• 権利関係ー2.民法 総則
  • 2.意思表示の有効性
  • 意思表示の有効性
  • Sec.1

1意思表示の有効性

堀川 寿和2021/11/16 11:38

 契約は、申込みと承諾という2つの意思表示の合致によって成立する。そして、いったん契約が成立すると、当事者はこれにしばられる。もともと両当事者がそれを望んでいるのだから当然である。

 しかし、意思表示が「ウソ」だったり「カン違い」だったり、あるいはおどされたりしてなされたものであった場合にもお構いなしに有効としてよいのか。それがここで扱うテーマである。


意思の不存在

(1) 心裡留保(しんりりゅうほ)

 心裡留保とは、表意者が、表示に対応する真意がないことを知りながらする意思表示をいう。例えば、冗談で売る意思もないのに「売ろう」といったような場合である。

 心裡留保による意思表示は、そのような意思表示を信頼した相手方を保護するため、原則として有効とされる。ただし、相手方がその意思表示が表意者の真意ではないことを知っていた場合(冗談であると知っていた場合)、または知ろうと思えば知ることができた場合(普通の人なら冗談だと気付くような内容を真に受けてしまった場合)には、相手方を保護する必要がないので、その意思表示は、無効とされる。



Point1 心裡留保の表意者は、自らの意思表示が真意ではないことを知っており、意思表示どおりの効果が生じても自業自得なので、原則として、その意思表示による契約は有効となる。

 しかし、相手方が、その意思表示が表意者の真意ではないことを知っていたとき(悪意)、または知ることができたとき(善意有過失)は、その意思表示による契約は無効となる。


 前述の例で、買主であるBが悪意か善意有過失の場合は、AB間の売買契約は無効となる。ところが、BがCに土地を売却したような場合に、Aは、AB間の売買契約の無効を、C(第三者)に対しても主張できるかが問題になる。

 Aが、AB間の売買契約の無効を、何も事情を知らなかったC(善意の第三者)に対しても主張できるとすると、Cが不測の損害を被ることがある。それに対して、Aには、心裡留保の意思表示をしたという落ち度がある。そこで民法は、心裡留保による意思表示が相手方の悪意や善意有過失によって無効となる場合であっても、心裡留保の事実について知らない第三者(善意の第三者)に対しては、その意思表示の無効を主張できないことにした。



Point2 心裡留保による意思表示の無効は善意の第三者に対抗することができない。


(2) 虚偽表示

 虚偽表示とは、相手方と通じて行った、虚偽の意思表示のことをいう。通謀虚偽表示ともいう。例えば、強制執行を免れるために財産の名義を他人に移す、いわゆる仮装譲渡などが挙げられる。

 虚偽表示の場合は、表意者は、意思表示が真意でないことを知っており、相手方もその意思表示が表意者の真意ではないことを知っているのであるから、当然、このような虚偽表示は無効とされる。



 このように、虚偽表示は無効になる。しかし、前述の例で、買主であるBがCに土地を売却したような場合に、Aは、AB間の売買契約の無効を、C(第三者)に対しても主張できるかが問題になる。

 Aが、AB間の売買契約の無効を、何も事情を知らなかったC(善意の第三者)に対しても主張できるとすると、Cが不測の損害を被ることがある。それに対して、Aには、虚偽表示をしたという落ち度がある。そこで民法は、虚偽表示の事実について知らない第三者(善意の第三者)に対しては、その意思表示の無効を主張できないことにした。



Point1 虚偽表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。第三者は、「善意」であればよく、「無過失」であること、「登記」を備えていることまでは求められていない



Point2 善意第三者には、第三者からさらに不動産を譲り受けた者(転得者)も含まれる。この場合、第三者が悪意であっても、転得者が善意であれば、その転得者は保護される



Point3 第三者が善意であれば、転得者が悪意であっても、その転得者は保護される


(3) 錯誤(さくご)

