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1憲法訴訟

堀川 寿和2022/03/14 16:05

憲法訴訟とは

(1) 憲法訴訟の意義

 前節で学習したように、日本国憲法における違憲審査制は付随的審査制のみであると考えるのが判例・通説であるため、違憲の問題を争うためだけの特別な訴訟類型は存在しない。よって、『憲法訴訟』という言葉も便宜上のものに過ぎず、民事、刑事、行政という通常の訴訟の中で憲法上の争点を含む訴訟を総称したものということになる。そしてそのことから、憲法訴訟の裁判は、①通常の訴訟のように、司法権の一般的制約に服し、その制約の範囲内で行われ、②政治部門(立法府・行政府)との緊張関係の中で、それらの権限と立場に配慮しながら行われることになる。

 

(2) 司法積極主義と司法消極主義

 違憲の争点が提出された際に、裁判所が憲法判断を行うか否か、憲法判断に入った後にどのような判断を下すのか、という問題がある。

 一般的に、違憲判断を回避しようとしない姿勢は『司法積極主義』、違憲判断を回避しようとする姿勢は『司法消極主義』と呼ばれている。

 司法消極主義の根拠としては、①司法府は非民主的な部門であること、②司法府への信頼を傷つけないために自制する必要があること、③司法府が判断能力と情報収集能力について政治部門に比べて劣る事件があること、等が挙げられる。

 司法積極主義の根拠としては、①違憲判断は、民主政の機能を補完・補強する機能を果たすこと、②多数者の横暴を抑止するのに躊躇しないことが立憲主義の精神にかなうこと、③司法消極主義は権力分立の原理が要請する相互抑制の側面を不当に軽視していること、等が挙げられる。

 我が国の司法府の態度は、最高裁判所による違憲判断が極めて少ないことから、専ら司法消極主義であると評価されている。

憲法訴訟の要件

(1) 前提としての訴訟要件

 付随的違憲審査制の下では、憲法問題に関する裁判所の判断も、通常の訴訟手続の中で、その訴訟の解決に必要な限りにおいてのみ行われる。そこで、憲法訴訟が成立するための前提として、基本的に民事・刑事・行政事件訴訟のいずれかの訴訟が成立するための要件を満たす必要がある。

 

(2) 憲法上の争点提起についての要件

 適法に成立した訴訟において当事者から違憲の主張がなされると、その訴訟は憲法訴訟の性格を帯びることになる。この際どのような場合に違憲の主張ができるのかが違憲主張の適格の問題である。

まず、訴訟の当事者が、自己に適用される法令・処分等により自己の憲法上の権利・利益を侵害されている場合には、違憲の主張が許されるのは当然である。

では、自己の利益に直接関係のない他人の権利侵害を理由とする違憲の主張や、想定上の侵害可能性等を理由とする違憲の主張についてはどうか。以下、具体的に検討する。

 

① 法令中の他の規定の援用

 原則として、訴訟の当事者は、自己に適用されない法規定の違憲を主張することはできない。

 しかし、自己に適用される規定と同じ法令中にあり、密接不可分の関係にある他の規定(もしくは法令全体)の違憲を主張することは許されるものと解されている。

 例えば、自衛隊法上の防衛器物損壊罪の適用を受ける者が、自衛隊法そのものが憲法9条に違反して違憲だと主張することは、防衛器物損壊罪の規定と規定の存立基盤である自衛隊法が不可分であることから許される(恵庭事件判決・札幌地判S42.3.29 後掲)。

 

② 第三者の権利の援用

(a) 第三者の憲法上の権利・利益が現実に侵害される場合

 当事者の権利・利益は侵害されていないのだから、原則として違憲の主張をすることはできない。

しかし、その主張を当事者にさせることが適切であり、また、そのことが第三者に不利益を与えるおそれがない場合に限り、例外的に違憲の主張をすることも許されると解されている。

