- 憲法―2.基本的人権総論
- 3.憲法の私人間効力
- 憲法の私人間効力
- Sec.1
1憲法の私人間効力
憲法の人権規定は、『公権力』との関係において、国民の権利・自由を保護するものと考えられてきた。よって、基本的に『私人同士』の関係において憲法が問題になることはないとも考えられる。しかし、資本主義の発達に伴い、公権力にも匹敵するような巨大な力を有する私的団体が生まれ、力を持たない一般国民の人権を脅かすという事態が生じている現実がある。
また、そもそも憲法の理念には「強者による弱者への理不尽を許さない」というものが含まれており、その理念に照らすと、歴史的にみて公権力が強者の代表格だというだけであるから、その他の『強者たる私人』は憲法によって拘束されないと考える理由はなく、むしろ拘束されると考えるほうが憲法の理念に適うということができる。
この点、今日では私人間の問題においても憲法の適用があると考える立場が一般的であるが、その適用方法には諸説あり、判例は、憲法の求める価値判断を民法90条のような一般条項に取り込んで、私人間の問題に間接的に憲法を適用する間接適用説を採っているものとされる。
■私人間効力に関する学説の整理
(1) 非適用(無効力)説
憲法の人権規定は、憲法に特別の定めがない限り、私人間には適用されない。
[理由] 憲法の人権保障は、対国家的性質を有する。
[批判] 公権力に匹敵する社会的権力による人権侵害に対して、単純に私人間だから憲法が適用されないとしたのでは、憲法による人権保障の趣旨が実質的に失われる。
(2) 直接適用説
憲法の人権規定は、私人間にも直接適用される。
[理由] 憲法は、国民の全生活分野にわたる客観的価値秩序であり、憲法の定立する法原則は社会生活のあらゆる領域において全面的に尊重され実現されるべきである。
[批判] 1. 私人間に憲法を直接適用すると、私的自治の原則が脅かされる。
2. 我が国における公法と私法の二元的法秩序が否定されるおそれがある。
3. 国家の私的領域への介入を承認することになり、かえって国家による人権規制が強化されるおそれがある。
4. 対国家的性質を有する人権の本質を変質ないし希薄化する結果を招くおそれがある。
(3) 間接適用説(判例・通説)
憲法の人権規定は、私人間には直接適用されないが、私法の一般条項(民法90条、同709条等)を媒介として、間接的に適用される。
[理由] 1. 非適用説、直接適用説への批判
2. 公法と私法の二元的法秩序と私的自治の原則を尊重しながら、憲法の人権規定をできる限り私人間に及ぼしていくことが可能になる。
[批判] 1. 人権価値を導入して行う私法の一般条項の意味充填解釈は振れ幅が大きい。
2. 純然たる事実行為に基づく私的な人権侵害行為が憲法による規制の範囲外におかれてしまう場合がある。
(4) 国家同視説(state action 理論、アメリカ判例法理)
人権規定が公権力と国民との関係を規律するものであることを前提としつつ、私人による一定の私法行為が国家行為と同視できる場合には、憲法を直接適用する。具体的には以下の場合に当該私的行為を国家行為と同視する。
① 公権力が公共施設等の国家財産の貸与、財政援助、特権の付与等を通じて、私人の私的行為と極めて重要な程度にまで関わり合いになった場合。
例: 公共施設の内部で食堂を経営している私人が他の人種の差別をする。
② 私人が、国の行為に準ずるような高度に公的な機能を果たしている場合。
例: 会社が私有し運営する会社町が、街頭での宗教的文書の頒布を禁止する。
■私人間効力が問題となった判例
(1) 私企業における思想信条を理由とした採用の拒否
判例 | 三菱樹脂事件(最大判S48.12.12) |
私企業である三菱樹脂株式会社に採用されたAが、大学在学中の学生運動歴について、入社試験の際に虚偽の申告をしたという理由で、3ヶ月の試用期間終了時に本採用を拒否された事件。 |
《争点》 | 憲法の人権規定は、私人間の法律関係について適用されるか? |
《判旨》 | 憲法の人権規定は、国又は公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障する目的に出たもので、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない。私人間の関係においては、各人の有する自由と平等の権利自体が具体的場合に相互に矛盾、対立する可能性があり、このような場合におけるその対立の調整は、原則として私的自治に委ねられ、ただ、一方の他方に対する侵害の態様、程度が社会的に許容しうる一定の限界を超える場合にのみ、法がこれに介入しその間の調整を図るという建前がとられている。個人の基本的な自由や平等に対する侵害の態様、程度が社会的に許容しうる限度を超えるときは、私的自治に対する一般的制限規定である民法1条、90条不法行為に関する諸規定等の適切な運用によって、一面で私的自治の原則を尊重しながら、他面で社会的許容性の限度を超える侵害に対し基本的な自由や平等の利益を保護し、その間の適切な調整を図る方途も存するのである。 |
(2) 私企業における女性差別
判例 | 日産自動車事件(最判S56.3.24) |
定年年齢を男子60歳、女子55歳と定める会社の就業規則が、性別による不合理な差別を定めたもので、法の下の平等を定めた憲法14条に違反するとして争われた事件。 |
《争点》 | 就業規則の効力 |
《判旨》 | 会社の就業規則中女子の定年年齢を男子より低く定めた部分は、専ら女子であることのみを理由として差別したことに帰着するものであり、性別のみによる不合理な差別を定めたものとして民法90条の規定により無効であると解するのが相当である。 |
(3) 私立大学における学生の政治活動の自由
判例 | 昭和女子大事件(最判S49.7.19) |
無届で法案反対の署名活動をしたり、許可を得ないで学外の政治団体に加入したりした行為が、学則の具体的な細目たる生活要録の規定に違反するとして、自宅謹慎を申し渡された私立大学の学生が、なおメディアに大学の取り調べの実情を公表するなどしたため、退学処分を受けたので、生活要録が憲法19条、21条に違反するとして学生としての地位確認訴訟が提起された事件。 |
《争点》 | 1. 自由権の規定は私人間に直接適用されるか?
2. 本件学則は有効か? |
《判旨》 | (争点1)
いわゆる自由権的基本権の保障規定は、専ら国又は公共団体と個人との関係を規律するものである。したがって、その趣旨に徴すれば、私立学校の学則の細則としての性質を持つ生活要録の規定について直接憲法の右基本権保障に違反するかどうかを論ずる余地はないものというべきである。 (争点2) 本件大学の生活要録の規定は、政治的目的をもつ署名運動に学生が参加し又は政治的活動を目的とする学外の団体に学生が加入するのを放任しておくのは教育上好ましくないとする同大学の教育方針に基づき、このような学生の行動について規制しようとする趣旨を含むものと解されるのであって、かかる規制自体を不合理なものと断定することができない。 |
(4) 国の私法的行為と私人間効力
判例 | 百里基地訴訟(最判H1.6.20) |
Aがその所有する土地(航空自衛隊百里基地建設予定地)を国・防衛庁に売却したところ、当該売買が憲法9条に違反するとして争われた。 |
《争点》 | 1. 本件売買契約は98条1項の「国務に関するその他の行為」にあたるか?
2. 本件売買契約が私人間の私法上の行為と同視しうるものとしても、9条が直接適用されないか? 3. 本件売買契約に憲法が直接適用されないとしても、民法90条の公序良俗違反にならないか? |
《判旨》 | (争点1)
(争点2)
(争点3)
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