- 憲法ー6.人身の自由
- 3.適正手続の保障
- 適正手続の保障
- Sec.1
1適正手続の保障
■31条の意義
31条は、人身の自由についての基本原則を定めた規定であり、アメリ力合衆国憲法の人権宣言の一つの柱とも言われる適正手続条項(due process of law)に由来する。条文では、手続が法律で定められることを要求するにとどまっており、罪刑法定主義を明文化してはいない。しかし、罪刑法定主義は刑事法の基本原則であり、憲法はこれを当然に採用しており、31条はこれを含意するものと解されている(通説)。
cf. 適正手続条項…「いかなる州も、法の適正な手続によらないで、何人からも生命・自由または財産を奪ってはならない」(アメリカ合衆国憲修正14条)
cf. 旧憲法は23条で「日本臣民ハ法律ニ依ルニ非スシテ逮捕監禁審問処罰ヲ受クルコトナシ」と定めていたが、人権保障は不十分なものであった。処罰には法律が必要と規定されてはいたが、一定の場合には行政命令で罰則を設けることが憲法上認められており(旧憲8 条)、また、法律により罰則の定めを行政命令に一般的・包括的に委任することも可能と解されていた。さらに、法律で定めれば、遡及処罰も憲法に反しないとされており、罪刑法定主義としても不徹底であった。
■適正手続の保障内容
(1) 31条の保障内容
31条は「法律の定める手続によらなければ」と規定しており、刑事手続法定主義を定めることは明らかであるが、さらに適正手続の保障まで規定しているかどうかについては争いがある。通説は、31条は次の4点全てを保障するとする。
① 手続の法定…科刑手続が法律で定められること→刑事手続法定主義 ② 手続の適正…法律で定められた科刑手続が適正であること→告知・聴聞の機会の保障 ③ 実体の法定…実体要件が法律で定められること→罪刑法定主義 ④ 実体の適正…法律で定められた実体要件が適正であること→罪刑の均衡 |
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法定 (法律でその旨を定めれば足りる) |
法内容の適正 (さらにその規定の内容自体も適正であることが要求される) |
人権保障の手続面 |
① 刑事手続の法定 (認めることに争いなし) |
② 公平な裁判所 告知・聴聞・弁明の権利 |
人権保障の実体面 |
③ 罪刑法定主義 (形式的法定) |
④ 罪刑の均衡 明確性の原則 |
① 手続の法定
刑事手続の定めは、国会によって制定される『法律』によってしかなしえない。
cf. ただし、77条はこの例外を認めている。
② 手続の適正
具体的に、手続が適正であるというためには、告知・聴聞の機会が保障されていることが必要とされる。
cf. 告知・聴聞の機会の保障とは、公権力が国民に刑罰その他の不利益を課す場合には、不意打ち防止のために、当事者にあらかじめその内容を告知し、当事者に弁解と防禦の機会を与えなければならず、これに違反した場合には、不利益処分は違法となるとするものである。
判例 |
第三者所有物没収事件(最大判S37.11.28) |
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密輸を企てた被告人が有罪判決を受けた際に、その附加刑として、密輸に関わる貨物の没収判決を受けたが、この貨物には被告人以外の第三者の所有する貨物が混じっていたため、被告人が所有者たる第三者に事前に財産権擁護の機会を与えないで没収することは違憲であると主張して争った事件。 |
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《争点》 |
関税法118条1項によって、第三者の所有物を没収することは、31条、29条に違反しないか? |
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《判旨》 |
憲法29条1項は、財産権は、これを侵してはならないと規定し、また同31条は、何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられないと規定しているが、前記第三者の所有物の没収は、被告人に対する附加刑として言い渡され、その刑事処分の効果が第三者に及ぶものであるから、所有物を没収せられる第三者についても、告知、弁護、防御の機会を与えることが必要であって、これなくして第三者の所有物を没収することは、適正な法律手続によらないで、財産権を侵害する制裁を科するに外ならない。 |
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《POINT》 |
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第三者の所有物を没収する場合の手続に31条の保障を認めることから、刑事手続への適用も当然認めるものと推測される。 |
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③ 実体の法定(罪刑法定主義)
罪刑法定主義は、どのような行為が犯罪となり、どのような刑罰が科せられるのかをあらかじめ法律で定めておかなければならないとする、刑事法の大原則である。すなわち、「法律なければ刑罰なし。法律なければ犯罪なし」という原則である。
日本国憲法には、これを明確に定める規定はないが、通説は31条に根拠を求めている。
④ 実体の適正
犯罪や刑罰の内容が法律で定められていても、それが人権を侵害するような内容であってはならないので、実体の適正が要求される。実体の適正の内容として、刑罰法規の明確性、罪刑の均衡などがあげられる。
cf. 刑罰法規の明確性(明確性の原則)は、次の2点から要請される。
1. 刑罰法規は、国民に法規の内容を明確にし、違法行為を公平に処罰するのに必要な事前の『公正な告知』を与えるものでなければならない。
2. 刑罰法規は、法規の執行者たる行政の恣意的な裁量権を制限するものであることが必要である。
判例 |
徳島市公安条例事件(最大判S50.9.10) |
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徳島市内でジグザグデモを指揮・実行した者が、道交法77条3項及び徳島市公安条例3条3号違反の罪に問われた事件。 |
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《争点》 |
1. 刑罰法規に要求される 明確性の判断基準 2. 徳島市公安条例3条3号の「交通秩序を維持すること」という規定は、刑罰法規として不明確ゆえ憲法31条に反し違憲か。 |
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《判旨》 |
