- 憲法ー2.基本的人権総論
- 2.人権の享有主体
- 人権の享有主体
- Sec.1
1人権の享有主体
誰が憲法における人権を享有するのか、という問題である。日本国の憲法なので日本国民が享有するのは当然であるが、『外国人』や『法人』に対して人権保障は及ぶのか。
■外国人の人権
(1) 外国人の人権享有主体性
憲法は、人権保障を規定した第3章を「国民の権利及び義務」と題し、人権の主体を日本国民に限定するかのような外観を有している。このために、外国人(日本に在住する日本国籍を有しない者)に人権が保障されるかどうかの問題が生じる。なお、ここにいう外国人とは、日本国籍を有しない者をいう。
人権が人の生来の権利であり、また、国際協調主義(98条)を根拠として、外国人にも一定の憲法上の権利が保障される、とするのが通説であり、最高裁も、憲法施行後の早い段階で、外国人にも基本的に憲法上の権利の保障が及ぶとしていた(最判S25.12.28)。
そして、外国人に保障される権利の判定基準については、条文に『何人も』と規定されているかどうかというような形式的な区別をするのではなく、権利の性質上、日本国民のみを対象とするものを除き保障されるという立場(性質説)が判例(マクリーン事件 最大判S53.10.4)・通説である。
判例 |
マクリーン事件(最大判S53.10.4) |
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アメリカ人マクリーンが、在留期間1年としてわが国に入国し、1年後にその延長を求めて在留期間更新の申請をしたところ、法務大臣が、マクリーンが在留中に政治活動を行ったことを理由に、更新を拒否した事件。 |
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《争点》 |
人権保障は在留外国人にも及ぶか? |
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《判旨》 |
憲法第3章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上、日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶ。 |
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《POINT》 |
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「権利の性質上」というキーワードがあるので、どのような性質の人権が保障されて、逆にどのような性質の人権が保障されないのかを検討しなければならない。 |
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さらに、今日においては、外国人といっても一時的な旅行者から定住外国人、不法入国者まで様々な類型があり、外国人の類型ごとに分析をしていこうとする考え方が有力である。
特に問題となるのは、日本に永住権を有する在日外国人(在日韓国人、朝鮮人、中国人)である。こうした人々については、日本に生活の本拠を有し、生活実態は日本人と異ならないのであるから、日本人と同様の人権享有主体性を承認した上で、国籍の違いが人権制約の違いをどの程度まで正当化することができるかを慎重に吟味するべきだ、と考えられている。
(2) 保障される人権の範囲
① 参政権(選挙権・被選挙権・公務就任権)
外国人の人権に関し、大きく議論となっているのは参政権である。
(a) 国政レベルにおける選挙権・被選挙権:国民主権の原理から「国籍保持者」に限られるとするのが判例(最判H5.2.26)・通説である。
(b) 地方政治レベルにおける選挙権・被選挙権:93条2項の「住民」は15条1項の「国民」を前提としていることを理由に、国民主権原理から外国人の選挙権・被選挙権を否定するという禁止説もある。しかし、判例は、93条2項が外国人の選挙権を保障したものではないとしつつも、わが国に在留する外国人のうちでも定住者等であってその居住する区域の地方公共団体と特段に密接な関係を持つに至ったと認められるものについて』、法律で地方公共団体の選挙権を付与する措置を講ずることは憲法上禁止されていないとし、一定の居住要件の下で外国人に選挙権を認めることは立法政策に委ねられるとする許容説に立っているとされる(最判H7.2.28)。
判例 |
外国人の参政権(最判H7.2.28) |
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定住外国人に地方参政権が与えられていないことは違憲だとして、大阪市の住民らが提訴した事件。 |
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《争点》 |
定住外国人の地方参政権は憲法上保障されるか? |
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《判旨》 |
