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1債権の消滅

堀川 寿和2021/12/27 16:40

債権の消滅原因

 債権は、以下の原因で消滅する。なお、債権が消滅するということは、債務も消滅する。

 債権の消滅原因のうち、弁済と相殺については、このあと詳しく説明する。


(1) 弁済

 弁済とは、債務者が債務の本旨(本来の目的)に従って債務の目的を実現させること、つまり債務を履行することである。

債務者が債権者に対して債務の弁済をしたときは、その債権は、消滅する(473条)。


事例 AとBは、A所有の甲土地について代金1億円で売買契約を締結した。このとき、Aには、Bに対して代金1億円の支払いを請求する債権が発生し、BにはAに対して甲土地の引渡しを請求する債権が発生する。その後、BがAに対して代金1億円を支払うと、Aの債権は目的を達して消滅し、AがBに対して甲土地を引渡すと、Bの債権は目的を達して消滅する。



(2) 相殺

 相殺とは、債務者が債権者に対して自らも同種の目的を有する債権を有している場合に、その債権と債務とを対当額で消滅させる旨の意思表示をいう。

2人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる(505条1項)。


事例 AはBに対して5,000万円を貸し付けており、Aには、Bに対して貸金5,000万円の返済を請求する債権が発生していた。このような状況で、BはAに対してB所有の甲土地を5,000万円で売却し、Bに、Aに対して代金5,000万円の支払いを請求する債権が発生した。Bが返済日を過ぎても5,000万円の返済をしていなかった場合は、Bから代金5,000万円の支払いを求められたAは、相殺を主張して5,000万円の代金支払債務を免れることができ、このとき同時にBも5,000万円の返済債務を免れる。つまり、実際にはお金を動かすことなく、Aは、Bから返済してもらった5,000万円で、代金5,000万円を支払ったことにすることができるということである。



(3) 更改

 更改とは、従前の債務を消滅させて、新たな債務を発生させる契約である。

当事者が従前の債務に代えて、新たな債務であって次の①~③に該当するものを発生させる契約をしたときは、従前の債務は、更改によって消滅する(513条)。

①従前の給付の内容について重要な変更をするもの
②従前の債務者が第三者と交替するもの
③従前の債権者が第三者と交替するもの


事例 BはAから3,000万円借りており、Bには、Aに対して3,000万円を返済しなければならない債務が発生していた。その後、AとBとの間で、3,000万円を金銭で返済するかわりに、B所有の甲土地をAに引き渡す旨の契約(更改)をした場合、Bには新たに、Aに対して甲土地を引渡さなければならない債務が発生するのに対して、3,000万円を返済しなければならない債務は消滅する。



(4) 免除

 免除とは、債権者が債権を放棄して債務者の債務を消滅させることである。

債権者が債務者に対して債務を免除する意思を表示したときは、その債権は、消滅する(519条)。


事例 AはBに1万円貸し付けており、Aには、Bに対して貸金1万円の返済を請求する債権が発生していた。このような状況で、AがBに対して、1万円を返済しなくてもよいという意思表示をしたときは、Aの債権は消滅する。




(5) 混同

 混同とは、債権および債務が同一人に帰属することである。

債権および債務が同一人に帰属したときは、その債権は、消滅する(520条)。


事例 Aは、その子Bに1,000万円を貸し付けており、Aには、Bに対して貸金1,000万円の返済を請求する債権が発生していた。このような状況で、Aが死亡し、その子BがAの債権を相続した。このような場合、Bが自分に対して債権をもっていても意味がないので、Bが相続した債権は消滅する。




弁済

 弁済とは、債務者が債務の本旨(本来の目的)に従って債務の目的を実現させること、つまり債務を履行することである。例えば、1,000万円の金銭債務であれば、1,000万円支払うことである。

