- 刑法(各論)ー8.公共の信用に対する罪
- 2.文書偽造の罪
- 文書偽造の罪
- Sec.1
1文書偽造の罪
■文書偽造の罪の総説
(1) 保護法益
文書に対する公共の信用が保護法益である。文書に対する公共の信用が害される危険が生ずれば文書偽造罪が成立する。(抽象的危険犯)したがって、文書に対する社会の信用が現実に侵害される必要はない。(大M43.12.13)
(2) 種類
① 文書偽造の罪の分類
通貨偽造の罪 |
詔書等偽造罪・詔書等変造罪(刑法154条) |
公文書偽造罪・公文書変造罪(刑法155条) 偽造公文書行使罪((刑法158条) |
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虚偽公文書作成罪(刑法156条)虚偽公文書行使罪(刑法158条) |
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公正証書原本等不実記載罪(刑法157条) |
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私文書偽造罪・私文書変造罪(刑法159条) 偽造私文書行使罪(刑法161条) |
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虚偽診断書等作成罪(刑法160条) 虚偽診断書等行使罪(刑法161条) |
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電磁的記録不正作出罪(刑法161条の2) 不正作出電磁的、記録供用罪(刑法161条の 2第3項) |
(3) 文書の意義
① 文書の定義
(イ)文書
文書とは、文字又はこれに代わるべき符合(ex 点字、電信記号、速記符合)をもって、ある物体のうえに記載された意思表示であって、一定の法律関係又は取引上重要な事実関係につき証拠となり得るものをいう。(大M43.9.30)
(ロ)図画
文書のうち象形的符合で表示したものを図画という。
② 文書の内容
(イ)文書の表示される客体
紙が典型であるが、陶器(大M43. 9. 30)、白墨による黒板上の記載(最S43. 9. 30)、布木板、金属板等でもよい。
(ロ)表示の内容
文書は意思又は観念を表示したものでなければならない。したがって、名刺、門札、下足札、物品預かり証等は意思又は観念を表示したものでないから文書ではない。また、文書は法律上又は社会生活上重要な事項につき証拠となりうるものでなければならない。単なる思想を表示した詩歌や小説等は文書ではない。書画のような単なる芸術作品も文書ではない。(大T2.3.27)したがって、有名作家乙女の名義を無断で使用し、乙女の生い立ち、半生等を記述した手記を作成したとしても私文書偽造罪は成立しない。表示の内容が法律上又は社会生活上重要な事項について証拠となり得るものではないからである。
③ 文書の名義人
(イ)名義人の存在
文書は意思表示であることから、その主体である名義人の存在が必要であるため、名義人の存在しないもの、それが誰であるか不明なものは文書とはいえない。(大M43.12.20)名義人は自然人でも法人でも、法人格のない団体でもよい。(大T7.5.10)
(ロ)名義人の実在性
名義人は実在することを要しないことから、死者名義、架空人名義の文書でも、一般人に真正な文書と誤信させ得るものであれば、文書偽造罪が成立する。文書に対する公共の信用が害されるからである。一見して虚無人名義の文書であることが明らかな場合には文書偽造罪は成立しない。(ex 聖徳太子名義の文書)
④ 文書の原本性
コピーも文書偽造の客体になるかについて、判例(最S51.4.30)は、コピーの文書性を肯定し、原本に加工を施した文書をコピーして、原本が存在するかのごときコピー文書を作成する行為は、文書偽造罪になるとする。コピーも原本同様の社会的機能を果しており、コピーに対する社会的信用を保護する必要があるからである。
判例 |
(最S51.4.30) |
