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1財産権

堀川 寿和2021/11/30 16:19

 29条1項は、「財産権はこれを侵してはならない」と規定しているが、一方で、29条2項は、「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める」としている。財産権は保障するが、法律がその財産権の内容を自由に決めることができるというのでは、財産権保障が無意味なものになってしまう。そこで、財産権の不可侵性と社会性の調和が問題となってくる。

財産権保障の沿革と意義

(1) 沿革

 フランス人権宣言(1789年)の「所有権は、神聖かつ不可侵の権利である」という規定に見られるように、18世紀末の近代憲法においては、財産権は個人の不可侵の人権とされていた。

 しかし、社会国家思想の進展にともない、財産権は社会的な拘束を負ったものと考えられるようになった。この思想は、ワイマール憲法(1919年)の「所有権は義務を伴う。その行使は、同時に公共の福祉に役立つべきである」という規定に端的に表われている。第二次世界大戦後の憲法は、ほとんどすべてがこの思想に基づいて財産権を保障している。


(2) 意義

 日本国憲法は、29条1項・3項で自然権的な財産権不可侵を、2項で財産権の社会性について規定している。

cf. 旧憲法は27条1項で所有権の不可侵を、2項で公益目的実現のため必要な処分を法律で定める旨を規定していた。それらの規定を踏襲しつつ、現行憲法は、さらに3項で正当な補償を行うことを定めている。



29条1項

(1) 『財産権』の意味

 財産権とは、一切の財産的価値を有する権利をいう。所有権、物権、債権のほか、無体財産権(例:著作権、特許権、商標権)、特別法上の権利(例:鉱業権、漁業権)などがある。公法的な権利(例:水利権、河川利用権)であっても、財産的価値を有する限りこれに含まれる。


(2) 財産権『保障』の意味

 29条1項は財産権の保障を定めるが、この保障が、個人の具体的な財産権の保障を意味するのか、それとも私有財産制の保障を意味するのかについては争いがある。

① 29条1項は、私有財産制度を制度的に保障しているとする説

② 29条1項は、個人の具体的財産権を保障しているとする説

③ 29条1項は、私有財産制度という制度と、個人の具体的財産権の両方を保障しているとする説

←(判例・通説)


(a) 個別的保障…個人が現に有している具体的な財産権を保障

 国家は法律に基づかないで個人の財産を侵害することができず、法律による侵害の場合は、正当な補償を要する。

(b) 制度的保障…私有財産制を保障

 資本主義経済を排し社会主義経済に転換することは、私有財産制を否定することになるので憲法を改正しない限り許されない(通説)。

cf. 29条2項は、財産権の内容を『公共の福祉』に適合するように法律で定めると規定するが、私有財産制を根本的に否定することは許されない。制度的保障として私有財産制が保障されるという前提の下に、個人の財産権が保障されるのである。

【29条1項は、私有財産制度を保障しているのみではなく、社会的経済的活動の基礎をなす国民個々の財産につきこれを基本的人権として保障するものである】(森林法共有林分割制限事件 後掲)

④ 29条1項は、29条2項により『公共の福祉』に適合するように法律で定められた内容のものを『財産権』として保障しているとする説


29条2項

(1) 財産権規制の内容

 29条2項は、財産権が『公共の福祉』による制約に服することを明らかにしている。

 ここにいう『公共の福祉』は、自由国家的公共の福祉のみならず、社会国家的公共の福祉を意味する。つまり、財産権は、内在的制約(消極目的規制)のほか、福祉国家理念に基づく政策的制約(積極目的規制)にも服するのである。


(2) 財産権規制立法の合憲性判定基準

 判例は、経済的自由のうち、職業選択の自由に関しては二分論を採用しているが、財産権に関して明確に二分論を用いたものはないと解されている。森林法共有林分割制限事件で最高裁は、規制目的が消極目的か積極目的かという二分論によることなく、規制目的及び目的達成手段の合理性によって判断し、当該規制は目的達成の手段として合理性に欠けるものとしてこれを違憲とした。



判例森林法共有林分割制限事件(最判S62.4.22)
父から山林を持分2分の1ずつで生前贈与され、山林の共有者となった兄弟二名のうち、弟が分割請求を求めたものの森林法186条(当時)の規定が共有林の分割を制限していたため分割請求が認められなかった。そこで、森林法186条が憲法29条に違反すると争った事件。


