘束し続ける場合に被拘束者に保障されるべき権利を定めた。

cf. 34条は、英米法のヘイビアス・コーパス(habeas corpus)制度そのものではないが、それに由来するといわれている。へイビアス・コーパスとは、裁判所が、ある人を拘束している者に対し、被拘束者の身柄を裁判所の前に提出することを命ずる令状(人身保護令状)のことをいう。裁判所は拘束の理由の当否を審査し、不当な場合は釈放を命ずる。ヘイビアス・コーパス制度の精神を生かすため、「現に不当に奪われている人身の自由を、司法裁判所により、迅速、且つ、容易に回復せしめることを目的とする」人身保護法が制定された。


(2) 『抑留』と『拘禁』の意味

 『抑留』とは、身体の一時的拘束をいう。 例:逮捕、勾引後の留置

 『拘禁』とは、身体の継続的拘束をいう。 例:勾留、鑑定留置


(3) 弁護人依頼権

① 適用範囲

 34条は、被疑者か被告人かに関係なく適用される。

 被疑者段階においても、少なくとも身体を拘束される場合には、弁護人依頼権が保障される。

② 弁護人依頼権の告知

 抑留・拘禁の理由は直ちに告げられる権利を有するが、弁護人依頼権の告知については争いがある。判例は、弁護人依頼権を形式的に理解し、弁護人を依頼するかどうかは被告人の自由であり、国は依頼の機会を与え、それを妨害しなければよいとする。

 【弁護人依頼権は被告人が自ら行使すべきもので、裁判所、検察官等は被告人がこの権利を行使する機会を与え、その行使を妨げなければいいのであって、憲法は弁護人依頼権を特に被告人に告げる義務を裁判所に負わせているものではない】(最大判S24.11.30)


(4) 接見交通権

① 接見交通権の趣旨

 34条の弁護人依頼権は、自由な接見交通権を含むものと解される。

[理由]

 34条は、身体を拘束された被疑者の弁護人を依頼する権利を保障している。その趣旨は、単に形式的に弁護人の選任権を保障したのではなく、弁護人と防御について十分に相談できる権利を保障したものである。なぜなら、弁護人がその役割を十分に果たすためには、捜査段階においてこそ適宜被疑者と面接して事案の内容やその言い分等を十分聴取し、適切な助言を与えることが必要不可欠だからである。

② 接見交通権の制限

 他方、刑訴法39条は、被疑者の接見を制限する規定を定めている。捜査機関は、原則として何時でも接見の機会を与えなければならず、捜査に支障がある場合は、できる限り速やかに日時を指定すべきである。刑訴法39条による接見交通権の制限は、あくまでも捜査への支障が顕著で必要やむをえない場合に限られる。

 【刑訴法39条3項は、捜査のために必要があるときは、右の接見等に関してその日時・場所・時間を指定することができると規定するが、弁護人等の接見交通権が前記のように憲法の保障に由来するものであることにかんがみれば、接見等の日時等の指定は、あくまで必要やむを得ない例外的措置であって、被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限することは許されるべきではない】(最判S53.7.10)

 【憲法は、刑罰権の発動ないし刑罰権発動のための捜査権の行使が国家の権能であることを当然の前提とするものであるから、被疑者と弁護人との接見交通権が憲法の保障に由来するからといって、これが刑罰権ないし捜査権に絶対的に優先するような性質のものということはできない。刑訴法39条3項本文の規定は、憲法34条前段の弁護人依頼権の保障の趣旨を実質的に損なうものではないというべきである】(最大判H11.3.24)



不法な捜索・押収からの自由

(1) 意義

 35条は、捜索・押収について令状主義の原則を定め、住居・所持品のプライバシーを保障する。


(2) 『捜索』と『押収』の意味

 『捜索』とは、住居や所持品を点検し、物や人を探すことをいう。

 『押収』とは、物の占有を強制的に取得することをいう。


(3) 『司法官憲』の意味

 『司法官憲』とは、裁判官に限られる。


(4) 『令状』の内容

 一般令状は禁止され、捜索場所と差し押さえる物の特定が必要である。

cf. 一般令状とは、どこで何を捜索・押収するのかを特定せず、いつでもどこでも証拠を探して捜索・押収することを認めるものをいう。


(5) 逮捕による捜索・押収

 35条は、令状主義の例外として、「33条の場合」を挙げる。次の場合には、捜索・押収令状なしに捜索・押収できる。

① 現行犯逮捕の場合

② 逮捕令状のある適法な逮捕の場合


(6) 違法収集証拠の証拠能力

 収集手続に重大な違法がある場合には、その証拠能力は否定される。


(7) 行政手続への適用

 35条の令状主義はもともと刑事手続を対象としているが、プライバシー権や財産権は、行政権による捜索・押収の場合にも侵害されうる。そこで、35条が行政手続(例・税務署の職員が適正な課税のために事業所に立入って検査する場合、消防職員が火災の消火のために家屋に立入る場合)にも適用されるかが問題となるが、これを肯定するのが判例・通説である。