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行政書士が供託金の横領等の犯跡を隠蔽するため、真正な供託書から切り取った供託官の記名印・公印押印部分を、虚偽の供託事実を記入した供託書用紙下方に接続してそれをコピーし、あたかも真正な供託金受領書の写しであるかの如きコピーを作成したうえ、それを真正なもののように装って行使した場合、文書偽造・行使の罪となる。 |
(4) 偽造と変造
① 偽造
偽造とは、行使の目的で真正でない文書を作成することをいう。次の2つの態様がある。
(イ)有形偽造 権限のない者が他人名義の文書を作成することである。 (ロ)無形偽造 権限のある者が、自己名義の文書の内容に虚偽の記載をすることである。 |
有形偽造が処罰されるのが原則であるが、無形偽造については、特別の規定がある場合に例外的に処罰されるに過ぎない。(ex 虚偽公文書作成罪(刑法156条)、公正証書原本等不実記載罪(刑法157条)、虚偽診断書等作成罪(刑法160条))
判例 |
(最S35.1.12) |
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自動車運転免許証の写真欄に貼付されている写真を剥がして別人の写真と貼りかえ、かつ生年月日の数字を改ざんした場合、文書偽造となる。 |
⇒ 本質的部分を変更して新たな証明力を有する文書を作り上げたからである。
② 変造
変造とは、何らの権限もないのに真正に成立した他人名義の文書の内容に変更を加えることをいう。
変造は既存の文書に変更を加える権限のない者によってなされることを要する。権限を有する者が変更を加えても変造とはならない。真正に成立した他人名義の文書に限る。自己名義の文書は変造の客体にならない。例えば、債務者が、借用証書を債権者から一時返してもらってその文書を変更した場合には、変造とはならない。(大M37.2.25)
判例 |
(大S11.11.9) |
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郵便貯金通帳の貯金受入年月日又は払戻年月日を改ざんした場合、本質的部分に変更を加えたものではないことから変造にとどまる。 |
⇒ 郵便貯金通帳の記号・番号・預金者名義及び金額欄の記載の変更は、偽造にあたる。(大T15.5.13)
③ 偽造と変造の違い
結局、文害の本質的部分に変更を加えるのが偽造であり、非本質的部分に変更を加えて新たな証明力を作り出すことが変造である。本質的部分に変更があったか否かは、変更の前後で文書の同一性があるか否かによる。
(5) 行使
① 行使の意義
行使とは、偽造文書又は虚偽文書を真正文書又は内容真実な文書として使用することをさす。(大T3.10. 6)行使の方法に制限はなく、交付・呈示・備付等の方法により、その内容を相手方に認識させ、又は認識し得る状態におけば行使となる。
② 行使の目的
文書の偽造・変造及び虚偽文書の作成はいずれも行使の目的で行われることが必要である。
行使の目的とは、他人をして偽造文書を真正な文書と誤信させ、又は虚偽文書を内容真実な文書と誤信させようとする目的をいう。
③ 既遂時期
相手方が文書内容を認識しうる状態に置けば行使罪は既遂に達する。
郵便に付した場合はそれが相手方に到達して閲覧しうるべき状態に達したとき既遂となる。(大T 5. 7.14)相手方が閲読したか否かを問わず、行使の結果実害を生じ、又は生じるおそれのあることも必要がない。(大T 3 9.22)
■公文書偽造罪、公文書変造罪(刑法155条)
刑法155条(公文書偽造等)
1.行使の目的で、公務所もしくは公務員の印章もしくは署名を使用して公務所もしくは公務員の作成すべき文書もしくは図画を偽造し、又は偽造した公務所もしくは公務員の印章もしくは署名を使用して公務所もしくは公務員の作成すべき文書もしくは図画を偽造した者は、1年以上10年以下の懲役に処する。
2.公務所又は公務員が押印し又は署名した文書又は図画を変造した者も、前項と同様とする。
3.前2項に規定するもののほか、公務所もしくは公務員の作成すべき文書もしくは図画を偽造し、又は公務所もしくは公務員が作成した文書もしくは図画を変造した者は、3年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。
