- 民法物権ー1.物権法序論
- 2.物権の効力
- 物権の効力
- Sec.1
1物権の効力
各種の物権にはそれぞれ固有の効力が認められるが、物権の一般的効力として、他の権利に対する「優先的効力」と物権に対する侵害を排除する「物権的請求権」の2つがある。
■優先的効力
(1) 物権相互間の優先的効力
① 原則
互いに相容れない(両立しない)物権相互間では、先に成立したものが優先する(優先的効力)。物権には排他性があるからである。
たとえば、ある人が所有権を有する物について、他人の所有権は成立しない。
② 例外(対抗要件が問題となる場合)
当事者間で生じた物権変動は公示(登記・引渡し)しておかなければこれを第三者に対し対抗することができない(民法177条、178条)。つまり結局早く公示方法を備えた方が優先するから、物権相互間の優劣は、実際の成立時期の前後ではなく、公示(対抗要件)の具備の前後によって決められることになる。
(2) 物権の債権に対する優先的効力
同一物につき物権と債権とが存在するときは、物権は債権に優先する。たとえば、甲が乙に賃貸している動産を丙に売却した場合、賃借人乙は新所有者丙に賃借権を主張することはできない(不動産の場合は例外あり。詳細は後日)。
■物権的請求権
物権の内容の実現が妨げられたり、妨げられるおそれがある場合に、物権の効力としてその妨害の排除を請求する権利を「物権的請求権」という。
客観的に違法な侵害の事実またはそのおそれがあれば生じ、侵害者の故意•過失、侵害の発生原因を問わない。
(1) 物権的請求権の種類
種類 | 意義 |
① 返還請求権 | 他人が権原なく物を持ち去るなどして占有し、物権が妨害された場合 |
② 妨害排除請求権 | 物権者の物に対する支配が部分的に妨げられた場合 |
③ 妨害予防請求権 | 将来妨害状態が発生するおそれがある場合 |
(2) 物権的返還請求権
「物権的返還請求権」とは、目的物を他人が占有し、物権を有する者が占有を侵奪されたことによって物権の内容の実現が妨げられている場合に、目的物の返還を請求する物権的請求権をいう。
要件は次のとおり。
① 請求者は、占有を失った物権者であること。
② 他人(相手方)が物権の目的物を占有すること。
③ 請求の相手方が現にその目的物を占有することによって占有を妨げていること。
(3) 物権的妨害排除請求権(物権的妨害除去請求権)
「物権的妨害排除請求権」とは、物権者が物に対する支配を部分的に妨げられている場合に、この侵害の排除を請求する物権的請求権をいう。妨害によって、物権者は目的物の占有を失ってしまわない点が「物権的返還請求権」と異なる。
要件は次のとおり。
① 請求者は、権利内容の実現が占有の侵奪以外の方法で現に妨害されている物権者であること。
現に妨害されている者が主体となるから、目的物を他人に譲渡したときはその譲受人が妨害排除請求権を有する(大S3.11.8)。
② 請求の相手方が、現に妨害状態を生じさせている者であること。
(イ) 過去に妨害を生じさせた者であっても、現に妨害状態を生じさせていないときはこの請求の相手方とはならない(ex.土地所有権を妨害する建物を他人に譲渡したとき(大S3.11.8)。)。
(ロ) 相手方が客観的に妨害を生じさせておれば足り、故意・過失を要しない。妨害が他人の行為で生じた場合(大S3.11.8)でも、自然力で生じた場合(ex.木が台風で隣地に倒れた)でも現に妨害物を所有して妨害状態を生じさせていれば相手方となる。
(ハ) 所有権に基づく妨害排除請求権は、相手方が責任能力を欠いている場合であっても、成立する。物権的請求権は物権の内容が妨げられているという状態を根拠に発生し、不法行為の成立要件とは違って、客観的状態で判断されるからである。
③ 他人(相手方)が目的物の占有侵奪以外の方法で物権を妨害していること。
判例 | (最S35.6.17) |
土地上に権限なく建てられた家屋の収去を求める場合には、現実にその家屋を所有して土地の所有権を侵害している者を相手方とすべきであって、家屋の譲渡があって登記簿上の名義が売主のままになっていても、その譲渡人に対して建物収去土地明渡しの請求を求めることはできない。 |
判例 | (最S47.12.7) |
建物の所有名義人が実際には建物を所有したことがなく、単に自己名義の所有権取得の登記を有するにすぎない場合には、土地所有者に対し、建物収去土地明渡しの義務を負わない。 |
判例 | (最H6.2.8) |
このように、妨害排除の相手方は現実に建物を所有する者であるが、他人の土地上の建物を取得し、自らの意思で所有権登記を経由した者は、建物を譲渡しても引き続き登記名義を保有する限り、建物収去・土地明渡の義務を免れない。 |
(4) 物権的妨害予防請求権
「物権的妨害予防請求権」とは、現に物権の侵害は生じていないが、将来侵害が生ずるおそれがある場合に侵害発生の防止を請求する物権的請求権をいう。
要件は次のとおり。
① 請求の主体は、妨害されるおそれのある物権を有する者であること。
② 請求の相手方は、自己の支配下にある事情によって物権侵害の危険を生じさせている者であること。
少しでも危険性があれば妨害予防が請求できるというのではなく、侵害の可能性が客観的に大きいと認められる場合に請求権が発生する(大S12.11.19)。
(5) 賃借権侵害の際の妨害排除請求
