- 民法債権ー2.債権各論
- 11.不当利得
- 不当利得
- Sec.1
1不当利得
■不当利得
(1) 不当利得とは
法律上の原因なく他人の財産または労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした場合におけるその利益のことを不当利得という(703条)。そして、この不当利得を得た者のことを、受益者という。
事例 Aは銀行に1,000万円を預けていたが、Aの預金通帳と印鑑を盗んだBが銀行に払戻しの請求をし、銀行はBをAだと思って(そう思ったことに過失もない)1,000万円を支払ってしまった。
この場合、銀行によるBへの支払いは、「受領権者としての外観を有する者に対してした弁済」として有効となり、Aは銀行から払戻しを受ける権利を失ってしまう(損失が発生)。それに対して、本来払戻しを受ける権利がないにもかかわらず(法律上の原因がない)Aから盗んだ預金通帳と印鑑で銀行から払戻しを受けたBは、不当に利益を得たことになる。このBを受益者という。
(2) 不当利得の成立要件
不当利得が成立するには、法律上の原因なく他人の財産または労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼしたことが必要になる。つまり、次のイ)~ニ)の要件を満たす必要がある。
イ)他人の財産または労務により利益を受けたこと
ロ)そのために他人に損失を及ぼしたこと ハ)受益と損失との間に因果関係があること ニ)法律上の原因がないこと |
Point 甲が乙からだまし取った(または横領した)金銭で自己の債権者丙に対して債務を弁済した場合において、その金銭の受領について丙に悪意または重大な過失があるときは、丙のその金銭の取得は、乙に対する関係においては法律上の原因を欠き、不当利得となる(最判昭49.9.26)。
■不当利得の返還義務等
不当利得の返還義務等の範囲は、受益者が法律上の原因がないことを知らなかった(善意)のか知っていた(悪意)のかによって異なる。
(1) 受益者が善意の場合
善意の受益者は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う(703条)。
法律上の原因がないことを知らずに利益を受けていた受益者に不当利得の全額の返還を要求するのはかわいそうなので、いわゆる「現存利益」のみを返還すればよいということである。受け取った利益が形を変えて現存している場合も返還しなければならないが、これを浪費してしまった場合は返還しなくてもよい。
Point1 善意の受益者であっても、法律上の原因なく利得した金銭を利用することで得た運用利益については、社会観念上受益者の行為の介入がなくても損失者が不当利得された金銭から当然に取得したであろうと考えられる範囲の収益が現存する限り、不当利得として返還する義務を負う(最判昭38.12.24)。
Point2 法律上の原因なく代替性のある物を利得した受益者は、利得した物を第三者に売却処分した場合には、損失者に対し、原則として、売却代金相当額を不当利得として返還する義務を負う(最判平19.3.8)。
なぜなら、その返還すべき利益を事実審の口頭弁論終結時における同種・同等・同量の物の価格相当額であると解すると、その物の価格が売却後に下落したり、無価値になったときには、受益者は取得した売却代金の全部または一部の返還を免れることになり、また、逆にその物の価格が売却後に高騰したときには、受益者は現に保持する利益を超える返還義務を負担することになるが、これらは公平の見地に照らして相当ではないからである。
(2) 受益者が悪意の場合
悪意の受益者は、その受けた利益に利息を付して返還しなければならない(704条前段)。
受益者が法律上の原因がないことを知りながら利益を受けていた場合は、その利益が現に存するかどうかにかかわらず、不当利得の全額を返還しなければならず、かつ、それに利息もつけなければならない。
そして、悪意の受益者は、その受けた利益に利息を付して返還しても、なお損害があるときは、その賠償の責任を負う(704条後段)。
Point1 利得に法律上の原因がないことを善意の受益者が認識した後の利益の消滅は、返還義務の範囲を減少させない(最判平3.11.19)。
なぜなら、善意で不当利得をした者の返還義務の範囲が利益の存する限度に減縮されるのは、利得に法律上の原因があると信じて利益を失った者に不当利得がなかった場合以上の不利益を与えるべきでないとする趣旨なので、善意の受益者であっても、利得に法律上の原因がないことを認識した後については、返還義務の範囲を減少させる理由がないからである。
Point2 民法704条後段の規定は、悪意の受益者が不法行為の要件を充足する限りにおいて不法行為責任を負うことを注意的に規定したものにすぎず、悪意の受益者に対して不法行為責任とは異なる特別の責任を負わせたものではない(最判平21.11.9)。したがって、悪意の受益者が、その受けた利益に利息を付して返還しても損失者になお損失がある場合であっても、不法行為の要件を充足していないときは、損害賠償責任を負わない。
■不当利得の特則
不当利得の特殊な場合については、一般の不当利得と異なる取り扱いがされる。
(1) 債務の不存在を知ってした弁済(非債弁済)
債務の弁済として給付をした者は、その時において債務の存在しないことを知っていたときは、その給付したものの返還を請求することができない(705条)。これは、債務がないことを知りながら弁済した者は、自ら不合理な行為をして損失を招いたのであるから、保護してあげる必要がないということである。
(2) 期限前の弁済
債務者は、弁済期にない債務の弁済として給付をしたときは、その給付したものの返還を請求することができない(706条本文)。これは、期限がまだ到来していないことを知りながらあえて弁済した者は、期限の利益を放棄したのであるから、保護してあげる必要がないということである。
