• 民法ー4.債権総論
  • 2.債権の消滅
  • 債権の消滅
  • Sec.1

1債権の消滅

堀川 寿和2021/12/10 10:57

債権の消滅原因

 不動産の売買契約は、売主が物件を引き渡し、さらに登記の手続きに協力し、これに対して買主が代金を支払えば終了する。つまり、お互いの債権が消滅するわけである。このように約束どおりに事を運び債権を消滅させることを弁済という。

 

 債権は、以下の原因で消滅する。

弁済弁済とは、債務者が債務の本旨(本来の目的)に従って債務の目的を実現させること、つまり債務を履行することである。
債務者が債権者に対して債務の弁済をしたときは、その債権は、消滅する。
相殺相殺とは、債務者が債権者に対して自らも同種の目的を有する債権を有している場合に、その債権と債務とを対当額で消滅させる旨の意思表示をいう。
2人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。
更改更改とは、従前の債務を消滅させて、新たな債務を発生させる契約である。
当事者が従前の債務に代えて、新たな債務であって次の①~③に該当するものを発生させる契約をしたときは、従前の債務は、更改によって消滅する。
① 従前の給付の内容について重要な変更をするもの
② 従前の債務者が第三者と交替するもの
③ 従前の債権者が第三者と交替するもの
免除免除とは、債権者が債権を放棄して債務者の債務を消滅させることである。
債権者が債務者に対して債務を免除する意思を表示したときは、その債権は、消滅する。
混同混同とは、債権および債務が同一人に帰属することである。
債権および債務が同一人に帰属したときは、その債権は、消滅する。


弁済

 弁済とは、債務者が債務の本旨(本来の目的)に従って債務の目的を実現させること、つまり債務を履行することである。例えば、1,000万円の金銭債務であれば、1,000万円支払うことである。

 債務者が債権者に対して債務の弁済をしたときは、その債権は、消滅する。債務が履行されれば、債権はその目的を達するからである。


(1) 弁済者

 誰が弁済をすることができるのかという問題である。


①債務者の弁済

 債務者による弁済は、当然に、有効である。


②第三者の弁済

イ)原則

 債務の弁済は、第三者もすることができる。したがって、第三者による弁済も、原則として有効である。



ロ)第三者の弁済ができない場合

(a)第三者の弁済が債務者の意思に反する場合

 弁済をするについて正当な利益を有する者でない第三者は、債務者の意思に反して弁済をすることができない。

 しかし、債権者が、債務者の意思に反することを知らずに、このような第三者から弁済を受ける場合もありうる。そこで、債権者を保護するために、債務者の意思に反することを債権者が知らなかったときは、債務者の意思に反する弁済も有効となる



Point 弁済について正当な利益を有する第三者は、債務者の意思に反しても、弁済をすることができる。弁済について正当な利益を有する第三者とは、債務者の代わりに弁済をしないと、法律上の不利益を受けるおそれのある者であり、例えば次のような者である。

1.物上保証人(他人の債務について自分の財産を担保として提供している人)

2.抵当不動産の第三取得者(抵当権のついた不動産を売買などで取得した人)


(b)当事者による第三者の弁済を禁止・制限する旨の意思表示がある場合

 当事者が第三者の弁済を禁止し、または制限する旨の意思表示をしたときは、第三者が債務を弁済することができない。



(c)債務の性質が第三者の弁済を許さない場合

 その債務の性質が第三者の弁済を許さないときは、第三者が債務を弁済することができない。例えば、有名な歌手の歌を歌うという債務は、他人が代わってすることができない。


(2) 弁済受領者

 誰に対して弁済することができるかという問題である。


①受領権者に対する弁済

 債権者に対する弁済は、当然に、有効である。また、法令の規定または当事者の意思表示によって弁済を受領する権限を付与された第三者に対する弁済も有効である。これらの者は、弁済受領権限を有するので、受領権者という。


