- 憲法―4.精神的自由権
- 3.学問の自由
- 学問の自由
- Sec.1
1学問の自由
■学問の自由の意義
学問の本質は既存の価値や考えを批判し、創造活動を行うことにあるので、時の権力の干渉を受けやすいことから、23条はとくに学問の自由を保障している。
※ 旧憲法には、学問の自由に関する規定は存在せず、学問の自由が直接国家権力によって侵害されることがあった。 例: 天皇機関説事件、滝川事件
■学問の自由の内容
学問の自由の内容として、通常は、①学問研究の自由、②研究発表の自由、③大学における教授の自由、④大学の自治の4つがあげられる。
※ ①は19条の思想・良心の自由、②は21条の表現の自由の保障に含まれるが、重ねて学問の自由を保障するのは、学問研究は、常に従来の考え方を批判して新しいものを生み出そうとする努力であり、それに対しては、とくに高い程度の自由が要求されると解されているからである。
(1) 学問研究の自由
① 学問研究の自由の意義
真理の発見・探究を目的とする学問研究の自由は、学問の自由の中核である。19条の思想・良心の自由の一部をなし、内心にとどまる限り絶対的に保障される。
② 学問研究の自由の限界
学問研究はその性質上、本来自由に委ねられるべきであるが、近年の急激な科学技術の発達のもと、その先端分野では、その規制が問題になっている。
例: 原子力研究のような大規模技術、遺伝子組み替えのような遺伝子技術、臓器移植や体外受精・遺伝子治療のような医療技術先端科学技術は、事故や濫用が生じた場合に広く人々の生命・身体・環境に対して甚大な損害をもたらすことになるし、その危険性の予測も困難である。そこで、研究者や研究機関の自律と自主的判断に任せるだけでは足りず、研究の自由の限界の画定には、ルールとしての法律の制定が要請されるという見解が有力になっている。
cf. 2001年6月から施行されたヒトクローン規制法は、「人間の尊厳の冒涜であり、社会秩序が乱される」などとして、クローン人間づくりを禁止し、最高で懲役10年の罰則を設けた。
(2) 研究発表の自由
① 研究発表の自由の意義
研究の結果を発表できなければ、研究自体が無意味になるので、学問の自由は、研究発表の自由を含む。研究発表の自由は、表現の自由の一部をなすもので、一定の内在的制約に服する。
② 研究発表の自由の限界
学問の自由は、真理探究そのものにむけられる作用なので、実社会に働きかけようとする実践的な政治的社会的活動には、学問の自由の保障は及ばない。
例1: 社会科学の名にかくれて教壇から政治的宣伝を行う
例2: 性科学の名を僭称して猥褻な文書を頒布する
(3) 教授の自由
① 意義
教授の自由とは、大学における教授の自由である。
② 下級教育機関の教授の自由
学問の自由から導き出される教授の自由が、大学における教授の自由に限定されるのか、初等教育機関における教師の教育の自由も含むのかについては争いがある。判例は、高校の教師について、完全ではないが一定の範囲で教授の自由を認めている。
cf. 従来の通説は、i) ヨーロッパ諸国では、学問の自由は大学の自治を中心として発達してきた沿革がある、ii)下級教育機関はそもそも真理の探求を目的とする機関ではない、などを理由に、初等教育機関における教師の教育の自由を否定していた。しかし、現在は、初等教育機関においても教育の自由が認められるべきであるという見解が支配的となっている。
判例 | 旭川学テ事件(最大判S51.5.21) |
昭和36年、文部省の実施した全国の中学2、3年生を対象とする全国一斉学力テスト(学テ)に反対する教師が、学テの実施を阻止しようとして公務執行妨害罪等で起訴され、裁判の過程で、文部省による学テの実施が教育基本法10条等に反し違法ではないかが問題となった事件。 |
《争点》 | 憲法23条は、普通教育の場における教育の自由を保障しているか? |