 債務者が債権者に対して債務の弁済をしたときは、その債権は、消滅する(473条)。債務が履行されれば、債権はその目的を達するからである。


(1) 弁済者

 誰が弁済をすることができるのかという問題である。


① 債務者の弁済

 債務者による弁済は、当然に、有効である。


② 第三者の弁済

 債務の弁済は、第三者もすることができる(474条1項)。したがって、第三者による弁済も、原則として有効である。



 しかし、例外的に第三者による弁済ができない場合が4つある。


イ)第三者の弁済が債務者の意思に反する場合

弁済をするについて正当な利益を有する者でない第三者は、債務者の意思に反して弁済をすることができない(474条2項本文)。

 しかし、債権者が、債務者の意思に反することを知らずに、このような第三者から弁済を受ける場合もありうる。そこで、債権者を保護するために、債務者の意思に反することを債権者が知らなかったときは、債務者の意思に反する弁済も有効となる(474条2項ただし書)。




Point 弁済について正当な利益を有する第三者は、債務者の意思に反しても、弁済をすることができる。弁済について正当な利益を有する第三者とは、債務者の代わりに弁済をしないと、法律上の不利益を受けるおそれのある者であり、例えば次のような者である。

1.物上保証人(他人の債務について自分の財産を担保として提供している人)

(最判昭39.4.21)

2.担保不動産の第三取得者(担保権のついた不動産を売買などで取得した人)

(最判昭39.4.21)

3.借地上の建物の賃借人(最判昭63.7.1)


ロ)第三者の弁済が債権者の意思に反する場合

 弁済をするについて正当な利益を有する者でない第三者は、債権者の意思に反して弁済をすることができない(474条3項本文)。これは、このような第三者による弁済が債務者の意思に反するかどうかわからない場合に、実際には債務者の意思に反しない場合であっても、債権者は弁済の受領を拒絶できる(弁済の受領を拒絶する機会がなかった場合も弁済は無効)ということである。

 ただし、その第三者が債務者の委託を受けて弁済をする場合において、そのことを債権者が知っていたときは、債権者は弁済の受領を拒絶することはできない(474条3項ただし書)。



ハ)当事者による第三者の弁済を禁止・制限する旨の意思表示がある場合

 当事者が第三者の弁済を禁止し、または制限する旨の意思表示をしたときは、第三者が債務を弁済することができない(474条4項)。




ニ)債務の性質が第三者の弁済を許さない場合

 その債務の性質が第三者の弁済を許さないときは、第三者が債務を弁済することができない(474条4項)。例えば、有名な歌手の「歌を歌う」という債務は、他人が代わってすることができない。


(2) 弁済受領者

 誰に対して弁済することができるかという問題である。


① 受領権者に対する弁済

 債権者に対する弁済は、当然に、有効である。また、法令の規定または当事者の意思表示によって弁済を受領する権限を付与された第三者に対する弁済も有効である。これらの者は、弁済受領権限を有するので、受領権者という。


② 受領権者以外の者に対する弁済

イ) 原則

 受領権者以外の者に対してした弁済は、原則として、無効である。ただし、その弁済によって、債権者が利益を受けた場合は、その限度において弁済は有効となる(479条)。


ロ) 受領権者としての外観を有する者に対する弁済

 受領権者以外の者であって取引上の社会通念に照らして受領権者としての外観を有するものに対してした弁済は、その弁済をした者が善意であり、かつ、過失がなかったときに限り、有効となる(478条)。このような者として、例えば、債権者の代理人と偽った者、受取証書の持参人、預金通帳と印鑑の所持人などがある。


事例 AがBに対して貸金債権を有している場合において、債務者Bが弁済した。



(3) 弁済の内容

① 特定物の現状による引渡し

 債権の目的が特定物の引渡しである場合において、契約その他の債権の発生原因および取引上の社会通念に照らしてその引渡しをすべき時の品質を定めることができないときは、弁済をする者は、その引渡しをすべき時(履行期)の現状でその物を引き渡さなければならない(483条)。