②受領権者以外の者に対する弁済

イ)原則

 受領権者以外の者に対してした弁済は、原則として、無効である。ただし、その弁済によって、債権者が利益を受けた場合は、その限度において弁済は有効となる。


ロ)受領権者としての外観を有する者に対する弁済

 受領権者以外の者であって取引上の社会通念に照らして受領権者としての外観を有するものに対してした弁済は、その弁済をした者が善意であり、かつ、過失がなかったときに限り、有効となる。このような者として、例えば、債権者の代理人と偽った者、受取証書の持参人、預金通帳と印鑑の所持人などがある。


事例 AがBに対して貸金債権を有している場合において、債務者Bが弁済した。




(3) 差押えを受けた債権の第三債務者の弁済

 債権者が、債務者が有している債権を差し押さえた場合に、その差押えられた債権の債務者はその債権者に弁済することができなくなる。しかし、それに反して、差押えられた債権の債務者が弁済してしまった場合に、差押債権者は何ができるのかが問題になる。

 差押えを受けた債権の第三債務者が自己の債権者に弁済をしたときは、差押債権者は、その受けた損害の限度において更に弁済をすべき旨を第三債務者に請求することができる。この請求ができないと、差押債権者が債権を差し押さえた意味がなくなってしまうからである。

 それに対して、差押債権者に対して更に弁済をした第三債務者は、その債権者に対して求償権を行使することができる。


事例 AはBに対して2,000万円の貸金債権を有していたが、Bが弁済をしないので、BがCに対して有する3,000万円の代金債権を差し押さえた。ところが、CがBに対して、代金3,000万円を弁済してしまった。

 この場合、AはCに対して、Aに2,000万円を弁済するように、請求することができる。そして、Aに2,000万円を弁済したCは、2,000万円をBに対して求償することができる。




(4) 「弁済の提供」とその方法

 民法は、弁済とは別に、「弁済の提供」という制度を置いている。これは弁済が完了していない場合であっても、債務者を債務不履行の責任から免れさせるための制度である。


① 弁済の提供

 弁済には、ほとんどの場合に、債権者による受領が必要になる。例えば、1,000万円の金銭債務であれば、債務者が1,000万円を支払おうとしても、債権者が1,000万円を受け取ってくれなければ、弁済したことにはならない。しかし、このような場合にまで債務者が債務不履行の責任を負うことになっては困る。そこで、弁済の前段階である「弁済の提供」をしていれば、債務者は、弁済の提供の時から、債務を履行しないことによって生ずべき責任(債務不履行の責任)を免れることにした。つまり、損害賠償請求を受けることがなくなり、契約を解除されることもなくなる。


② 弁済の提供の方法

イ)現実の提供

 弁済の提供の方法は、原則として、現実の提供である。1,000万円の金銭債務であれば、1,000万円を債権者のところに持参する必要がある。


ロ)口頭の提供

 債権者があらかじめその受領を拒んでいるような場合は、弁済の準備をしたことを通知してその受領の催告をすること(口頭の提供)で足りる。したがって、債権者があらかじめ1,000万円の受領を拒んでいるような場合は、1,000万円を債権者のところに持参する必要はなく、1,000万円が準備できたことを通知して、受領を求めるだけでよい。


(5) 特殊な弁済方法

①代物弁済

 弁済をすることができる者(以下「弁済者」という)が、債権者との間で、債務者の負担した給付に代えて他の給付をすることにより債務を消滅させる旨の契約(代物弁済契約)をした場合において、その弁済者が当該他の給付をしたときは、その給付は、弁済と同一の効力を有する。

 例えば、1,000万円の金銭債務を負う者が、債権者と合意をして、1,000万円を支払う代わりに、不動産を引き渡すことで、金銭債務を消滅させるような場合である。


②弁済供託

 弁済者は、次の場合には、債権者のために弁済の目的物を供託することができ、弁済者が供託をした時に、その債権は、消滅する。

イ) 弁済の提供をした場合において、債権者がその受領を拒んだとき。
ロ) 債権者が弁済を受領することができないとき。
ハ) 弁済者が過失なく債権者を確知することができないとき。