[理由]

1. 今日、行政国家現象の下で行政は、国民生活のあらゆる分野に介入しており、行政権の人権侵害の可能性が増大している。

2. 35条が行政手続に及ばないとすると、行政手続を通じて、35条の保障を有名無実化する危険性がある。

3. 犯罪の嫌疑を受けている者でさえ無令状捜索から保護される権利があるのに、犯罪の嫌疑を受けていない者にかかる保障がないとするのは不均衡かつ不合理である。



判例川崎民商事件(最大判S47.11.22)
旧所得税法上の質問検査権(収税官吏が税務調査に当たり納税義務者等に質問し、帳簿等の物件を検査でき、これを拒否した者には罰則が適用されるという制度)に基づく調査を拒否して起訴された被告人が、質問調査が、令状主義(憲法35条)、黙秘権の保障(憲法38条)に反するとして争った事件。
《争点》35条1項、38条1項の保障は行政手続にも及ぶか?
《判旨》最高裁は、黙秘権は、純然たる刑事手続においてばかりではなく、それ以外の手続においても、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には、ひとしく及ぶとして、38条が行政手続にも及ぶことを原則的に認めたが(35条も行政手続に及ぶことを認めている)、質問検査権は、①刑事責任の追及を目的とする手続ではないこと、②実質上、刑事責任を追及するための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものとはいえないこと、③強制の度合いが低く、直接的・物理的な強制と同視すべき程度に達していないこと、④租税の公平な徴収等の公益目的を実現するために実効性のある検査制度が不可欠であることを理由に、違憲ではないとした。

《POINT》

1. 所得税法上の質問検査の手続は刑事責任の追及を目的とするものではない。
2. 35条1項の令状主義および38条1項の黙秘権の保障は、刑事手続以外にも及ぶ場合がある。
3. 本件質問検査は令状によらずに行われたが35条に反しない。
(38条1項の保障の対象でもない)


拷問及び残虐刑の禁止

(1) 36条の沿革と意義

 近代以前には、処罰するためには自白が必要とされていたこともあって、自白させるための拷問が法的に許容されていた。わが国でも明治初期までは同様であったが、その後、拷問禁止の改革がなされ1882年(明治15年)施行の旧刑法において、公務員による拷問を犯罪として規定した。しかし、戦前には、実際にはしばしば拷問が行われたので、日本国憲法はこの反省から36条を定めた。「絶対に」拷問を禁ずるとは、公共の福祉を理由とする例外を一切認めないことを意味する。


(2) 『拷問』と『残虐な刑罰』の意味

 『拷問』とは、自白を得るために暴行を加えることをいう。『残虐な刑罰』とは、精神的・肉体的苦痛を内容とする非人道的な刑罰をいう。


(3) 死刑の合憲性

 死刑が『残虐な刑罰』に該当するかについては争いがある。判例は、死刑そのものは残虐な刑罰であるとはいえないが、執行方法によっては36条に違反するとする。

 ※ 無期懲役は『残虐な刑罰』にあたらない(最大判S24.12.21)。

 ※ 絞首刑は『残虐な刑罰』にあたらない(最大判S30.4.6)。




判例死刑と残虐な刑罰(最大判S23.3.12)
母親と妹を殺害し死刑判決を受けた被告人が、死刑は残虐な刑罰であり、36条によって当然に廃除されたと主張した事件。
《争点》死刑は、残虐な刑罰に当たり36条に違反するか?
《判旨》最高裁は、憲法に刑罰としての死刑の存置を想定し是認する規定があることを指摘し(13条、31条)、執行方法が火あぶり、はりつけなど「その時代と環境とにおいて人道上の見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合」はさておき、現行の絞首刑による死刑そのものは残虐刑に該当しないとした。