(1) 分類
① 有印公文書偽造罪(刑法155条1項) ② 有印公文書変造罪(刑法155条2項) ③ 無印公文書偽造罪(刑法155条3項) ④ 無印公文書変造罪(刑法155条3項) |
(2) 構成要件
① 有印公文書偽造罪(刑法155条1項)
(イ)行使の目的で公務所、公務員の印章・署名を使用して公務所・公務員の作成すべき文書・図画を偽造すること。
(ロ)偽造した公務所・公務員の印章•署名を使用して公務所・公務員の作成すべき文書・図画を偽造したこと。
② 有印公文書変造罪(刑法155条2項)
行使の目的で公務所・公務員の押印もしくは署名した文書・図画を変造したこと。
③ 無印公文書偽造罪(刑法155条3項)
行使の目的で公務所・公務員の作るべき文書・図画を偽造すること。
④ 無印公文書変造罪(刑法155条3項)
行使の目的で公務所・公務員の作るべき文書・図画を変造すること。
(3) 主体
公文書の作成権限を有する者以外の者である。公務員でない者が本犯の主体になることは当然だが、公務員でもその作成権限に属さない公文書を作成し、又は職務の執行と無関係に公務所・公務員名義の文書を作成すれば本罪が成立する。作成権限のない者が、公務所又は公務員の名義を冒用して公文書を作成すれば、その内容が真実であっても公文書偽造罪は成立する。
cf 作成権限を有する者がその権限を濫用して内容虚偽の文書を作成したときは本罪ではなく、虚偽公文書作成罪となる。
(4) 客体
公務所・公務員が職務上作成すべき文書・図画(公文書・公図画)である。公務員の肩書がある文書であっても、それが職務上作成したものでなければ公文書とはいえない。
判例 |
(大T10.9.24) |
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村役場の書記がその肩書を用いて作成した退職届書は、職務上作成されたものでなく、公務員の私文書にすぎない。 |
(5) 行為
偽造又は変造することである。
(6) 行使の目的
行使の目的がなければ本罪は成立しない。
(7) 刑罰
① 有印公文書偽造罪、有印公文書変造罪
1年以上10年以下の懲役。
② 無印公文書偽造罪、無印公文書変造罪
3年以下の懲役又は20万円以下の罰金。
■虚偽公文書作成罪(刑法156条)
刑法156条(虚偽公文書作成等)
公務員が、その職務に関し、行使の目的で、虚偽の文書もしくは図画を作成し、又は文書もしくは図画を変造したときは、印章又は署名の有無により区別して、前2条の例による。
(1) 構成要件
公務員が職務に関し行使の目的で虚偽の文書・図画を造り、又は文書・図画を変造することである。
① 主体
職務上公文書や公図画を作成する権限を有する公務員である。(真正身分犯)。
公務員であっても作成権限なき者が虚偽の文書を作成すれば本罪ではなく、公文書偽造罪の客体となる。作成権限を有しない者が、情を知らない作成権限を有する公務員を利用して虚偽の公文書を作成させた場合、本罪の間接正犯として処罰できるかについて、判例(最S27.12.25)は否定する。
判例 |
(最S27.12.25) |
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公務員でない者が日本で兵役に服したことがない旨の虚偽内容の証明願を村役場に提出し、情を知らない係員をして村長名義の証明書を作成させた場合、本罪の間接正犯とはならない。 |
⇒ この場合、虚偽公文書作成罪の間接正犯ではなく、公正証書原本不実記載罪が成立する。
② 客体
公務所・公務員が職務上作成すべき文書・図画(公文書・公図画)である。
③ 行為
行使の目的をもって真実に反する内容の文書・図画を作成すること(偽造)又は公文公図画に変更を加えて内容虚偽のものとすること(変造)である。
④ 行使の目的
行使の目的がなければ本罪は成立しない。
(2) 刑罰
① 虚偽有印公文書作成罪
1年以上10年以下の懲役。
② 虚偽無印公文書作成罪
3年以下の懲役又は20万円以下の罰金。