判例も、関税法により第三者の所有物が没収されたことにつき、当事者が関税法の違憲を主張することを認めている(第三者所有物没収事件・最大判S37.11.28)。

(b) 第三者の憲法上の権利侵害の可能性がある場合

 法規の内容が不明確なため,自己に対する適用は合憲であっても、不特定の第三者に適用される場合に適用違憲の可能性がある場合、そのことを理由に違憲の主張をなし得るか。

 このような場合、違憲を主張しようとする者に対する法令の適用自体は一応合憲なのであるから、原則として違憲の主張は許されない。

 しかし刑罰法規や精神的自由権を規制する法規が一定程度を超えて不明確な場合や過度に広汎な場合は、当事者の行為を審査する以前に法規を違憲とみなすべき場合なのであるから、その不明確性や過度の広汎性を理由に違憲の主張を認めるべきであると解されている。

憲法判断の方法ー1

(1) 憲法判断の回避

 当事者が違憲の主張をしているからといって、裁判所は必ず憲法判断をしなければならないわけではない。付随的違憲審査制においては、裁判所は違憲の争点に触れないで事件を解決できるのであれば、あえて憲法判断をする必要はないし、するべきでないと解されているからである。

 この憲法判断回避の方法としては、①憲法判断そのものを回避する方法と、②法令の違憲判断を回避する方法の二つがある。

 

① 憲法判断そのものを回避する方法

 違憲の争点にまったく触れないでも当該事件の法的解釈ができる場合には、違憲の争点に関する判断を行うべきでないとされる(アメリカの判例法上、ブランダイス判事によって示されたブランダイ ス・ルールの第4準則)。

 具体例として、自衛隊法違反に問われた被告人が、自衛隊法は違憲と主張したことに対し、被告人の行為は無罪であり、その結論に達した以上、「憲法問題に関し、なんらの判断を行う必要がないのみならず、これをおこなうべきでもない」とした恵庭事件判決(札幌地判S42.3.29 後掲)がある。

 この方法に対する批判として、法令が適用される際にはその前提として当該法令の違憲審査が理論的に必ず先行するべきであり、法令の違憲の主張が争点として適法に提起された以上、必ず憲法判断をする義務があるというものがある。しかし、この考え方は、憲法は法令にまさるという規範論理をそのまま訴訟手続のレベルで主張するものであり、無理がある。むしろ、憲法判断回避の手法を基本的には認めつつ、事件の重要性等を考慮して、場合によっては憲法判断に踏みきることが要請されるとする考え方が有力である。

 

② 法令の違憲判断を回避する方法

 法律をできる限り合憲として解釈しようとする方法に『合憲限定解釈』がある。

 合憲限定解釈とは、法律の解釈において、ある解釈によれば違憲となり他の解釈によれば合憲となる解釈の間では、法律を合憲とするような解釈を採用する手法をいう(ブランダイス・ルールの第7準則)。

 ある法令の規定そのものを違憲としてしまうことは立法府への配慮から慎重とならざるを得ないが、かといって単純に合憲としてしまっては人権の保障に欠けてしまう。そこで、当該規定を憲法に適合するよう限定的に解釈した上で具体的事件に適用し、立法府へ配慮しながら人権の保障を実現しようとして合憲限定解釈の手法が採られる(全逓東京中郵事件・最大判S41.10. 26、都教組事件・最大判S44.4.2など)。

 ただし、この方法には、裁判所による新たな立法となりかねないとか、法令の意味を不明確にするといった批判がある。しかし、人権を救済すると同時に立法府への干渉を最小限にとどめ得る方法として、合憲限定解釈には固有の意義がある。

 

判例

恵庭事件(札幌地判S42.3.29

 

自衛隊演習場の周辺住民が、自衛隊の電信線を切断して自衛隊法121条の防衛用器物損壊罪違反で起訴された事件。

 

《争点》

憲法訴訟では憲法判断が必ずなされるべきか?

