- 憲法―8..国務請求権(受益権)
- 2.裁判を受ける権利
- 裁判を受ける権利
- Sec.1
1裁判を受ける権利
国務請求権の中で、問われやすいのが32条である。32条単独で出題されることはもとより、『裁判所』においても出題される。32条、76条、82条のつながりを押さえるべきである。初学者は、『裁判所』にひととおり目を通してから32条を勉強することを勧める。
■裁判を受ける権利の意義
裁判を受ける権利とは、政治権力から独立した公平な司法機関に対して、すべての個人が平等に権利・自由の救済を求め、かつ、そのような公平な裁判所以外の機関から裁判されることのない権利をいう。裁判を受ける権利は、刑事事件と民事・行政事件とでは意味が異なる。
(1) 刑事事件
裁判所の裁判によらなければ刑罰を科せられないことを意味する。
自由権の一種であり、37条1項で重ねて保障されている。
(2) 民事・行政事件
自己の権利・利益が不法に侵害されたとき、裁判所に損害の救済を求める権利が保障されることを意味する。
裁判請求権または訴権を保障するもので、裁判所の「裁判の拒絶」は許されない。
■裁判を受ける権利の内容
(1) 『裁判所』の意味
32条にいう『裁判所』とは、76条1項に定める裁判所を意味する。すなわち、具体的な争訟に関して資格を有する裁判官をもって構成され、かつ争訟を審理する権限を有する裁判所をいう。問題は、32条の『裁判所』が、訴訟法の定める管轄権を有する具体的な裁判所を指すかどうかである。判例・通説は、裁判所の組織や管轄権は法律で定めるべき事柄である(76条①)から、管轄違いの裁判所による裁判は、違法ではあるが、違憲とはいえないとする。
【憲法32条は、すべて国民が憲法又は法律に定められた裁判所においてのみ裁判を受ける権利を有し、裁判所以外の機関によっては裁判がなされないことを保障したものであって、訴訟法で定める管轄権を有する具体的裁判所において裁判を受ける権利を保障したものではない】(最大判S24.3.23)
(2) 『何人も』の意味
文字通り『何人』にも帰属する。外国人も含まれる。
(3) 『裁判』の意味
ここにいう『裁判』とは、公開・対審の訴訟手続による裁判を指す。問題は非訟事件がこの『裁判』に含まれるかどうかである。
cf. 公開…傍聴の自由を認めること
対審…当事者主義、弁論主義の手続により裁判が進められること
① 訴訟事件と非訟事件の区別
(a) 訴訟事件
訴訟事件とは、当事者の意思いかんにかかわらず終局的に事実を確定し、当事者の主張する権利義務の存否を確定するような裁判を意味する。権利義務に関する当事者の主張に対して裁判所が応答し、それが認められるか否かという二者択一的判断をすることによって紛争を解決する。
【特徴】 公開主義、当事者主義、口頭弁論主義、判決
(b) 非訟事件
非訟事件とは、当事者が申し立てた主張を認めるか否かの二者択一的判断では必ずしも望ましい結果が得られるとは限らない場合に、裁判所が後見人的に関与して、当事者にとって最適と思われる一定の法律関係を形成する裁判をいう。裁判所が行う行政作用であって、司法権本来の作用ではない。 例: 父母が協議離婚する場合の子の監護者の指定
【特徴】 非公開、職権探知主義、非弁論主義、決定
② 非訟事件と裁判を受ける権利
今日では、国家が後見的に紛争解決に介入すべき事件が増加しており、これらの非訟事件については公開法廷における裁判は保障されないのかが問題となる。
判例・通説は、32条にいう『裁判』とは、純然たる訴訟事件、すなわち、当事者の意思いかんにかかわらず終局的に事実を確定し、当事者の主張する権利義務の存否を確定するような裁判を意味し、このような『裁判』は必ず82条にいう対審・公開・判決の手続によらなければならないが、『非訟事件』は本来的な司法作用の対象である『純然たる訴訟事件』とは異なり、本質的には行政作用であって、32条、82条の保障範囲外であるとする。
判例 | 非訟事件の非公開(最大決S40.6.30) |
夫婦の同居等の審判を非公開で行うことを定める『家事審判法』が、32条、82条に反しないかが争われた事件。 |
《争点》 | 非訟事件を非公開とすることは、公開裁判の要請に反するか? |
《判旨》 | 法律上の実体的権利義務につき争いがあり、これを確定するには、公開の法廷における対審及び判決によらなければならないが、家事審判法に基づく夫婦同居の審判は、夫婦同居の義務等の実体的権利義務自体を確定する趣旨のものではなく、これら実体的権利義務の存することを前提として、同居の時期、場所、態様等について具体的内容を定め、また必要に応じてこれに基づき給付を命ずる処分であると解されるから、憲法に違反しない。 |
《POINT》
家事審判法の定める夫婦の同居義務に関する審判は、実体的権利義務自体の確定ではなく、その存在を前提として、同居の時期・場所・態様等につき具体的内容を定める趣旨である。審判の前提である実体的権利義務自体については、純然たる訴訟事件として公開法廷で争う途が開かれており、32条、82条に反するものではない。 |
cf. 訴訟の非訟化
福祉国家理念から、裁判所の後見的役割の要請が増大し、従来訴訟手続で処理されてきた事件で、非訟事件として扱われるものがでてきた。これを、「訴訟の非訟化」という。
例:家事審判法
「訴訟の非訟化」現象が増加した今日、32条、82条は訴訟事件にのみ適用になるとする判例・通説に対して、訴訟か非訟かで分けるのではなく、事件の内容・性質に即して判断されるべきだという学説が主張されている(近時の有力説)。この説によると、32条は、82条で保障される公開・対審・判決の手続を原則としつつも、それが唯一絶対でなく、すべての裁判について、その事件の性質・内容に応じた最も適切な手続の裁判を受ける権利を保障したものである。したがって、非訟事件であっても、事件の性質・内容から判断して適切であると認められる場合には、公開が要請されるのである。
■32条違反が問われた判例
(1) 訴えの利益を欠く訴訟
32条は、訴訟の当事者が訴訟の目的たる権利関係につき裁判所の判断を求める法律上の利益を有することを前提として本案の裁判を受ける権利を保障したものであって、右権利の有無にかかわらず常に裁判を受ける権利を保障したものではない。(最判S35.12.7)
(2) 出訴期間の短縮
民事法規を改正し、当該改正法を遡及的に適用して、民事上の出訴期間を短縮することについて、民事法規については、法律がその効果を遡及せしめることを禁じていないので、公共の福祉が要請する限り新法を以って遡及し短縮しうる。そして、その期間が著しく不合理で実質上、裁判の拒否と認められるような場合でない限り、32条に違反するということはできない。(最大判S24.5.18)
(3) 国税犯則取締法の強制処分
国税犯則取締法2条による裁判官の許可は、国家機関相互間における内部的行為に過ぎないから、これに対する独立の不服申立ては認められないが、不服のある者は、右許可自体の違法を理由として、これに基づく強制処分の取消しを求めることができるから、裁判を受ける権利を奪うものではない。(最大決S44.12.3)