日本国民たる住民に限り地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有するものとした地方自治法の規定は憲法に反しない。 |
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《POINT》 |
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保障はされないが、 1. 定住者等であって 2. その地方公共団体と特段に密接な関係を有している という2点を満たす外国人に対して、法律で地方参政権を付与することは禁止しない。 |
(c) 公務就任権:公務就任権とは、公務員に就職する権利のことである。広い意味での参政権に含まれるといえる。例えば、外交官は対外主権を代表するため、国籍を有することが必須の要件である(外務公務員法7条1項)。
② 出入国の自由
国際慣習法上、自国の安全と福祉に危害を及ぼす恐れのある外国人の入国を拒否することは、主権の一環として国家の裁量に委ねられており、外国人の入国の自由は、22条による保障はされない(最大判S32.6.19、通説)。
入国の自由がない以上、「在留権」も保障されず、国の自由裁量に委ねられている(前掲マクリーン事件 最大判S53.10.4)。
一方、「出国の自由」は22条2項によって保障される(最大判S32.12.25、通説)。ただし、在留外国人の帰国を前提とする出国、つまり再入国の自由は、入国の自由や在留権が保障されないため、憲法上の保障を受けない(最判H4.11.16)。
なお、学説の中には、特に再入国については最小限度の規制は許されるものの、新規の入国と異なる配慮を加える必要があり、著しくかつ直接にわが国の利益を害することのない限り、再入国が許可されるべきであるとするものもある。
判例 |
森川キャサリーン事件(最判H4.11.16) |
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昭和48年日本に入国し日本人と結婚した定住アメリカ人森川キャサリーンが、韓国への旅行計画を立てて再入国の申請をしたところ、過去に3度再入国許可を得ていたにもかかわらず、指紋押捺を拒否したことを理由に不許可とされたのでその処分の取消しと国家賠償を求めた。 |
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《争点》 |
外国人に再入国の自由は保障されるか? |
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《判旨》 |
外国人は「憲法上、外国に一時旅行する自由を保障されるものではない」から、再入国の自由も保障されていない。 |
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③ 自由権
自由権は、「国家からの自由」であり、外国人にも原則として保障される。
政治活動の自由は、21条1項により保障されるが、外国人には憲法上保障されていない参政権的側面を有するため、日本国民よりも広範な制約を受けるとするのが判例である。
なお、経済的自由権は、日本国民と同様に政策的な観点からの制約に加えて、相互主義的な制約も受ける。例えば、職業選択の自由についての制限(公証人法12条1項1号、電波法5条など)や、土地取得の制限(外国人土地法)が存在する。
④ 社会権
社会権は、本来、その者の所属する国により補償されるべきであるため、外国人には保障されていない。ただし、参政権と異なり、原理的に認められないものではないので、法律で付与することは憲法上許される。
⑤ その他(いわゆる亡命権)
亡命者が国籍国以外の外国(避難国)の憲法若しくはその国が締結している条約に基づき保護を享受する権利、いわゆる亡命権については、憲法で保障している国も存在するが、わが国の憲法に明文の規定はない。なお、判例においても、国家間の犯罪人引渡しから政治犯罪人を除外する、いわゆる「政治犯罪人不引渡の原則」はいまだ確立した一般的な国際慣習法であるとは認められないとされている(最判S51.1.26)。
■法人の人権ー1
(1) 法人の人権享有主体性
法人とは、自然人以外の者で法律上権利義務の主体とされているものをいう。人権は人が生まれながらにして当然に有する権利であるから、その主体は本来生身の人間である。そこで、法人は人権享有主体たり得るかが問題となるが、性質上可能な限り、内国の法人にも基本的人権の保障が及ぶとするのが判例・通説である。
[理由]
1. 法人の活動は自然人を通じて行われ、その結果は究極的には自然人に帰属する。
2. 現代社会において、法人も自然人と並んでその重要な構成要素であり、同じように活動する実態を備えている。
(2) 権利能力なき社団の人権享有主体性
法人格の有無は私法上の法的技術・制度の問題であるから、法人格の有無で人権享有主体性に差異を設けるべきでなく、権利能力のない社団・財団であっても人権享有主体性は認められる。
(3) 法人に保障されない人権
自然人とだけ結合して考えられる人権は、法人には保障されない。
① 生命や身体に関する自由(奴隷的拘束及び苦役からの自由、逮捕・抑留・拘禁に対する保障、拷問・残虐な刑罰の禁止)
