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1賃貸借契約

堀川 寿和2021/12/20 15:13

 建物の貸借を行う場合、通常は、賃貸借契約が締結される。建物の賃貸借には、原則として、まず「借地借家法」が適用され、これに規定されていない事項については、「民法」が適用される。賃貸借の基本的事項については民法に規定されているので、はじめに、民法に規定されている賃貸借のルールについて学ぶ。

賃貸借契約の成立

(1) 契約の成立(一般原則)

 契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(「申込み」)に対して相手方が承諾をしたときに成立する(民法522条1項)。そして、契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない(同条2項)。


Point 契約が有効に成立すると、その当事者は相手方に対して、契約の合意内容を実行するよう請求することができる。それに対して、相手方はその合意内容を実行する義務を負う。このように、特定の人に対して一定の行為を請求することができる権利を債権といい、債権を有する者を債権者という。それに対して、債権に対応する義務を債務といい、債務を負うものを債務者という。


(2) 賃貸借契約の成立

 賃貸借契約は、当事者の一方(賃貸人)がある物の使用および収益を相手方にさせることを約し、相手方(賃借人)がこれに対してその賃料を支払うことおよび引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる(民法601条)。

 このように、賃貸借契約は当事者の合意のみにより成立する。この合意は書面によることまでは要求されておらず、建物の賃貸借契約も、定期建物賃貸借契約などの一定の例外を除き、書面によって合意しなくても有効に成立する。


Point1 賃貸借契約は、当事者間の合意のみにより成立する。このような契約を諾成契約という。


Point2 賃貸借契約が成立するのに、賃貸借契約書の作成は不要である。


Point3 賃貸借契約が成立するのに、賃貸借の目的物の引渡しは不要である。


賃貸人の義務

(1) 賃貸物を使用・収益させる義務

 賃貸人は、賃借人に対して、賃貸物を使用および収益させる義務を負う(民法601条)。


(2) 賃貸物の修繕義務

① 賃貸人の修繕義務

 賃貸人は、賃貸物の使用および収益に必要な修繕をする義務を負う(民法606条1項本文)。賃貸物の破損等が発生した原因が天災等の不可抗力であっても、賃貸人は修繕義務を負う。ただし、賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この修繕義務を負わない(同項ただし書)。この場合は、賃借人が修繕義務を負うことになる。


Point1 賃貸物の破損等が賃貸借契約前に生じたものであっても、賃貸人は修繕義務を負う。


Point2 マンションの専有部分を賃貸している場合は、修繕義務の対象となるのはその専有部分に限らず、その専有部分の使用に必要な共用部分があるときは、その共用部分についても修繕義務の対象となる。


Point3 賃貸物が全部滅失した場合は、これを修繕することは不可能なので、賃貸人は修繕義務を負わない。これが賃借人の責めに帰すべき事由による場合、賃借人も修繕義務を負わない。


② 賃借人による修繕

 賃貸物を修繕する義務は賃貸人にあるが、賃借物の修繕が必要である場合において、次の(イ)または(ロ)のいずれかに該当するときは、賃借人は、その修繕をすることができる(民法607条の2)。

(イ) 賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知し、または賃貸人がその旨を知ったにもかかわらず、賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしないとき。
(ロ) 急迫の事情があるとき。


(3) 費用償還義務

 賃借人は、賃貸人が支出すべき必要費を支出したときは、賃貸人に対してその償還を請求することができ、また有益費を支出したときも、賃貸人に対してその償還を請求できる場合がある(民法608条)。したがって、このような場合は、賃貸人は、賃借人に対し、これらを償還する義務を負う。


① 必要費の償還請求

 必要費とは、物の保存のために支出した費用をいう。例えば、窓ガラスが割れたときの張替え費用や下水道の修理費用などが、必要費である。

 賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる(民法608条1項)。




Point1 必要費は「直ちに」償還請求することができる。


Point2 必要費償還請求権を行使できるのは必要費を支出した賃借人である。賃借人から修繕を依頼された修理業者ではない。


② 有益費の償還請求

 有益費とは、物の改良のために支出した費用をいう。例えば、壁紙の張替え費用や、トイレを洋式にした費用などが有益費である。

 賃借人が賃借物について有益費を支出したときは、賃貸人は、賃貸借の終了の時に賃借物の価格の増加が現存する場合に限り、賃貸人の選択に従い、賃借人の支出した金額または増価額の償還をしなければならない(民法608条2項本文)。ただし、裁判所は、賃貸人の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる(同項ただし書)。




③ 費用の償還請求権についての期間の制限

 賃借人が支出した費用の償還は、賃貸人が返還を受けた時から1年以内に請求しなければならない(民法622条→600条)。


④ 賃貸人が費用の償還義務を履行しない場合

 賃貸人が費用の償還義務を履行しない場合は、必要費償還請求権または有益費償還請求権を被担保債権として留置権を行使することができる(民法296条)。つまり、賃借人は必要費または有益費の償還を受けるまで、賃借物を留置することができる。たとえば、賃借人が賃借建物につき必要費または有益費を支出したのであれば、賃貸人からこれらが支払われるまでは、賃貸借契約終了後であっても、その建物の明渡しを拒むことができるのである。