Point その引渡しをすべき時(履行期)の現状でその物を引き渡さなければならないのであり、債権発生時の現状ではない


② 預貯金口座に対する払込みによる弁済

 債権者の預貯金口座に対する払込みによってする弁済は、債権者がその預貯金に係る債権の債務者に対してその払込みに係る金額の払戻しを請求する権利を取得した時に、その効力を生ずる(477条)。


(4) 弁済の方法

① 弁済の場所

 弁済をすべき場所について別段の意思表示がないときは、特定物の引渡しは債権発生の時にその物が存在した場所においてしなければならず(取立債務)、その他の弁済(金銭の支払いなど)は債権者の現在の住所においてしなければならない(持参債務)(484条1項)。


Point 特定物とは、具体的な取引にあたって、「この馬」のように、目的物の個性に着目して指定された物をいう。単に「馬10頭」として取引された場合は不特定物となる。

したがって、牧場主が馬の売買契約をした場合に、馬の引渡し場所について取決めがなければ、「この馬」であれば、買主が牧場に馬をとりにくるまで待って引き渡せばよいが、「馬10頭」であれば、買主の現在の住所に馬を持参して引渡さなければならない。


② 弁済の時間

 法令または慣習により取引時間の定めがあるときは、その取引時間内に限り、弁済をし、または弁済の請求をすることができる(484条2項)。


③ 弁済の費用

 弁済の費用について別段の意思表示がないときは、その費用は、債務者の負担とする(485条本文)。ただし、債権者が住所の移転その他の行為によって弁済の費用を増加させたときは、その増加額は、債権者の負担とする(485条ただし書)。

(5) 弁済の充当

 債務者が同一の債権者に対して同種の給付を目的とする数個の債務を負担する場合(488条)、または1個の債務の弁済として数個の給付をすべき場合(492条)において、弁済として提供した給付が全ての債務を消滅させるのに足りないとき、その給付をどの債務をどの弁済の弁済に充当したらよいのかが問題になる。


事例1 AはBから3年前に5万円、2年前10万円、1年前に15万円を借りて、いずれの債務も弁済期が到来している。AがBに借金の返済として15万円を支払った場合に、この15万円をどの借金の弁済に充当すればよいのかが問題となる。


事例2 AはBからB所有の家屋を賃料月額10万円で賃借しているが、1月~3月分の家賃(合計30万円)を滞納している。AがBに家賃として20万円を支払った場合に、この20万円をどの月の家賃の弁済に充当すればよいのかが問題となる。


 弁済をする者と弁済を受領する者との間に弁済の充当の順序に関する合意があるときは、その順序に従い、その弁済を充当する(490条)。しかし、合意がない場合は、原則として当事者の指定により充当が行われ、指定による充当がされないときは法律の定める順に従って充当(法定充当)が行われる。


① 指定による充当

 弁済をする者は、給付の時に、その弁済を充当すべき債務を指定することができる(488条1項)。指定は自由にできるが、元本、利息および費用を支払うべき場合については、制限がある(後述)。

 弁済をする者が弁済の充当の指定をしないときは、弁済を受領する者は、その受領の時に、その弁済を充当すべき債務を指定することができる(488条2項本文)。ただし、弁済をする者がその充当に対して直ちに異議を述べたときは、その効力は生じない(488条2項ただし書)。

  つまり、充当権者は原則として弁済をする者であり、弁済をする者が弁済の充当の指定をしないときに、例外的に弁済を受領する者が充当権者となる。なお、弁済の充当の指定は、相手方に対する一方的意思表示によって行う(488条3項)。