しかし、期限がまだ到来していないことを知らずに弁済してしまった者もありうる。そこで、債務者が錯誤によって(期限が到来したと誤信して)その給付をしたときは、債権者は、これによって得た利益を返還しなければならない(706条ただし書)。この利益には、中間利息(弁済として給付した金銭を債務者が弁済期まで銀行に預金していれば得られたはずの利子)などがある。
(3) 他人の債務の弁済
債務者でない者が他人の債務であることを知りながら弁済するのは、「第三者の弁済」として有効であり、債権者と弁済者の間で不当利得の問題は生じない。しかし、債務者でない者が他人の債務であることを知らずに、自己の債務であると誤認して弁済したような場合は、債務者のために弁済したわけではないので「第三者の弁済」としての効力は生じず、債権者は不当に利益を得たことになり、弁済者はその返還の請求をすることができる。
しかし、このように、債務者でない者が錯誤によって(自分が債務者だと誤信して)債務の弁済をした場合に、債権者が善意で証書を滅失させもしくは損傷し、担保を放棄し、または時効によってその債権を失ったときは、その弁済をした者は、返還の請求をすることができない(707条1項)。債権者が弁済をした者の錯誤を知らず、その弁済を有効なものと信じていたような場合は、このような債権者を保護する必要があるからである。
その代わりに、弁済をした者から債務者に対して求償権を行使することができる(707条2項)。
事例 Aは、CのBに対する1,000万円の債務を自己の債務であると誤信してBに弁済してしまった。このAの弁済は無効であり、本来であればAは受益者Bに対して1,000万円の返還を請求することができる。ところが、BはAの誤信を知らず弁済が有効であるものと信じていたため、本来の債務者であるCに履行を請求しなかったため、BのCに対する債権が時効で消滅してしまった。
この場合、AはBに対して1,000万円の返還を請求することができない。その代わりに、Cに対して1,000万円を求償することができる。
(4) 不法原因給付
不法な原因のために給付をすることを、不法原因給付という。この場合の「不法」とは、公序良俗に反することである(最判昭27.3.18)。公序良俗に反する法律行為は無効であるので、無効な法律行為によって給付をした者がいれば、本来であれば、その給付をしたものの返還を請求することができるはずである。
しかし、不法な原因のために給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができない(708条本文)。これは、反社会的な行為をした者を法律によって救済してやる必要はなく、また、これにより反社会的な行為を抑止できるからである。
ただし、不法な原因が受益者についてのみ存したときは、その給付したものの返還を請求することができる(708条ただし書)。不法な原因が給付者にないのであれば、給付者は反社会的な行為に関与したとはいえ、責任を問われる理由はないからである。
事例1 負けた者が勝った者に対して100万円を払うという賭博契約に基づいてAはBに対して100万円を支払った。しかし、賭博契約は公序良俗に反する契約であるため無効である。
この場合、本来であればAはBに対して100万円の返還を請求することができるはずであるが、この100万円の支払いは不法原因給付にあたるので、AはBに対して100万円の返還を請求することができない。
Point1 不法原因給付であって、その返還を請求することができない場合であっても、不法原因契約を合意の上で解除して、その給付を返還する特約をすることは、公序良俗違反とはならない(最判昭28.1.22)。したがって、上記の事例でも、このような特約がある場合は、この特約に基づいて、100万円の返還を請求することができる。
Point2 愛人関係を維持する目的での不動産の贈与契約は、公序良俗に反する契約であるため、書面による贈与か否かにかかわらず、無効である。このような目的での贈与契約による給付は不法原因給付となるが、何をもって「給付」があったといえるかが、「未登記」の不動産と「既登記」の不動産とで異なる。
Point3 愛人関係を維持する目的で「未登記」の不動産を愛人に贈与した場合は、不動産の引渡しが「給付」となる(最大判昭41.10.21)。この場合、不動産の引渡しが不法原因給付になるので、贈与者は、その後に自己名義で所有権保存登記をしたとしても、引き渡してしまった不動産の返還を求めることはできない。それに対して、引渡しがまだであれば、「給付」があったとはいえないので、贈与者は愛人からの引渡請求を拒むことができる。
Point4 愛人関係を維持する目的で「既登記」の不動産を愛人に贈与した場合は、不動産の引渡しだけでは「給付」があったことにはならず、所有権移転登記もされていることが必要となる(最判昭46.10.28)。したがって、不動産を引き渡しただけで登記を移転していないうちは、贈与者は不動産の返還を請求することができる。
事例2 BはAの無思慮・窮迫に乗じて、A所有の甲土地を著しく安い代金で購入し、Aからその引渡しを受けた。しかし、このような売買契約は暴利行為として公序良俗に反する契約であるため無効である。
Aが行ったBへの甲土地の引渡しは不法原因給付にあたるが、不法な原因はBのみにあるので、AはBに甲土地の返還を請求することができる。
Point 民法では、不法の原因が「受益者についてのみ」ある場合としているが、判例では、給付者・受益者の双方に不法の原因がある場合であっても、給付者の不法性が受益者の不法性に比べて極めて微弱なものにすぎない場合は、給付者に給付をした物の返還請求を認めている(最判昭29.8.31)