 弁済の目的物が供託された場合には、債権者は、供託物の還付を請求することができる。


相殺

 相殺とは、債務者が債権者に対して自らも同種の目的を有する債権を有している場合に、その債権と債務とを対当額で消滅させる旨の意思表示をいう。

 2人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。


(1) 相殺することができる場合

 相殺をするためには、以下の①~④のすべての要件を満たしている必要がある。相殺の要件をそなえている状態を相殺適状という。

① 当事者双方が互いに債権を有していること。
② 双方の債権が同種の目的を持つ債権であること。
③ 双方の債権の弁済期が到来していること。
④ 双方の債権が有効に存在していること。


事例 AはBに100万円の貸金債権を有しており、BはAに80万円の代金債権を有している。また、双方の債権の弁済期は到来している。この場合に、Aが相殺を主張すると、Bの代金債権は全額消滅し、Aの金銭債権は同額(100万円のうち80万円分のみ)が消滅し、20万円になる。

 また、この場合に、Bのほうから相殺を主張することもできる。



Point1 相殺を主張する場合において、相殺しようとする側の債権を「自働債権」、相殺される側の債権を「受働債権」という。


Point2 双方の弁済期が到来していれば、いずれの方からでも相殺を主張することができる。


(2) 相殺することができない場合

① 当事者が相殺を禁止・制限する旨の意思表示がある場合

 当事者が相殺を禁止し、または制限する旨の意思表示をした場合は、相殺することができず、これに反する相殺は無効となる。

 ただし、相殺を禁止・制限する旨の特約が付されていることを知らずに債権を譲り受けた第三者を保護するために、次のようなルールがある。


イ)第三者が悪意または善意有重過失の場合(第三者による相殺は無効)

 当事者が相殺を禁止し、または制限する旨の意思表示をした場合には、その意思表示は、第三者がこれを知り、または重大な過失によって知らなかったときに限り、その第三者に対抗することができる。つまり、相殺の禁止・制限について第三者が悪意または善意有重過失の場合は、その第三者による相殺は無効となる。


ロ)第三者が善意無重過失の場合(第三者による相殺は有効)

 当事者が相殺を禁止し、または制限する旨の意思表示をした場合であっても、相殺の禁止・制限について第三者が善意であり、かつ、重大な過失がなかったときは、相殺の禁止・制限をその第三者に対抗することができない。つまり、その第三者による相殺は有効となる。


事例 AはBに対して貸金債権を有しているが、この債権には相殺禁止特約が付されていた。Aはこの貸金債権を相殺禁止特約について善意無重過失のCに譲渡した。この場合、BはCに対して相殺禁止特約を対抗することができない。




②不法行為等により生じた債権を受働債権とする相殺

 不法行為等の加害者が一定の損害賠償債務の債務者である場合は、加害者が、その被害者に対して債権を有していたとしても、相殺することができない。


イ)悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務

 悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務の債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない。ここでいう「悪意」とは、「積極的に他人に損害を加える意思」という意味である。この場合に相殺が禁止されるのは、不法行為の誘発(弁済に応じない債務者に対して報復手段として不法行為を働くことなど)を防ぐためである。


ロ)人の生命または身体の侵害による損害賠償の債務

 人の生命または身体の侵害による損害賠償の債務の債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない。この損害賠償の債務は、不法行為に基づくものに限らず、債務不履行に基づくもの(医療過誤など)も対象になる。この場合に相殺が禁止されるのは、被害者の損害を現実に填補する必要があるからである。


Point1 上記イ)・ロ)のいずれの場合も、損害賠償の債務に係る債権者がこれを自働債権として相殺を主張することはできる


事例 AはBに対して貸金債権を有している。この場合において、(1)または(2)のような理由で、Bに、Aに対する損害賠償債権が発生した。

(1) 借金の返済に応じないBへの報復として、AがB所有の自動車に追突してBに損害を与えた。

(2) Aがハンドル操作を誤って自動車事故を起こしBが大けがをしてしまった。




(3) 相殺の方法および効力

①相殺の方法

 相殺は、当事者の一方から相手方に対する意思表示によってする。この場合に、その意思表示には、条件または期限を付することができない。


②相殺の効力

 相殺の意思表示は、双方の債務が互いに相殺適状になった時にさかのぼってその効力を生ずる。相殺の意思表示があった時からではない。