② 法定充当

 弁済をする者および弁済を受領する者がいずれも弁済の充当の指定をしないときは、次の順序従い、その弁済を充当する(488条4項)。

イ)債務の中に弁済期にあるものと弁済期にないものとがあるときは、弁済期にあるものに先に充当する
ロ)全ての債務が弁済期にあるとき、または弁済期にないときは、債務者のために弁済の利益が多いものに先に充当する
(たとえば、無利息債務よりも利息付債務のほうが、低利の債務よりも高利の債務のほうが、債務者のために弁済の利益が多い)
ハ)債務者のために弁済の利益が相等しいときは、弁済期が先に到来したものまたは先に到来すべきものに先に充当する
ニ)上記ロ)とハ)に掲げる事項が相等しい債務の弁済は、各債務の額に応じて充当する。


③ 元本、利息および費用を支払うべき場合の充当

 債務者が1個または数個の債務について元本のほか利息および費用を支払うべき場合(債務者が数個の債務を負担する場合にあっては、同一の債権者に対して同種の給付を目的とする数個の債務を負担するときに限る。)において、弁済をする者がその債務の全部を消滅させるのに足りない給付をしたときは、これを費用、利息および元本の順に充当しなければならない。

 また、この場合に、費用の全て、利息の全てまたは元本の全てを消滅させるのに足りない給付をしたときは、原則として当事者の指定により充当が行われ、指定による充当がされないときは法律の定める順に従って充当(法定充当)が行われる。


(6) 弁済者の権利

① 弁済の証明

イ)受取証書の交付請求権

 弁済をする者は、弁済と引換えに、弁済を受領する者に対して受取証書の交付を請求することができる(486条)。つまり、弁済と受取証書の交付は同時履行の関係に立つ。


ロ)債権証書の返還請求権

 債権に関する証書がある場合において、弁済をした者が全部の弁済をしたときは、その証書の返還を請求することができる(487条)。全部の弁済が先履行であり、弁済と債権証書の返還は同時履行の関係に立たない。


② 弁済による代位

 債務者以外の者が債務を弁済した場合、弁済者は債務者に対して求償権を取得することになる。この求償権を確保するために弁済者に認められるのが、弁済による代位である。


イ)弁済による代位

 債務者のために弁済をした者は、債権者に代位する(499条)。債権者に代位した者は、債権の効力および担保としてその債権者が有していた一切の権利を行使することができる(501条1項)。これは、債務者のために弁済をした者(弁済者)が債務者に対して取得する求償権を確保するために、法の規定により弁済によって消滅すべきはずの債権者の債務者に対する債権(原債権)およびその担保権を弁済者に移転させ、弁済者がその求償権の範囲内で原債権およびその担保権を行使することを認める制度である(最判昭59.5.29)。つまり、原債権に存在した抵当権や保証などが、原債権とともに債権者から弁済者に移転するということである。


ロ)弁済による代位の要件

 弁済をするについて正当な利益を有する者が債権者に代位する場合を除いて、債権譲渡の対抗要件を備えないと、債務者や債務者以外の第三者に対して、債権者に代位したことを対抗することができない(500条)。つまり、弁済者から弁済があったことを債権者が債務者に通知し、または弁済者による弁済を債務者が承諾することにより、弁済による代位を債務者に対抗できるようになる。これは、弁済による代位の効果が債権譲渡に似ているからである。なお、債務者以外に第三者に対して対抗するためには、通知または承諾が確定日付のある証書によってされる必要がある。


Point 「弁済をするについて正当な利益を有する者」とは、自らは債務を負わないが弁済をするについて正当な利益を有する第三者(物上保証人、抵当不動産の第三取得者など)および債権者との関係で自ら債務を負うが、債務者との関係では実質上他人の債務の弁済となる者(保証人、連帯債務者など)である。「弁済をするについて正当な利益を有する者」は、上記の一定の者に限られるので、債権譲渡の対抗要件を備えていなくても債務者や債務者以外の第三者に対して、債権者に代位したことを対抗することができる。 


ハ)一部弁済による代位

 債権の一部について代位弁済があったときは、代位者は、債権者の同意を得て、その弁済をした価額に応じて、債権者とともにその権利を行使することができる(502条1項)。これは、代位者は、単独でその権利を行使することはできないということである。それに対して、一部弁済が認められる場合であっても、債権者は、単独でその権利を行使することができる(502条2項)。