《判旨》 | 確かに、憲法の保障する学問の自由は、単に学問研究の自由ばかりでなく、その結果を教授する自由をも含むと解されるし普通教育の場においても、教授の具体的内容及び方法につきある程度の自由な裁量が認められなければならないという意味においては、一定の範囲における教授の自由が保障されるべきことを肯定できないではない。しかし、大学教育の場合には、学生が一応教授内容を批判する能力を備えていると考えられるのに対し、普通教育においては、児童生徒にこのような能力がなく、教師が児童生徒に対して強い影響力、支配力を有することを考え、また、晋通教育においては、子どもの側に学校や教師を選択する余地が乏しく、教育の機会均等をはかる上からも全国的に一定の水準を確保すべき強い要請があること等に思いをいたすときは、普通教育における教師に完全な教授の自由を認めることは、とうてい許されない。 |
(4) 大学の自治
① 大学の自治の意義
大学の自治とは、大学における学問、研究、教育の自由を十分に保障するために、大学の運営を大学の自主的な決定に委ね、外部勢力の干渉を排除しようとするものである。
② 憲法上の根拠
大学の自治は、憲法上明文で規定されていない。しかし、学問の自由と大学の自治が密接不可分の関係にあることを前提として、大学の自治は23条によって保障されるとするのが判例・通説である。
③ 大学の自治の範囲
・ 学長・教授その他の研究者の人事
・ 大学の施設の管理
・ 学生の管理
cf. 近時の学説は、研究教育の内容及び方法の自主決定権、予算管理における自治を上記3つに加える。
④ 大学の自治の主体
大学の自治の主体は、教授その他の研究者である。学生が大学の自治の主体となるかについては争いがあるが、判例は、学生は大学の営造物の利用者に過ぎず、自治の主体とはいえないとする。
cf. 学生は「大学における不可欠の構成員」として、「大学自治の運営について要望し、批判し、あるいは反対する当然の権利」を有すると判示した下級審判決(仙台高判S46.5.28)がある。
判例 | 東大ポポロ事件(最大判S38.5.22) |
東大の学生団体「ポポロ劇団」主催の演劇発表会が教室で行われた際に、観客に私服の警察官がいたため学生が警察官を追及・暴行した事件。 |
《争点》 | 1. 大学の自治の内容とはどのようなものか?
2. 学生は大学の自治の主体として認められるか? |
《判旨》 | (争点1)
大学における学問の自由を保障するために、伝統的に大学の自治が認められている。この自治は、特に大学の教授その他の研究者の人事に関して認められ、大学の学長、教授その他の研究者が大学の自主的判断に基づいて選任される。また、大学の施設と学生の管理についてもある程度で認められ、これらについてある程度で大学に自主的な秩序維持の権能が認められている。 (争点2) 大学の施設と学生は、これらの自由と自治の効果として、施設が大学当局によって自治的に管理され、学生も学問の自由と施設の利用を認められるのである。もとより、憲法23条の学問の自由は、学生も一般の国民と同じように享有する。しかし大学の学生としてそれ以上に学問の自由を享有しまた大学当局の自治的管理による施設を利用できるのは、大学の本質に基づき、大学の教授その他の研究者の有する特別な学問の自由と自治の効果としてである。 |
⑤ 大学の自治と警察権
学問研究活動は、警察権力の監視や統制と本来的に相容れないものであるため、警察権力からの大学の自主性の確保は、特に重要な意味をもっている。そこで、警備公安活動のために警察官が大学構内に立ち入ることが、大学の自治を侵害しないかが問題となる。判例は、学生の集会が、大学の許可したものであっても、真に学問的な研究またはその結果の発表のためのものでなく実社会の政治的社会的活動に当たる場合には、大学の学問の自由と自治の保障の対象にならないので、警察官の大学構内への立ち入りは大学の自治を侵害するものではないとする。
※ 大学の自治が保障されているとはいえ、正規の令状に基づく捜査を拒否できないのは当然である。
cf. 警備公安活動…将来起こるかもしれない犯罪の危険を見越して行われる警察活動