 錯誤とは、いわゆる「勘違い」のことである。表意者を保護する趣旨で、錯誤によって意思表示をした者は、その意思表示を取り消すことができる。


 この錯誤には、次の2つの種類がある。

① 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
② 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が事実に反する錯誤

 

①の「意思表示に対応する意思を欠く錯誤」は、表意者自身が、表示に対応する意思がないことに気づかないまま、意思表示をしている場合である。つまり、表意者が真意と表示の食い違いを知らずにした意思表示をいう。例えば、甲土地を売りたいと考えていたのに、勘違いから乙土地を売ってしまうような場合である。

 ②の「表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が事実に反する錯誤」は、「動機の錯誤」とも呼ばれるもので、真意を形成するきっかけになったものの錯誤である。例えば、将来地価が高騰すると思って甲土地を購入したが、それは勘違いで、実際は高騰しなかったような場合である。この場合、甲土地を購入しようという意思で購入の意思表示をしているので、前述の錯誤とは異なり、表示に対応する意思は存在するが、その購入しようという意思を形成するきっかけ(動機)に錯誤があったのである。この場合、表意者の動機を相手方が簡単に知ることはできない。そこで、相手方保護の観点から、民法は、動機の錯誤を理由にした意思表示の取消しは、その事情が契約などの法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができるとしている。そして、この表示は、明示的に表示されていた場合(明言されていた場合)に限らず、黙示的に表示されていた場合(言動などからわかる場合)でもかまわない。

 このように、上記①または②のいずれかに該当する錯誤による意思表示は取り消すことができるわけであるが、錯誤に基づく意思表示が有効であると信じた相手方の保護も考慮する必要があるため、錯誤による意思表示をすべて取り消すことができるわけではない。

 まず、錯誤による取消しを主張するためには、その錯誤が法律行為の目的および取引上の社会通念に照らして(一般的にみても)重要なものである必要があるとされる。このような錯誤を「要素の錯誤」ともいう。

 さらに、錯誤が表意者の重大な過失(重過失)によるものであった場合には、一定の場合を除き、意思表示の取消しをすることができない。重大な過失とは、注意すれば容易に錯誤に陥ることを防げたにもかかわらず、注意をしなかったことによって錯誤に陥ってしまった場合をいう。このような重大な過失がある表意者まで保護する必要がないからである。なお、表意者に重大な過失があっても取消しをすることができるのは、①相手方が表意者に錯誤があることを知り(悪意)、または重大な過失によって知らなかった(善意有重過失)ときと、②相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき(共通錯誤という)である。



また、錯誤による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。



Point  錯誤による意思表示の取消しは善意無過失の第三者に対抗できない。

瑕疵ある意思表示

(1) 詐欺

 詐欺とは、他人をだまして(欺罔行為)、錯誤に陥れ、これによって意思表示させることをいう。

 詐欺によって意思表示をした者は、その意思表示を取り消すことができる。



相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合は、何も事情を知らずに取引関係に入った相手方を保護するために、相手方がその事実を知っていた(悪意)か、または知ることができた(善意有過失)ときに限り、取り消すことができる。相手方が善意有過失の場合も取り消すことができるのは、詐欺の事実につき知らないことに落ち度がある相手方よりも、だまされて財産を失った表意者を保護する必要性のほうが高いからである。



詐欺による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。



Point この場合、Cが詐欺につき善意無過失であれば、Aは、Bの詐欺を理由にAB間の売買契約を取り消したことをCに主張することができない。


(2) 強迫

 強迫とは、他人をおどして、それによって意思表示をさせることをいう。

 脅迫によって意思表示をした者は、その意思表示を取り消すことができる。




Point1 相手方に対する意思表示について第三者が強迫を行った場合は、詐欺の場合と違って、相手方がその事実につき善意無過失であっても、取り消すことができる。



Point2 脅迫による意思表示の取消しは、詐欺の場合と違って、善意無過失の第三者にも対抗することができる。