 債権者が権利を行使する場合に、債権者が行使する権利は、その債権の担保の目的となっている財産の売却代金その他の当該権利の行使によって得られる金銭について、代位者が行使する権利に優先する(502条3項)。

 債権の一部について代位弁済があった場合に、残りの債務に債務不履行があっても、債務の不履行による契約の解除は、債権者のみがすることができる(502条4項前段)。なお、債権者が契約を解除した場合は、代位者に対し、その弁済をした価額およびその利息を償還しなければならない(502条4項後段)。


(7) 弁済として引き渡した物の取戻し

 弁済をした者が弁済として他人の物を引き渡したときは、有効な弁済とはならないが、その弁済をした者は、更に有効な弁済をしなければ、その物を取り戻すことができない(475条)。

 この場合に、債権者が弁済として受領した物を善意で消費し、または譲り渡したときは、その弁済は、有効となる(476条前段)。また、この場合に、債権者が第三者から賠償の請求を受けたときは、弁済をした者に対して求償をすることができる(476条後段)。


(8) 「弁済の提供」とその方法

 民法は、弁済とは別に、「弁済の提供」という制度を置いている。これは弁済が完了していない場合であっても、債務者を債務不履行の責任から免れさせるための制度である。


① 弁済の提供

 弁済には、ほとんどの場合に、債権者による受領が必要になる。例えば、1,000万円の金銭債務であれば、債務者が1,000万円を支払おうとしても、債権者が1,000万円を受け取ってくれなければ、弁済したことにはならない。しかし、このような場合にまで債務者が債務不履行の責任を負うことになっては困る。そこで、弁済の前段階である「弁済の提供」をしていれば、債務者は、弁済の提供の時から、債務を履行しないことによって生ずべき責任(債務不履行の責任)を免れることにした(492条)。つまり、損害賠償請求(415条)を受けることがなくなり、契約を解除(541条)されることもなくなる。


② 弁済の提供の方法

イ)現実の提供

 弁済の提供の方法は、原則として、現実の提供である(493条本文)。1,000万円の金銭債務であれば、1,000万円を債権者のところに持参する必要がある。


ロ)口頭の提供

 債権者があらかじめその受領を拒んでいるような場合や、債務の履行について債権者の行為を要するような場合は、弁済の準備をしたことを通知してその受領の催告をすること(口頭の提供)で足りる(493条ただし書)。したがって、債権者があらかじめ1,000万円の受領を拒んでいるような場合は、1,000万円を債権者のところに持参する必要はなく、1,000万円が準備できたことを通知して、受領を求めるだけでよい。


Point 債権者が契約の存在を否定する等、弁済を受領しない意思が明確と認められるときは、債務者は口頭の提供をしなくても債務不履行の責任を免れる(最大判昭32.6.5)。

(9) 特殊な弁済方法

① 代物弁済

 弁済をすることができる者(以下「弁済者」という)が、債権者との間で、債務者の負担した給付に代えて他の給付をすることにより債務を消滅させる旨の契約(代物弁済契約)をした場合において、その弁済者が当該他の給付をしたときは、その給付は、弁済と同一の効力を有する(482条)。

 例えば、1,000万円の金銭債務を負う者が、債権者と合意をして、1,000万円を支払う代わりに、不動産を引き渡すことで、金銭債務を消滅させるような場合である。


Point1 債権者との間で代物弁済契約を締結することができるのは、弁済をすることができる者(弁済者)であり、債務者に限られない。代物弁済契約は諾成契約であり、合意により弁済者が他の給付をする義務を負い、その義務を履行することにより債務者の当初の債務は消滅する。


