• 刑法(各論)ー7.公共の平穏に対する罪
  • 1.放火及び失火の罪
  • 放火及び失火の罪
  • Sec.1

1放火及び失火の罪

堀川 寿和2022/02/10 14:04

放火の罪の総説

放火の罪は、火力によって建造物その他の物件を焼損し、公衆の生命・身体・財産に対して危険を生じさせる犯罪である。次のように分類される。

 

(1) 分類

放火の罪

現住建造物放火罪(刑法108条)

非現住建造物放火罪(刑法109条)

建造物等以外放火罪(刑法110条)

延焼罪(刑法109条2項、110条2項の結果的加重犯)

 

(2) 放火の罪の共通問題

保護法益

放火罪は、公衆の生命・身体・財産に対し危険を生じさせる公共危険罪である。保護法益は、公衆の生命・身体・財産の安全である。

客体と公共の危険

放火罪は公共危険罪であることから、公共の危険が発生しなければ成立しない。ここでいう公共の危険とは、通説によると不特定又は多数人の生命・身体・財産に対する侵害の可能性である。

放火罪は、その客体によって抽象的危険犯と具体的危険犯に分類される。

 

客体

公共の危険

未遂の処罰規定

予備の処罰規定

現住建造物放火罪

(刑法108条)

他人所有

抽象的危険犯

あり

(刑法112条)

あり

(刑法113条)

自己所有

非現住建造物放火罪

(刑法109条)

他人所有

自己所有

具体的危険犯

なし

なし

建造物等以外放火罪

(刑法110条)

他人所有

自己所有

 

(イ)抽象的危険犯

刑法108条、109条1項は、条文上公共の危険の発生が要求されていないことから、抽象的危険犯とされる。そこで、焼損があればそれだけで公共の危険が発生したとされ、放火罪が成立する。

(ロ)具体的危険犯

それに対し、刑法109条2項と110条は、条文上公共の危険の発生が要求されているところから具体的危険犯とされ、焼損によって現実に公共の危険つまり具体的危険が発生しなければ放火罪は成立しない。他人所有のものにつき、器物損壊罪の成立が問題となるにすぎない。

(ハ)両者の差異

周りに住居その他延焼のおそれのあるものがない一軒家を放火した場合

a) 刑法108条、109条1項の客体の場合(現住建造物、他人所有の非現住建造物)

焼損した時点で公共の危険が発生したとされ、放火罪が成立する。

b) 刑法109条2項と110条の客体の場合(自己所有の非現住建造物、建造物等以外)

周囲に延焼のおそれのある物がない以上、公共の危険は発生せず、したがって放火罪とはならない。

放火の意義

放火とは、火を放つことである。すなわち目的物に対し火災を生じさせることをいう。

作為、不作為を問わない。

(イ)作為による場合

目的物に直接点火する場合が典型であるが、媒介物に点火する場合を含むとされる。(大M44.1.24)

(ロ)不作為による場合

不作為による放火は法律上の消火義務を負う者が、容易に消し止めうる状況にあったのに、ことさら消火の手段を怠った場合に認められる。

(ハ)放火の実行の着手

目的物に直接点火した時のみならず、自動発火装置をしかけた時や目的物に接着した可燃性の媒介物に点火した時に認められる。

焼損の意義

放火罪は目的物たる客体の焼損によって既遂となる。火を放ったが焼損に至らなければ未遂に止まる。どの程度に至れば焼損したといえるのかについては、次の説がある。

(イ)独立燃焼説(判例)

判例は、火が媒介物を離れて目的物に燃え移り、独立して燃焼しうる状態に達したとき焼損となるとする。(大M43.3.4)この説によると、例えば、家屋の一部分が燃え始めると放火罪は既遂となるが、畳や雨戸等の取り外しが容易な建具に対する放火のみでは既遂とならない。未遂にとどまる。目的物である住居が独立して燃焼したとはいえず、焼損にはあたらないからである。

(ロ)効用喪失説

目的物の主要部分が焼失し、その効用が失われたときに焼損したこととする。

(ハ)中間説

独立燃焼説と効用喪失説の中間の時点で焼損があったと考える説である。さらに「燃え上がり説」と「毀棄説」に分類される。

a) 燃え上がり説

目的物の主要部分が燃え上がった時点で焼損があったと考える説である。

b) 毀棄説

目的物が毀棄罪でいるところの損壊の程度まで燃え上がった時点で焼損があったと考える説である。

現住建造物等放火罪(108条)

 

刑法108条(現住建造物等放火)

放火して、現に人の住居に使用し又は現に人がいる建造物、汽車、電車、艦船又は鉱坑を焼損した者

は、死刑又は無期もしくは5年以上の懲役に処する。

 

(1) 構成要件

放火して現に人が住居に使用し、又は現に人がいる建造物・汽車・電車・艦船もしくは鉱坑を焼損することである。

主体

限定なし

客体

現に人が住居に使用し、又は現に人がいる建造物・汽車・電車・艦船もしくは鉱坑である。

(イ)人の住居

人とは、犯人以外の者をいう。犯人が単独で居住する住居への放火は、本罪ではなく非現住建造物の放火(刑法109条1項)となる。(大S 7. 5. 5) なお、犯人の家族も人である(大S 9. 9.29)ことから、犯人の所有であっても家族が同居する自己所有の住居を放火した場合は、本罪が成立する。