(争点1) ある刑罰法規があいまい不明確のゆえに憲法31条に違反するものと認めるべきかどうかは、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読みとれるかどうかによってこれを決定すべきである。 (争点2) 本件条例3条3号に『交通秩序を維持すること』を掲げているのは、道路における集団行進等が一般的に秩序正しく平穏に行われる場合にこれに随伴する交通秩序阻害の程度を超えた、ことさらな交通秩序の阻害をもたらすような行為を避止すべきことを命じているものと解される。本件の規定は、確かにその文言が抽象的であるとのそしりを免れないとはいえ、集団行進等における道路交通の秩序遵守についての基準を読みとることが可能であり、犯罪構成要件の内容をなすものとして明確性を欠き憲法31条に違反するものとはいえない。 |
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《POINT》 |
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31条は刑罰法規の明確性を要求している。どの程度の明確性が要求されているかが問題となるが、31条に反するか否かは、一般人が理解可能かどうかにより判断すべきである。 |
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判例 |
福岡県青少年保護育成条例事件(最大判S60.10.23) |
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「何人も、青少年に対し、淫行又はわいせつの行為をしてはならない」と規定する福岡県青少年保護育成条例が、憲法31条等に反するのではないかが争われた事件。 |
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《争点》 |
福岡県青少年保護育成条例は広汎不明確ゆえ憲法31条に反し違憲か? |
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《判旨》 |
本条例10条1項の規定にいう『淫行』とは、広く青少年に対する性行為一般をいうものと解すべきではなく、青少年を誘惑し、威迫し、欺罔し又は困惑させる等その心身の未成熟に乗じた不当な手段により行う性交又は性交類似行為の他、青少年を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱っているとしか認められないような性交又は性交類似行為をいうものと解するのが相当である。このような解釈は通常の判断能力を有する一般人の理解にも適うものであり、『淫行』の意義を右のように解釈するときは、同規定につき処罰の範囲が不当に広過ぎるとも不明確であるともいえないから、本件各規定が憲法31条の規定に違反するものとはいえない。 |
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(2) 条例との関係
31条は罪刑法定主義を定めるが、他方、73条6号は政令で罰則を設ける場合は委任が必要であり、その委任は個別具体的に特定の事項に限ると解される。ところで、地方自治法14条5項は、一定の上限を設け罰則の制定を条例に認めていることから、条例をもって罰則を制定することの可否、許容基準が問題となる。判例は、法律による委任が必要であり、個別的委任までは不要であるが、一般的委任では足りず、「相当な程度に具体的な」委任が必要であるとする。
【条例は公選の議員をもって組織する地方公共団体の議会の議決を経て制定される自治立法であるから行政府の制定する命令等とは性質を異にしており、相当に具体的な内容の事項につき、限定された刑罰の範囲内で条例に罰則の定めを授権しても憲法31条に違反しない】(最大判S37.5.30)
(3) 行政手続との関係
31条はもともと刑事手続を予定し、『刑罰』との関係で規定されたものである。31条が行政手続(例・税務調査などの行政調査のための事業所等ヘの立入り、少年法による保護処分、感染症予防法による強制入院など広く行政強制と言われる手続)にも適用されるかについては争いがあるが、これを肯定するのが判例・多数説である。
[理由]
1. 今日の行政国家現象のもとでは、行政活動が拡大・多様化しており、国民生活のあらゆる分野にまで介入するに至っている。行政法上の伝統的保障のみでは行政権による人権侵害に対して対応が不十分である。行政手続においても人権保障を貫徹させるためには、適正手続の趣旨を行政手続にも及ぼす必要がある。
2. 31条はアメリカ憲法に由来し、その根底にある適正手続の思想は、アメリカでは当然に行政手続にも及ぶと考えられている。
3. 刑事手続と行政手続はときに交錯し、今日では両者の区別は相対化している。
4. 31条以下が、刑事手続に関する規定とされているのは、過去においては、人権の侵害は、主に刑事手続においてであったという沿革に基づくものである。
判例 |
成田新法事件(最大判H4.7.1) |
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成田空港(新東京国際空港)周辺の規制区域内において、いわゆる暴力主義的破壊活動者による工作物の使用を禁止する、「新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法」(成田新法)が、違憲であるか否かが争われた事件。 |
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《争点》 |
成田新法の規定は、広汎不明確ゆえ憲法31条に反し違憲か? |
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《判旨》 |
成田新法2条2項にいう「暴力主義的活動を行い、又は行うおそれがあると認められる者」とは、本条1項に規定する目的や本条3条1項の規定の仕方などに照らし、「暴力主義的破壊活動を現に行っている者又はこれを行う蓋然性の高い者」の意味に解すべきである。そして、本条3条1項にいう「その工作物が次の各号に掲げる用に供され、又は供されるおそれがあると認めるとき」とは、「その工作物が次の各号に掲げる用に現に供され、又は供される蓋然性が高いと認められるとき」の意味に解すべきである。したがって、過度に広汎な規制を行うものとはいえず、その規定する要件も不明確なものであるとはいえない。 |
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《POINT》 |
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31条の保障は、行政手続にも及ぶ場合があるが、常に刑事手続と同様の保障が及ぶとは限らない。 |
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