Point2 債務者がその負担した給付に代えて不動産所有権の譲渡をもって代物弁済する場合の債務消滅の効力は、原則として単に所有権移転の意思表示をなすのみでは足らず、所有権移転登記手続の完了によって生ずる(最判昭40.4.30)。

P

oint3 代物弁済契約も「取引」行為に該当するので、代物弁済の目的物が動産である場合は、即時取得が成立する(大判昭5.5.10)。


【発展・判例】代物弁済における目的物の所有権移転の時期(最判昭57.6.4)

代物弁済による所有権移転の効果は、原則として当事者間の代物弁済契約の意思表示によって生ずる。


② 弁済供託

イ)供託

 弁済者は、一定の原因が存在する場合に、債権者のために弁済の目的物を供託することができ、弁済者が供託をした時に、その債権は、消滅する(494条1項)。

 弁済供託の要件(供託原因)は、次の3つである。

1.弁済の提供をした場合において、債権者がその受領を拒んだとき(494条1項1号)
2.債権者が弁済を受領することができないとき(494条1項2号)
3.弁済者が債権者を確知することができないとき(494条2項本文)


Point1 債権者があらかじめ受領を拒んでも、原則として債務者は口頭の提供をしてからでないと供託できない(大判大10.4.30)。


Point2 口頭の提供をしても債権者が受領を拒むであろうことが明確な場合には、債務者は直ちに供託できる(大判大11.10.25)。


Point3 供託原因の3.については、債権者を確知することができないことにつき弁済者に過失があるときは、供託の効力は生じない(494条2項ただし書)。


ロ)債権者の供託物還付請求権

 弁済の目的物が供託された場合には、債権者は、供託物の還付を請求することができる(498条1項)。

 ただし、債務者が債権者の給付に対して弁済をすべき場合(たとえば同時履行の抗弁権がある場合など)には、債権者は、その給付をしなければ、供託物を受け取ることができない(498条2項)。


相殺

 相殺とは、債務者が債権者に対して自らも同種の目的を有する債権を有している場合に、その債権と債務とを対当額で消滅させる旨の意思表示をいう。

 2人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる(505条1項本文)。

ただし、債務の性質がこれを許さないときは、相殺をすることができない(505条1項ただし書)。


事例 AはBに100万円の貸金債権を有しており、BはAに80万円の代金債権を有している。また、双方の債権の弁済期は到来している。この場合に、Aが相殺の意思表示をすると、Bの代金債権は全額消滅し、Aの金銭債権は同額(100万円のうち80万円分のみ)が消滅し、20万円になる。

(この場合に、Bのほうから相殺の意思表示をすることもできる。)




Point1 相殺は、当事者の一方から相手方に対する意思表示によってする(506条1項前段)。したがって、相殺には相手方の承諾を要しない


Point2 相殺の意思表示には、条件または期限を付することができない(506条1項後段)。


Point3 相殺を主張する場合において、相殺しようとする側の債権を「自働債権」、相殺される側の債権を「受働債権」という。


Point4 「債務の性質が相殺を許さないとき」とは、たとえば、自動債権に対して相手方が同時履行の抗弁権を有しているときである(大判昭13.3.1)。上の事例ではBのほうからも相殺の意思表示をすることができるが、たとえばBの債権にAが同時履行の抗弁権を有している場合で考えると、AはBから購入した商品の引渡しを受けるまでは代金を支払うことを拒否できるが、Bが商品の引渡しをすることなく相殺をすると、Aが同時履行の抗弁権を行使する機会を失ってしまうからである。

(1) 相殺の要件(相殺適状)

 相殺をするためには、以下のすべての要件を満たしている必要がある。相殺の要件をそなえている状態を相殺適状という。

① 当事者双方が互いに債権を有していること
② 双方の債権が同種の目的を持つ債権であること
③ 双方の債権の弁済期が到来していること
④ 双方の債権が有効に存在していること