地上権は物権であるため、地上権者が土地の利用を妨げられたような場合には、物権的妨害排除請求権を行使できることに問題はない。では、たとえば同じ土地利用権でも土地の賃貸借の場合、賃借人が賃借地の利用を妨げられた際に、債権たる賃借権に物権的請求権たる妨害排除請求権の行使が認められるかが問題となる。判例は、対抗要件を備えた賃借権には妨害排除請求権を認める(最S30.4.5)。物権的請求権は物権の排他性から認められる権利であるから、賃借権でも対抗力を備えれば排他性が認められるから妨害排除請求も認めてよいと考える。
■物権的請求権と費用負担
下図のように、甲所有の木が台風で隣地である乙所有地に倒れていった場合、甲の立場からすると「木を返せ!」と物権的返還請求権が、乙の立場からすると、「木をのけろ!」とそれぞれ物権的請求権の行使が可能である。台風の被害によって木が倒れたのであれば甲にも乙にも過失はないわけだが(不可抗力)、この場合、木の撤去費用を甲・乙のいずれが負担するべきか?これが物権的請求権と費用負担の問題である。
(1) 行為請求権説
物権的請求権は、常に相手方つまり請求された者の費用で返還・妨害排除・妨害予防を請求することができる権利であるとする。相手方の行為に基づくか、相手方に故意・過失があるかどうかを問わない。
この説によれば、甲が物権的返還請求権を行使した場合は、木の撤去費用は乙の負担となり、乙が物権的妨害排除請求権を行使した場合は、木の撤去費用は甲の負担となる。
<理由>
① 物に対する直接支配権である物権も、他人との関係を生ずることによって、その他人に対して一定の行為を要求する権利に変更すると解することができ、民法216条や233条1項にその旨の規定がある。
② 物権が侵害された場合に、自力救済が禁止されていることから、他人に対して妨害の除去まで請求できなければ、物権は有名無実となる。
<この説に対する批判>
① 相手方に帰責事由がない場合に、それでも相手方に費用を負担させることは酷である。
② 早い者勝ちとなる。先に請求された者が費用を負担することになるのは不合理である。
(2) 修正行為請求権説
物権的請求権は、一般に行為請求権であり、費用は請求された者の負担であるが、所有権返還請求権についてだけ例外を認め、相手方が積極的に関与して目的物を占有したのでない場合、つまり相手方の行為によらないで目的物が相手方の支配下に入った場合には、所有権による取戻しを忍容すべきことを請求する権利として費用は請求者の負担となるとする。
この説によれば、甲が物権的返還請求権を行使した場合も、乙が物権的妨害排除請求権を行使した場合も、木の撤去費用は甲の負担となる。
<理由>
① 行為請求権説①と同じ。
② 所有権返還請求の場合に、目的物の占有に積極的に関与していない相手方に費用を負担させることは衡平に失する。
<この説に対する批判>
妨害排除請求と妨害予防請求については、常に相手方の費用負担となる不合理が残り、また返還請求についてだけ例外を認める理論的根拠が明らかでない。
(3) 忍容(認容)請求権説
物権的請求権は、請求の相手方に対して行為を請求する権利でなくて、相手方に対して権利回復行為を忍容することを請求する権利であるにとどまる。原則として、費用は請求者が負担する。ただ、相手方が不法行為者である場合には、物権者は民法709条(不法行為)に基づいて損害賠償請求権を取得し、結果として相手方が費用を負担するとする。
この説によれば、甲が物権的返還請求権を行使した場合は、木の撤去費用は甲の負担となり、乙が物権的妨害排除請求権を行使した場合は、木の撤去費用は乙の負担となる。
<理由>
物権的請求権は、物権の円満な状態を回復するための物権の一作用にすぎず、物に対するもので、人に対する権利ではない。
<この説に対する批判>
① 双方に故意・過失がない場合には、先に請求したものが費用を負担する結果となり不合理である。
② 所有権の妨害が他人の所有物から生じている場合には、結果として妥当でない。
③ 物権的請求権における費用負担の問題をこれとは異質な不法行為による責任原理にゆだねるものであり不合理である。
(4) 責任説
妨害状態が請求の相手方の故意または過失によって生じた場合には、行為請求権として費用は相手方負担となり、相手方の故意・過失によらない場合には、忍容請求権として請求者の負担となるとするものである。
この説によれば、甲が物権的返還請求権を行使した場合は、木の撤去費用は甲の負担となり、乙が物権的妨害排除請求権を行使した場合は、木の撤去費用は乙の負担となる。
<理由>
相手方に一定の行為義務を課すためには、原則として契約またはその故意・過失が必要である。そこで、故意・過失があれば、行為請求権と解することができるが、それが欠ける時は、忍容請求権と解するほかはない。
<この説に対する批判>
双方に故意・過失がない時は、先に請求した者が費用を負担する結果となり、不合理である。
【判例の立場】
判例は、基本的には行為請求権説の立場であって、物権的請求権は請求の相手方が費用を負担するものと解し、相手方に過失がない場合でも、第三者の行為によって妨害が生じた場合にも、相手方が費用を負担するとする。ただし不可抗力(天災等)による場合には、請求の相手方に対して行為を請求するものではなく、相手方に対して権利回復行為を忍容することを請求することができるにとどまると解するようである。よって不可抗力による場合には例外的に請求者が費用を負担することになる。