• 憲法―16.天皇
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1天皇の地位

堀川 寿和2021/12/01 13:51

天皇の地位

 旧憲法では、天皇は主権者であり(1条)、元首かつ統治権の総攬者とされていた(旧憲法4条)。これに対して、日本国憲法では、天皇は、「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」とされている(1条)。

 こうした旧憲法と日本国憲法との規定の違いを踏まえて、日本国憲法における天皇の地位をどのように理解すればよいのであろうか。先ず、天皇が主権者(国政の在り方を最終的に決定する権利の保持者)や統治権(国土および国民を支配する権利)の総攬者でなくなったことは疑いない(1条、4条1項)。それでは、元首でもなくなったのであろうか。この点については、天皇元首説、内閣総理大臣元首説、元首不在説などが対立している。およそ『元首』を、対外的に国を代表する資格のある国家機関の意味に解するならば、全権委任状や大使および公使の信任状の認証(7条5号)、批准書および法律の定めるその他の外交文書の認証(同条8号)、外国の大使および公使の接受 (同条9号)といった国事行為を行う天皇が 『元首』であるともいえるし、こうした国事行為も内閣の助言と承認を要するというかたちでその実質的決定権が内閣にあることにかんがみれば(3条)、内閣ないしその代表者である内閣総理大巨が『元首』であるともいえる。

 いずれにせよ、旧憲法から日本国憲法になって天皇の地位に大幅な変動があったことは間違いない。そこで、天皇に裁判権が及ぶのか否かという問題も議論されるようになった。

 この点について日本国憲法は触れるところがない。従来、ほぼ一致していわれてきたのは、摂政や国事行為の臨時代理がその在任中訴追されないことを根拠に(皇室典範21条、国事行為の臨時代行に関する法律6条)、天皇に刑事裁判権は及ばないということである。その一方で、天皇に民事裁判権が及ぶか否かについては争いがある。

 この問題について触れた最高裁判例は、次の一件のみである。




判例記帳所事件(最判H1.11.20)
昭和天皇が重態に陥った際、各地の地方公共団体は、病気快癒祈念のための記帳所を設けた。ある地方公共団体の住民である原告は、昭和天皇が記帳所設置費用相当額を不当利得したとして、当該地方公共団体に代位して、昭和天皇の相続人である今上天皇に対して、不当利得返還請求等の住民訴訟を提起した。
《争点》天皇に民事裁判権は及ぶか?
《判旨》天皇は、日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であることにかんがみ、天皇には民事裁判権が及ばないものと解するのが相当である。