① 当事者双方が互いに債権を有していること

  2人の間で互いに債権が対立していることが必要である。

 前の事例のように、AのBに対する100万円の貸金債権とBのAに対する80万円の代金債権とが対立している必要がある。


② 双方の債権が同種の目的を持つ債権であること

 金銭債権は同種の目的を有するので、相殺は金銭債権について行われることが多い。

同種の目的を有する債権であればよいので、債権の発生原因や債権額は同じでなくてもよい。


Point 相殺は、双方の債務の履行地が異なるときであっても、することができる(507条前段)。たとえば、前の事例でAの債権の履行地が大阪、Bの債権の履行地が東京であっても、相殺することができる。

③ 双方の債権の弁済期が到来していること

イ)双方の債権の弁済期の到来

 双方の弁済期が到来していれば、いずれの方からでも相殺ができる。前の事例では、AもBも相殺することができる。


ロ)自働債権の弁済期が到来している場合

 債務者は、弁済期が到来していなくても、期限の利益を放棄することによって弁済期を早めることができるため、自動債権(相殺される側の債務)の弁済期が到来していれば、受動債権(相殺する側の債務)の弁済期が到来していなくても、期限の利益を放棄することにより相殺することができる(大判昭8.5.30)。

 それに対して、受働債権(相殺しようとする側の債務)の弁済期が到来していても、自働債権(相殺される側の債務)の弁済期が到来していなければ、相殺を主張することはできない。理由もなく、相手方の期限の利益を奪うことはできないからである。


Point 期限の利益とは、期限が到来するまでは債務を履行しなくてもよいという利益である。債務者はこの期限の利益を放棄して、期限が到来するまでに債務を履行することができる。それに対して、理由もないのに、他人の期限の利益を奪うことはできない。


事例 AはBに100万円の貸金債権を有しており、BはAに100万円の代金債権を有している。Aの債務の弁済期は7月1日であり、Bの債務の弁済期が4月1である場合、4月1日以降であれば、7月1日が到来していなくても、Aは期限の利益を放棄して相殺を主張することができる。

 この場合に、Bのほうからは、7月1日が到来しないと、相殺を主張することはできない。




④ 双方の債権が有効に存在していること

イ)有効な債権の存在(原則)

 いずれかの債権が成立していなかったり、無効であったり、消滅したりしている場合は、相殺することができない。

 ただし、債権が消滅している場合であっても、例外的に、自動債権が時効によって消滅しているときには相殺が許される。


ロ)時効により消滅した債権を自働債権とする相殺

 時効によって消滅した債権がその消滅以前に相殺適状になっていた場合には、その債権者は、相殺をすることができる(508条)。


事例 AはBに100万円の貸金債権を有しており、BはAに100万円の代金債権を有している。Aの債務の弁済期が5月1日に到来し、この時相殺適状になったのだが、Aが相殺しないでいたところ、6月1日にAの債権が時効で消滅してしまった。この場合に、Aは時効により消滅した債権を自働債権として相殺することができる。

 このような相殺が認められるのは、相殺適状になった段階で実質的にはAB間に債権が存在しない状態になっていたにもかかわらず、AのBに対する債権のみが時効で消滅したとき、Bの権利行使は認められてAの相殺の機会が失われるのは不公平だからである。




(2) 相殺することができない場合

① 当事者による相殺を禁止・制限する旨の意思表示がある場合

 当事者が相殺を禁止し、または制限する旨の意思表示をした場合は、相殺することはできず、これに反する相殺は無効となる。

 ただし、相殺を禁止・制限する旨の特約が付されていることを知らずに債権を譲り受けた第三者を保護するために、次のようなルールがある。


イ)第三者が悪意または善意有重過失の場合(第三者による相殺は無効)

 当事者が相殺を禁止し、または制限する旨の意思表示をした場合には、その意思表示は、第三者がこれを知り、または重大な過失によって知らなかったときに限り、その第三者に対抗することができる(505条2項)。つまり、相殺の禁止・制限について第三者が悪意または善意有重過失の場合は、その第三者による相殺は無効となる。


