• 民事保全法ー4.保全命令に対する不服申立て
  • 3.保全取消し
  • 保全取消し
  • Sec.1

1保全取消し

堀川 寿和2022/02/04 14:02

保全取消し

(1) 保全取消しの意義

意義

 保全取消しとは、保全命令発令の基礎となる保全すべき権利又は権利関係、保全の必要性がその発令当時に存在していたことを前提とし、その後に生じた事情を斟酌して審理を求める不服申立方法である。保全命令の発令そのものの当否を争うものではないことに注意を要する。

保全異議と保全取消しの差異

 前述の保全異議は発令自体の不当を理由に取消しを求めるものであるのに対して、保全取消しは保全命令自体の不当ではなく、その後に生じた事情に基づき、保全命令の存続の不当を理由に取消しを求めるものである点で異なる。いずれも、保全命令の取消しを求める点では共通する。

 

(2) 保全取消事由

 保全取消しが行われるのは、仮差押え、仮処分に共通するものとして、本案の訴えが定められた期間内に提起されない場合(民保法37条)と保全の要件・保全の必要性の消滅等の事情の変更による場合(民保法38条)があり、仮処分については、そのほかに、賠償できない損害のおそれある等の特別な事情がある場合(民保法39条)の保全取消しが認められている。

 

保全取消し事由

仮差押え・仮処分に

共通する事由

本案の訴えの不提起による場合(37条)

保全命令発令後の事情の変更の場合(38条)

仮処分命令特有の事由

特別の事情がある場合(39条)

 

 保全取消し事由は37条38条39条の3つに限定されているため、債務者は裁判所が定める担保額を提供することを理由として保全命令の取消しを求めることはできない。

 

(3) 本案の訴えの不提起等による保全取消し

起訴命令

 債権者が、保全命令の発令を受けた後、本案訴訟を提起しないときは、保全命令を発した裁判所は債務者の申立てにより、債権者に対し、相当と認める一定の期間内に本案の訴えを提起するとともに、その提起を証する書面を提出し、既に本案の訴えを提起しているときは、その係属を証する書面を提出すべきことを命じなければならない(民保法37条1項)。その期間は、2週間以上でなければならない(民保法37条2項)。

保全命令の取消し

 債権者が上記37条1項の規定により定められた期間内に同項の書面(本案の訴えを提起したことを証する書面)を提出しなかったときは、裁判所は債務者の申立てにより保全命令を取り消さなければならない(民保法37条3項)。当該決定には、理由を付さなければならず、また、当事者に送達しなければならない(同条7項)。期間内に書面が提出されても、その後、本案の訴えが取り下げられ、又は却下されたときはその書面を提出しなかったものとみなされる(民保法37条4項)。従って債務者の申立てにより、裁判所は保全命令を取り消さなければならない。

起訴命令申立ての取下げ

 起訴命令の申立ての取下げには債権者の同意を要しない(民保法40条1項、35条)。

本案の訴えの提起とみなされるもの

a) 訴え以外でも紛争の最終的な決着がつけられる次の手続を採ったときは、本案の訴えの提起があったものとみなされる(民保法37条5項)。

(イ)本案が家事事件手続法257条1項に規定する事件(調停前置主義の適用を受ける事件)であるときは家庭裁判所に対する調停(家事調停)の申立て

なお、民事調停の申立てはこれらに当たらないため、民事調停の申立てによっては、本案の訴えの提起とはみなされない。

(ロ)本案が労働審判法1条に規定する事件であるときは地方裁判所に対する労働審判手続の申立て

(ハ)本案に関して仲裁合意があるときは仲裁手続の開始の手続

(ニ)本案が公害紛争処理法2条に規定する公害にかかる被害についての損害賠償の請求に関する事件であるときは損害賠償の責任に関する裁定(責任裁定)の申請

b) 上記の調停の事件、労働審判手続、仲裁手続又は責任裁定の手続が、調停の成立、労働審判(労働審判法の規定による労働審判事件の終了を含む)、仲裁判断又は責任裁定(公害紛争処理法の当事者間の合意の成立を含む)によらないで終了したときは、債権者は、その終了の日から民保法37条1項の規定により定められた期間(起訴命令で定められた期間)と同一の期間内に本案の訴えを提起しなければならない(民保法37条6項)。

債権者が期間内に本案の訴えを提起しなかった場合には、裁判所は、債務者の申立てにより、保全命令を取り消さなければならない(同条7項3項)。当該決定には、理由を付さなければならず、また、当事者に送達しなければならない(同条8項)。

本案の訴えが提起された後、その訴えが取り下げられ、又は却下された場合には、その書面の提出がなかったものとみなされる(同条7項9項)。

 

(4) 事情の変更による保全取消し

意義

 保全すべき権利もしくは権利関係又は保全の必要性の消滅その他の事情の変更があるときは、保全命令を発した裁判所又は本案の裁判所は、債務者の申立てにより保全命令を取り消すことができる(民保法38条1項)。

事情の変更

 事情の変更は、保全命令発令後の債務者の弁済、本案訴訟における債権者の敗訴判決の確定など、保全命令後に生じた事情が原則である。その他将来強制執行することがなくなる事情の発生や債務者の経済状態の好転なども挙げられる。

管轄

 事情変更による保全取消しの申立ての管轄裁判所は、以下のいずれかである。

a) 保全命令を発した裁判所

b) 本案の係属している裁判所

cf 本案の訴えの不提起等による保全取消しの申立ては保全命令を発した裁判所のみが管轄裁判所となり、本案の係属している裁判所が管轄裁判所となることはない。未だ訴えが提起されていないことが前提であるためである。

事情の変更の疎明

 事情の変更は、疎明しなければならない(民保法38条2項)。

保全命令の規定の準用

 事情変更による保全取消しの申立てについての決定には、理由を付さなければならない(民保法38条3項、16条)。この決定は、当事者に送達しなければならない(民保法38条3項、17条)。

 保全取消しの申立てに対する決定において、裁判所は相当と認める一定の期間内に債権者が担保を立てること、又は担保の額を増加した上、相当と認める一定の期間内に債権者がその増加額につき担保を立てることを保全執行の続行の条件とする旨定めることができる(民保法38条3項、32条2項)。また、裁判所は、保全命令を取り消す決定について、依務者が担保を立てることを条件とすることができる(民保法38条3項、32条3項)。

 

(5) 特別の事情による仮処分命令の取消し

意義

 仮処分命令に限り(仮差押命令は含まない)、仮処分命令により行うことができない損害を生ずるおそれがあるときその他の特別の事情があるときは、仮処分命令を発した裁判所又は本案の裁判所は、債務者の申立てにより担保を立てることを条件として仮処分命令を取り消すことができる(民保法39条1項)。

特別の事情

 仮処分命令については、金銭賠償で償える仮差押えの場合とは異なり、債務者に償うことができない損害を与えるおそれがある(ex 建築禁止の仮処分、相場が著しく変動する物に対する処分禁止の仮処分)。したがって、債務者の申立てにより、担保を立てることを条件として、仮処分命令を取り消すことを認めたものである。

特別の事情の疎明

 特別の事情は、疎明しなければならない(民保法39条2項)。

保全命令の規定の準用

 特別の事情による保全取消しの申立てについての決定には、理由を付さなければならない(民保法39条3項、16条)。この決定は、当事者に送達しなければならない(民保法39条3項、17条)。