② 生存権
③ 選挙権・被選挙権
(4) 法人に保障される人権
① 経済的自由権(財産権、営業の自由、居住・移転の自由)
② 受益権(請願権、裁判を受ける権利、国家賠償請求権)
③ 刑事手続上の権利(法定手続の保障、住居の不可侵、証人尋問権、弁護人依頼権)
④ 精神的自由権
精神的自由権が法人に保障されるか否かについては争いがある。思想・良心の自由のような内面的精神活動の自由は、個人の内面の人格的価値と直結しており、自然人にのみ保障されると解されている。しかし、そのような制約のない外面的精神活動の自由は、法人にも保障されると解されている。 例: 報道機関の表現の自由、宗教法人の信教の自由、学校法人の学問の自由
⑤ 政治活動の自由
政治活動の自由は表現の自由に含まれると解されているが、参政権の行使と密接に関わるため、これが法人に保障されるかについて争いがある。判例は、会社も自然人たる国民同様に、政治的行為をなす自由を有するとした。
判例 |
八幡製鉄政治献金事件(最判S45.6.24) |
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法人である八幡製鉄が自民党に政治献金を行ったところ、八幡製鉄の株主(会社への出資者)が、その献金は認められないとして争った。 |
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《争点》 |
1. 法人に憲法上の人権が認められるか? 2. 本件の政治献金はこの法人の『目的の範囲内』といえるか? 3. 法人の政治献金は、株主の参政権を侵害するか? |
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《判旨》 |
会社は、自然人たる国民と同様、国や政党の特定の政策を支持、推進または反対するなどの政治的行為をなす自由を有する。政治資金の寄附もまさにその自由の一環であり、会社によってそれがなされた場合、政治の動向に影響を与えることがあったとしても、これを自然人たる国民による寄附と別異に扱う憲法上の要請があるわけではない。 |
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《POINT》 |
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1. 基本的人権の保障は性質上可能な限り、法人に及ぶ。 2. 政治献金は、その企業の円滑な事業展開を導くためになされた献金なので、「目的の範囲内」といえる。 3. 法人としての政治的意思表示と、株主個人としての政治的意思表示は別物なので、株主の参政権を侵害するとはいえない。 |
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(5) 保障の限界
一定の人権について、法人は自然人と同様に人権享有主体となるが、必ずしも自然人と同程度の保障が及ぶとは限らない。法人の人権行為は、自然人の人権を不当に制限するものであってはならないという限界があると解されている。
① 法人と法人の外にある個人との関係
特に巨大な団体の場合、その巨大な社会的権力に対応して、経済的自由権や政治活動の自由について、自然人と異なる制約があるとされる。
② 法人とその構成員との関係
法人が人権享有主体となることによって、法人の権利・自由とその法人の構成員のそれとが矛盾・衝突する場合が生じる。特に法人の表現の自由と、その構成員の表現の自由や思想・良心の自由の調整が必要になる。調整の具体的基準として次の2点がある。
(a) 当該法人の目的・性質
任意加入の団体 → 原則として団体の自由が尊重される。
強制加入の団体 → 原則として団体の自由は目的の範囲内に限定され、個人の自由が尊重される。
(b) 問題となる権利・自由の性質
構成員の人権が優越的地位を有するものである場合、法人の権利・自由の主張は大幅に制限される。法人とその構成員との関係が問題となった具体例として前掲八幡製鉄政治献金事件と後掲の3判例を押さえておく必要がある。
判例 |
南九州税理士会政治献金事件(最判H8.3.19) |
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強制加入団体である南九州税理士会(公益法人)は、税理士法改正実現のため特定政治団体に政治献金を行うこととし、その資金として会員から特別会費5,000円を徴収する旨を決議した。そこで、この会費の徴収に反対する会員が、会員への政治献金の強制は、税理士会の「目的の範囲内」の行為とはいえず、会員個人の思想信条の自由を侵害すると主張して提訴。 |
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《争点》 |
1. 本件の政治献金は税理士会の『目的の範囲内』といえるか? 2. 強制加入団体である税理士会が特定の政治団体に政治献金をするために費用を徴収することは、構成員の思想信条の自由を侵害するか? |
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《判旨》 |