ロ)第三者が善意無重過失の場合(第三者による相殺は有効)

 当事者が相殺を禁止し、または制限する旨の意思表示をした場合であっても、相殺の禁止・制限について第三者が善意であり、かつ、重大な過失がなかったときは、相殺の禁止・制限をその第三者に対抗することができない。つまり、その第三者による相殺は有効となる。


事例 AはBに対して貸金債権を有しているが、この債権には相殺を禁止する旨の特約が付されていた。Aはこの貸金債権を相殺の禁止について善意無重過失のCに譲渡した。この場合、BはCに対して相殺禁止特約を対抗することができない。



② 不法行為等により生じた債権を受働債権とする相殺

 不法行為等の加害者が一定の損害賠償債務の債務者である場合は、加害者が、その被害者に対して債権を有していたとしても、相殺することができない。


イ)悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務

 悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務の債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない(509条1号)。ここでいう「悪意」とは、「積極的に他人に損害を加える意思」という意味である。この場合に相殺が禁止されるのは、不法行為の誘発(弁済に応じない債務者に対して報復手段として不法行為を働くことなど)を防ぐためである。


ロ)人の生命または身体の侵害による損害賠償の債務

 人の生命または身体の侵害による損害賠償の債務の債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない(509条2号)。この損害賠償の債務は、不法行為に基づくものに限らず、債務不履行に基づくもの(医療過誤など)も対象になる。この場合に相殺が禁止されるのは、被害者の損害を現実に填補する必要があるからである。


Point1 上記イ)・ロ)のいずれの場合も、損害賠償の債務に係る債権者がこれを自働債権として相殺を主張することはできる


Point2 債権者が上記イ)・ロ)の損害賠償の債務に係る債権を他人から譲り受けたときは、相殺をその債権者に対抗することができる(509条ただし書)。たとえば、交通事故で大けがをした被害者から損害賠償債権を譲り受けた者は、被害者自身ではないので、被害者の救済を考慮する必要がないからである。


事例 AはBに対して貸金債権を有している。この場合において、(1)または(2)のような理由で、Bに、Aに対する損害賠償債権が発生した。

(1) 借金の返済に応じないBへの報復として、AがB所有の自動車に追突してBに損害を与えた。

(2) Aがハンドル操作を誤って自動車事故を起こしBが大けがをしてしまった。



③ 差押えを受けた債権を受働債権とする相殺

 差押えを受けた債権を受働債権とする相殺は、自動債権を取得した時期が差押えの後の場合は、禁止される。


イ)差押え後に取得した債権を自動債権とする相殺

 差押えを受けた債権の第三債務者は、差押え後に取得した債権による相殺をもって差押債権者に対抗することはできない(511条1項)。もし相殺の対抗を認めると、差押債権者が差し押さえた債権から弁済を受けることができなくなってしまい、差押えの意味がなくなってしまうからである。


事例 Aに対して100万円の貸金債権を有するCが、AがBに対して有する100万円の貸金債権を差し押さえた。このCによる差押え後に、BがAに対する100万円の代金債権を取得したとしても、Bは、その取得した債権による相殺をもってCに対抗することはできない。




Point なお、差押え後に取得した債権であっても、その債権が差押え前の原因に基づいて生じたものであるときは、その第三債務者は、その債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができる(511条2項本文)。ただし、第三債務者が差押え後に他人の債権(差押え前の原因に基づいて生じたもの)を取得しても、対抗することはできない(511条2項ただし書)。


ロ)差押え前に取得した債権を自動債権とする相殺

 差押えを受けた債権の第三債務者は、差押え前に取得した債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができる(511条1項)。


(3) 相殺の効力

 相殺の意思表示は、双方の債務が互いに相殺適状になった時にさかのぼってその効力を生ずる(506条2項)。相殺の意思表示があった時からではない。