賃借人の義務

(1) 賃料支払義務

① 賃料の支払義務

 賃借人は賃貸人に対して賃料を支払う義務を負う(民法601条)。


Point1 賃料は、賃借物の使用の対価として、賃借人から賃貸人に対して支払われる金銭である。したがって、賃貸人の責めに帰すべき事由により賃借物の全てを使用収益できなかった場合は、賃借人はその期間の賃料の支払いを免れる。


Point2 賃貸借契約書に遅延損害金の規定がない場合であっても、借主が賃料の支払を遅延したときは、貸主は借主に対して年3%の遅延損害金を請求することができる。


② 賃料の支払時期

 賃料は、動産、建物および宅地については毎月末に、その他の土地については毎年末に、支払わなければならない(民法614条)。


Point 賃料の支払い時期は、民法の規定によれば後払いであるが、特約によって前払いにすることができる。一般には、前払いの特約が定められていることが多い。


③ 賃借物の一部滅失等による賃料の減額

 賃借物の一部が滅失その他の事由により使用および収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用および収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される(611条1項)。


Point 賃借物の一部が使用収益できなくなった原因が災害等の不可抗力であっても賃料は減額されるが、賃借人の責めに帰すべき事由による場合は、賃料は減額されない。

(2) 賃借物の保管義務

 賃借人は、賃借物を返還するまで、善良な管理者の注意をもって、その物を保存しなければならない(民法400条)。保管義務に違反した場合は、賃借人は債務不履行責任を負うことになる。


Point1 賃貸人が賃借人の親族であっても、賃借人の保管義務は軽減されない。


Point2 債務不履行とは、債務者が契約どおりに債務を履行しないことである。これが債務者の責めに帰すべき事由(帰責事由)による場合は、債権者は債務者に対して損害賠償を請求することができる(民法415条1項)。また、場合によっては契約を解除することもできる(民法541条、542条)。


Point3 賃借建物が失火により全部滅失した場合は、保管義務の債務不履行として、賃借人は賃貸人に対して損害賠償責任を負うことになる。


Point4 建物の転貸借が行われている場合には、転借人の故意または過失による建物の破損等についても、賃借人(転貸人)が賃貸人に対して保管義務の債務不履行責任を負う。


(3) 賃借物の用法遵守義務

 賃借人は、契約またはその目的物の性質によって定まった用法に従い、その物の使用および収益をしなければならない(民法616条→594条1項)。例えば、契約で建物の用法につき「居住用に限る」や「ペット飼育禁止」と定められている場合は、これに従わなければならない。

 用法遵守義務に違反した場合は、債務不履行責任を負うことになる。


Point 賃貸人が賃借物の保管義務違反や用法遵守義務違反を理由に賃借人に対して損害賠償請求する場合は、賃貸人が賃貸物の返還を受けた時から1年以内に請求しなければならない(民法622条→600条)。


(4) 通知義務

 賃借物が修繕を要し、または賃借物について権利を主張する者があるときは、賃借人は、遅滞なくその旨を賃貸人に通知しなければならない(民法615条本文)。ただし、賃貸人が既にこれを知っているときは、通知しなくてよい(同条ただし書)。


(5) 賃借物の修繕受忍義務

 賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは、賃借人は、これを拒むことができない(民法606条2項)。賃貸物の保存に必要な行為とは、賃貸物の修繕や、修繕に伴う保守点検などである。賃借人が修繕等を拒む場合は、賃貸人は契約を解除することができる。

 それに対して、賃貸人が賃借人の意思に反して保存行為をしようとする場合において、そのために賃借人が賃借をした目的を達することができなくなるときは、賃借人は、契約の解除をすることができる(民法607条)。


Point 賃貸人が賃貸物の保存を超える行為をしようとする場合は、賃借人は、これを拒むことができる。 


(6) 原状回復義務

 賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用および収益によって生じた賃借物の損耗ならびに賃借物の経年変化を除く)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う(原状回復義務)(民法621条本文)。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、原状回復義務を負わない(同条ただし書)。


Point 通常の使用および収益によって生じた賃借物の損耗ならびに賃借物の経年変化は、一般に「通常損耗」と呼ばれる。原則として、賃借人は通常損耗についての原状回復義務を負わず、賃借人に通常損耗についての原状回復義務が認められるためには、補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているなど、その旨の特約(通常損耗補修特約)が明確に合意されていることが必要である(最判平17.12.16)。


(7) 賃借物返還義務

賃借人は、賃貸借が終了したときは、賃貸人に対し賃借物を返還する義務を負う(民法601条)。