税理士会が政党など規制法上の政治団体に金員の寄付をすることは、たとい税理士に係る法令の制定改廃に関する政治的要求を実現するためであっても、税理士会の目的の範囲外の行為であり、右寄付をするために会員から特別会費を徴収する旨の決議は無効であると解すべきである。 税理士会は、法人として法及び会則所定の方式による多数決原理により決定された団体の意思に基づいて活動し、その構成員である会員は、これに従い協力する義務を負い、その一つとして会則に従って税理士会の経済的基礎をなす会費を納入する義務を負う。しかし、法が税理士会を強制加入の法人としている以上、その構成員である会員には、様々の思想・信条及び主義・主張を有するものが存在することが当然に予定されている。したがって、税理士会が右の方式により決定した意思に基づいてする活動にも、そのために会員に要請される協力義務にも、おのずから限界がある。 特に政党など規制法上の政治団体に対して金員の寄付をするかどうかは、選挙における投票の自由と表裏をなすものとして、会員各人が市民としての個人的な政治的思想、見解、判断等に基づいて自主的に決定すべき事柄であるというべきである。なぜなら、政党など規制法上の政治団体は、政治上の主義若しくは施策の推進、特定の公職の候補者の推薦等のため、金員の寄付を含む広範囲な政治活動をすることが当然に予定された政治団体であり、(中略)これらの団体に金員の寄付をすることは、選挙においてどの政党またはどの候補者を支持するかに密接につながる問題だからである。 |
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《POINT》 |
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1. 強制加入団体である税理士会の会員には、実質的には脱退の自由が保障されていない。 2. 従って、会員には、様々の思想・信条及び主義・主張を有する者が存在することが当然に予定されている。そのため、会員に要請される協力義務にもおのずから限界がある。 3. 税理士会の政治献金は目的の範囲外の行為であり、特別会費徴収決議は無効である。 |
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判例 |
国労広島地本事件(最判S50.11.28) |
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国鉄労働組合が行った特定政党に対する支持・カンパ徴収決議の効力が争われた事件。国労の広島地本に所属していて脱退した組合員に対して、国労が未納の会費を請求したところ当該請求会費の内訳に含まれていた炭労資金、安保資金、政治意識高揚資金という名目の金銭徴収が問題となった。 |
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《判旨》 |
公職選挙に際し労働組合が特定の候補者の選挙運動支援のため、その所属政党に寄付する資金として徴収する臨時組合費については、組合員は納入義務を負わない。 |
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■法人の人権ー2
判例 |
群馬司法書士会事件(最判H14.4.25) |
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強制加入団体である司法書士会(公益法人)による阪神淡路大震災支援特別負担金徴収決議の効力が争われた事件。 |
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《争点》 |
被災司法書士会に復興支援拠出金を寄付することは、強制加入団体である司法書士会の目的の範囲内の行為か? |
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《判旨》 |
司法書士会は、司法書士の品位を保持し、その業務の改善をはかるため、会員の指導及び連絡に関する事務を行うことを目的とするものであるが、その目的を遂行する上で直接または間接に必要な範囲で、他の司法書士会との間で業務その他について提携、協力、援助等をすることもその活動範囲に含まれるというべきである。そして、阪神淡路大震災が甚大な被害を生じさせた大災害であり、早急な支援を行う必要があったことなどの事情を考慮すると、本件拠出金の寄付が目的の範囲を逸脱するものとまでいうことはできない。したがって、兵庫県司法書士会に本件拠出金を寄付することは、権利能力の範囲内にあるというべきである。 |
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八幡製鉄 |
南九州税理士会 |
群馬司法書士会 |
団体の性質 |
営利社団法人 任意加入団体 |
公益社団法人 強制加入団体 |
公益社団法人 強制加入団体 |
目的 |
政治献金(寄付) |
政治献金(寄付) |
震災のカンパ |
目的の範囲内 |
範囲内 |
範囲外 |
範囲内 |
結論 |
○ |
× |
○ |