《争点》持分価格2 分の1以下の共有者の分割請求を禁止する森林法186条は、憲法29条2項に反し、違憲か?
《判旨》裁判所としては、立法府がした判断を尊重すべきものであるから、立法の規制目的が公共の福祉に合致しないことが明らかであるか、又は規制目的が公共の福祉に合致するものであっても規制手段が右目的を達成するための手段として必要性若しくは合理性に欠けていることが明らかであって、そのため立法府の判断が合理的裁量の範囲を超えるものとなる場合に限り、当該規制立法が憲法29条2項に違背するものとして、その効力を否定することができるものと解するのが相当である。
共有物分割請求権は、各共有者に近代市民社会における原則的所有形態である単独所有への移行を可能ならしめ、共有の本質的属性として認められるものである。
森林法186条の立法目的は、森林の細分化を防止することによって森林経営の安定を図り、ひいては森林の保続培養と森林の生産力の増進を図り、もって国民経済の発展に資することにある。この立法目的は、公共の福祉に合致しないことが明らかであるとはいえない。
しかし、(a)森林法186条のように分割を制限すると、共有者間の紛争に際しては、森林荒廃の事態を永続化させてしまう。また、(b)同条には分割を制限される森林の範囲や分割制限の期間の限定が施されていない。他方、(c)現物分割においても、価格賠償など当該共有物の性質または共有状態に応じた合理的な分割が可能であり、したがって共有森林について現物分割をしても直ちにその細分化をきたすものとは言えない。
以上より、森林法186条による共有林分割請求の制限は、同条の立法目的との関係において、合理性と必要性のいずれをも肯定することのできないことが明らかであって、同条は、憲法29条2項に違反し、無効というべきである。

《POINT》

1. 森林法186条の立法目的は、森林の細分化を防止し、森林経営の安定を図ることにある。
2. 森林の安定的経営のために必要な最小限度の森林面積を定めることは可能なのに、それをすることなく、一律に現物分割を認めないとするのは、立法目的を達成する規制手段として合理性に欠け、必要な限度を超える。
3. 森林法186条による共有林分割制限は、立法目的を達成する手段として合理性・必要性のいずれをも肯定することができず、29条2項に違反し無効である。

   cf. 森林法186条は、判決後、すみやかに削除された。


(3) 条例による財産権制約の可否

 29条2項は、「法律で」財産権の内容を定めると規定している。そこで、条例による財産権の制限が許されるのかが問題となるが、これを肯定するのが判例・通説である。

[理由]

1. 条例は地方議会という民主的基盤に立って制定されるため、実質的には法律と差がない。

2. 地方の実情に応じて財産権を制約する必要性は高い。



判例奈良県ため池条例事件(最判S38.6.26)
奈良県が、ため池の破損、決壊等による災害を未然に防止するため、ため池の堤とうに農作物を植える行為等を条例により禁止したにもかかわらず、堤とうでの耕作を続けた者が条例違反で起訴された事件。
《争点》ため池の堤とうに農作物を植える行為を禁止する条例は、憲法29条に違反するか?
《判旨》ため池の提とうを使用する財産上の権利を有する者は、本件条例により、その財産権の行使を殆ど全面的に禁止されることになるが、それは災害を未然に防止するという社会生活上のやむを得ない必要から来ることであって、ため池の提とうを使用する財産上の権利を有する者は何人も、公共の福祉のため、当然これを受忍しなければならない責務を負うというべきである。すなわち、本件のような、ため池の提とうの使用行為は、憲法でも、民法でも適法な財産権の行使として保障されていないものであって、憲法、民法の保障する財産権の行使の埒外にあるものというべく、従って、これらの行為を条例をもって禁止、処罰しても憲法および法律に抵触またはこれを逸脱するものとはいえない。
なお、事柄によっては、国において法律で一律に定めることが困難または不適当なことがあり、その地方公共団体ごとに、その条例で定めることが、容易且つ適切なことがある。本件のような、ため池の保全の問題は、まさにこの場合に該当するというべきである。
それ故、本条例は、憲法29条に違反して条例をもっては規定し得ない事柄を規定したものではない。