また、犯人の家族が入院中や旅行中で留守であっても人の住居に使用していることに変わりはないことから本罪が成立する。

(ロ)現に人がいる建造物

建造物とは住居以外のものである。建造物の一部が住居として使用されている場合には全体が現住建造物にあたる。例えば、一室を宿直室としている学校の校舎等である。住居以外の建造物は人の住居と異なり放火当時犯人以外の者が建造物の中に存在することが必要である。

(ハ)現に人がいる汽車・電車

(ニ)現に人がいる艦船

艦船とは、軍艦や船舶をさす。大小を問わない。

(ホ)現に人がいる鉱坑

鉱坑とは、石炭等の地下資源採掘の地下設備全般をさす。

行為

火を放って、現に人が住居に使用し、又は現に人がいる建造物・汽車・電車・艦船もしくは鉱坑を焼損させることである。具体的に公共の危険を発生させたことを要しない。(抽象的危険犯)

 

(2) 故意

現住建造物であることを認識し、さらに火を放ってこれらを焼損することの認識が必要である。

行為者が他人所有の現住建造物に延焼させる目的でこれに隣接する他人所有の空き屋に火をつけたところ、通りかかった者の消火活動によって空き屋を焼損させたのみであった場合には、現住建造物放火未遂罪が成立する。現住建造物放火の故意をもって火を放ったが、客体である現住建造物が焼損するに至っていないからである。

cf 行為者が家屋を非現住建造物と誤信して現住建造物に放火した場合には、非現住建造物放火罪によって処断される。例えば、誰もいないと思って空き屋に放火したところその中で子供が遊んでおり、その子供が消火し畳を焦がしたに止まった場合には、非現住建造物放火未遂罪が成立する。空き屋は子供が中にいたことにより現住建造物放火罪の客体になるが、犯人には、現住建造物への放火の故意がないからである。

 

(3) 刑罰

死刑又は無期もしくは5年以上の懲役。未遂の処罰規定あり。(刑法112条)

予備の処罰規定あり。(刑法113条)

 

判例

(大T2.3.7)

 

1個の放火行為で複数の現住建造物を焼損した場合には、1個の公共の危険を生ぜしめたにすぎないから1個の放火罪が成立するのみである。

 

非現住建造物放火罪(刑法109条)

 

刑法109条(非現住建造物放火)

1.放火して、現に人が住居に使用せず、かつ現に人がいない建造物、又は鉱坑を焼損した者は、2年以上の有期懲役に処する。

2.前項の物が自己の所有に係るときは、6月以上7年以下の懲役に処する。ただし、公共の危険を生じなかったときは、罰しない。

 

(1) 構成要件

放火して、現に人が住居に使用せず、かつ現に人がいない建造物、又は鉱坑を焼損することである。

主体

限定なし

客体

現に人が住居に使用せず、かつ現に人がいない建造物、又は鉱坑である。汽車・電車は含まれない。

cf 刑法108条

(イ)非現住建造物

犯人が1人暮らしている家屋を自ら放火した場合は本罪となる。その他、居住者又は現在者全員が承諾した場合も本罪の客体となる。例えば、保険金目的で居住者又は現在者全員と共謀して放火したような場合である。

判例

(大T6.4.13)

 

家人全員を殺した後で、犯行を隠す目的でその家を放火した場合、住居者はいなくなっていることから、非現住建造物放火罪にあたる。

 

(ロ)自己所有物件

a) 原則

客体が自己所有物件であるときは、法定刑が軽くなり、公共の危険が発生しなければ処罰されない。(刑法109条2項 具体的危険犯)

b) 例外

自己の所有にかかる物件であっても、差押えを受け、物権を負担し、又は賃貸もしくは保険に付したものであるときは他人の物として扱われる。つまり、刑法109条1項が適用される。

行為

(イ)109条1項(他人所有の非現住建造物放火)

火を放って前記の客体を焼損することである。抽象的危険犯であることから、焼損の結果が発生すれば既遂となる。

(ロ)109条2項(自己所有の非現住建造物放火)

火を放って前記の客体を焼損し、公共の危険を発生させることである。具体的危険犯であることから、公共の危険が具体的に発生しなければ既遂とならない。また未遂の処罰規定がないことから、不可罰である。

 

(2) 故意

109条1項(他人所有の非現住建造物放火)

非現住建造物であることを認識し、さらに火を放ってこれを焼損することの認識が必要である。

なお、公共の危険の発生することまでの認識は不要とされている。

109条2項(自己所有の非現住建造物放火)

非現住建造物であることを認識し、さらに火を放ってこれを焼損することの認識が必要である。

さらに、公共の危険の発生の認識が必要かについては争いがあるが、判例(大S10.6.6)はこれを不要とする。

 

(3) 刑罰

109条1項(他人所有の非現住建造物放火)

2年以上の有期懲役。未遂の処罰規定あり。(刑法112条)本罪を犯す目的でその予備をなした者は、2年以下の懲役。ただし情状によりその刑を免除することができる。(刑法113条)2年以上の有期懲役。未遂の処罰規定あり。(刑法112条)本罪を犯す目的でその予備をなした者は、2年以下の懲役。ただし情状によりその刑を免除することができる。(刑法113条)

109条2項(自己所有の非現住建造物放火)

6月以上7年以下の懲役。ただし、公共の危険を生じなかったときは、罰しない。