《判旨》

演習用電信線は121条の「その他の防衛の用に供する物」に該当しないので、被告人の行為は無罪である。

違憲審査権を行使しうるのは、具体的争訟の裁判に必要な限度にかぎられる。これは、当該事件の裁判の主文の判断に直接かつ絶対必要な場合にだけ、立法その他の国家行為の憲法適否に関する審査決定をなすべきことを意味し、被告人が無罪であるとの結論に達した以上、もはや、憲法問題に関しなんらの判断を行う必要がないのみならず、これをおこなうべきでもないのである。

     

 

 

判例

都教組事件(最大判S44.4.2

 

東京都教組の幹部が、一斉有給休暇による集会を指導したところ、地方公務員法614号に反するとして起訴された事件。

 

《争点》

1. 地方公務員法の争議行為の禁止および争議行為のあおり行為等への刑事制裁は、公務員の労働基本権を侵害し、違憲か。

2. 文理上違憲の疑いのある法規はただちに違憲と判断すべきか。

《判旨》

(争点1)

一切の争議行為を禁止し、これらの争講行為の遂行を共謀し、そそのかし、あおる等の行為をすべて処罰する趣旨と解すべきものとすれば、必要やむをえない限度をこえて争議行為を禁止し、かつ、必要最小限度にとどめなければならないとの要請を無視し、違憲の疑を免れない。

(争点2)

本件規定は、必要やむを得ない限度をこえて争議行為を禁止し、かつ、必要最小限度にとどめなければならないとの要請を無視し、その限度をこえて刑罰の対象としているものとして、これらの規定は、いずれも、違憲の疑いがある。しかし、法律の規定は、可能な限り、憲法の精神にそくし、これと調和しうるよう、合理的に解釈されるべきものであって、この見地からすれば、これらの規定の表現にのみ拘泥して、ただちに違憲と断定する見解は採ることができない。

POINT

 

地方公務員法の地方公務員の争議行為を禁止する規定及びそのあおり行為を罰する規定に関して、文字どおりに解すべきものとすれば、違憲の疑いが強いので、合憲限定解釈をすることが必要とした。その上で、(1)争議行為の態様から、違法性の比較的弱い場合や実質的には右条項にいう争議行為に該当しないと判断すべき場合があり(一重目のしぼり)、(2)争議行為禁止違反に対する制裁(とくに刑事罰)は極力限定されるべきであり、争議行為に通常随伴して行われる行為を処罰の対象とすべきでない(二重目のしぼり)とし、被告人を無罪とした。

 しかし、最高裁判所のこの態度は政治部門の強い反発を受け、最高裁判事の定年退職による交代などもあって、結局その後の全農林警職法事件判決(最大判S48.4.25)は、公務員の争議行為の一律禁止も合憲であり、これを合憲限定解釈することは犯罪構成要件を不明確にするとした。この判例に対しては、個々の公務員の職務上の地位や職務の内容に即した必要最小限度の制約のみが認められるべきであるとの批判が強い。

       

 

 

判例

全農林警職法事件 Chapter7社会権「労働基本権」参照

 

《争点》

公務員の争議行為禁止規定は合憲限定解釈すべきか?

《判旨》

都教組事件最高裁判決(最大判S44.4.2)の合憲限定解釈は、かえって犯罪構成要件の保障的機能を失わせることとなり、その明確を要請する憲法31条に違反する疑いすら存する。

     

 

 

判例

税関検査事件 Chapter4 精神的自由権「検閲の禁止」参照

 

《争点》

関税定率法2113号の『風俗を害すべき書籍、図画』という規定は、明確性に欠け違憲ではないか?

《判旨》

限定解釈が可能なので、明確性に欠けず違憲ではない。

     

 

 

判例

福岡県青少年保護育成条例事件 Chapter6人身の自由「適正手続の保障」参照

 

《争点》

福岡県青少年保護育成条例の『淫行』の文言は不明確ではないか?

《判旨》

淫行処罰規定は限定解釈が可能で明確である。