• 刑法(総論)ー9.共犯論
  • 9.共犯と錯誤
  • 共犯と錯誤
  • Sec.1

1共犯と錯誤

堀川 寿和2022/02/10 11:03

共犯と錯誤の意義

(1)意義

共犯と錯誤とは、共犯者の認識した犯罪事実と、現に正犯者が実行した犯罪事実がくい違う場合をいう。例えば、傷害を共謀したところ共謀者のうちの1人が殺人を犯してしまった場合や、窃盗を教唆したのに、正犯者が強盗までしまったような場合である。つまり、共犯者間の認識の範囲を超えて、一部の共犯者がより重い犯罪行為を実行した場合に、どの範囲で共犯の成立を認めるかの問題である。

共犯と錯誤の解決方法

共犯における錯誤の問題も、原則として単独犯の際の錯誤理論によって解決することになる。したがって、判例の見解である法定的符合説によることになる。

 

(1) 同一の構成要件内の錯誤の場合

同一構成要件内の錯誤の場合、単独犯の場合と同様に共犯の故意は阻却されない。

 

(共同正犯の事例)

判例

(大T6.7.8)

 

Aの殺害を共謀した者の1人がAとBを誤認してBを殺した場合、行為者及び他の共謀者の認識した犯罪事実と現に発生した事実とは法定の範囲内で符合していることから、共謀者全員が現に発生した結果についても故意の共同正犯である。

 

(教唆犯の事例)

判例

(大T9.3.16)

 

AがBにC方に侵入して金銭を窃取するよう教唆したところ、Bが誤って隣のD方に侵入して衣類を窃取した場合、Aには窃盗教唆犯が成立する。

 

判例

(最S25.7.11)

 

AがBに対して甲宅に侵入して絵画を盗んでくるよう教唆したところ、Bは甲宅に侵入したが絵画を見付けることができなかったため現金を盗んだ場合、Aには住居侵入・窃盗罪の教唆犯が成立する。

 

(2) 異なった構成要件間における錯誤の場合

原則として、故意は阻却される。例えば、窃盗を教唆したところ、被教唆者が放火をしたような場合、教唆犯の故意は阻却され窃盗教唆にも放火教唆にもならない。

 

(3) 異なった構成要件間における抽象的事実の錯誤の場合で構成要件に重なり合いがある場合

重なり合う限度で共犯の故意の成立が認められる。

 

(共同正犯の事例)

判例

(最S23.5.1)

 

A・Bが窃盗を共謀し、Aが見張りをしていたところ屋内に侵入したBが強盗したときは窃盗と強盗とは財物奪取という点では重なり合っていることから、軽い窃盗罪の限度で共同正犯が成立し、結局Aには窃盗罪、Bは強盗罪の刑責を負う。

 

(教唆犯の事例)

判例

(最S23.5.1)

 

A方に侵入して窃盗するよう教唆したところ、被教唆者がB方に侵入して強盗を実行したときは、窃盗の限度で窃盗罪と強盗罪とは構成要件的重なり合いがあることから、結局、住居侵入窃盗の限度で教唆犯が成立する。

                     ↓ これに対して

AはBに対して甲宅に侵入して金品を盗んでくるように教唆したが、甲宅に人がいたのでBは甲宅への侵入をあきらめた。その後、新たに金品を盗もうと思い付き、乙宅に侵入して金品を盗んだ場合に、Aには住居侵入・窃盗教唆罪は成立しない。Bは「新たに」思い付き「乙宅に」侵入・窃盗しているので、Bの犯罪はAが決意させたものとはいえないからである。

 

(罪質の同一にまで拡大した事例)

判例

(最S23.10.23)

 

虚偽公文書作成罪(刑法156条)を教唆することをAと共謀したBが、Aに無断で公文書偽造罪(刑法155条)を教唆した場合、両罪は構成要件を異にしているが、両罪の罪質・法定刑は同じであり、かつ共謀者の動機・目的も同じであるからAも公文書偽造教唆につき故意を阻却しない。

虚偽公文書作成罪は公文書の作成権限のある公務員が虚偽の公文書を作成した場合であるのに対し、公文書偽造罪は、公文書の作成権限を有しない者が虚偽の公文書を作成する点で異なる。このように判例は構成要件を異にしても罪質が共通する限りで故意の成立を認めている。