• 刑法(総論)ー13.刑の執行
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1刑の全部の執行猶予

堀川 寿和2022/02/10 11:26

刑の全部の執行猶予の意義

(1) 意義

刑の全部の執行猶予とは、刑を言い渡す際に情状によってその執行を一定期間猶予し、その期間を無事に経過したときには、刑の言い渡しの効力を失効させる制度である。

 

(2) 趣旨

短期自由刑の執行による弊害の防ぐ趣旨と前科がもたらす弊害を回避する趣旨があるとされる。軽微な罪を犯した者を刑務所に収容することによって、刑務所内で他の受刑者の影響を受けて、より悪い人格を形成して出所することになる可能性もあり、また前科が付くことによって出所後の社会生活に支障をきたすことも考えられることから、一定期間執行を猶予して、犯人自身の自覚による改善・更生を促す狙いがあるとされている。

刑の全部の執行猶予の要件

刑の全部の執行猶予には、「初度の執行猶予」と「再度の執行猶予」の2種類がある。

 

(1) 初度の執行猶予の場合(刑法25条1項)

前に禁錮以上の刑に処せられたことがないこと

又は

禁錮以上の刑に処せられたが、その執行が終わった日又はその執行の免除を得た日から5年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがないこと

したがって、前に禁錮以上の刑に処せられたが、その執行が終わって5年以上経過していれば新たな罪につき執行を猶予することができる。

今回の裁判で言い渡される刑が次のいずれかであること

(イ)3年以下の懲役

(ロ)3年以下の禁錮

(ハ)50万円以下の罰金

例えば、懲役2年及び罰金50万円に処する場合、その双方が刑法25条1項の要件を満たすので、その双方について執行猶予することができる。逆に、拘留・科料を言い渡す場合に執行猶予は付けられない。

刑の執行を猶予するのが相当と認められる情状酌量の余地があること

 

(2) 再度の執行猶予の場合(刑法25条2項)

前に禁錮以上の刑に処せられ、現にその執行を猶予されていること

つまり、前の刑の執行猶予期間内にさらに罪が犯され、かつその期間内に今回の刑を言い渡す場合に限って適用される。また、前の刑の執行猶予に保護観察が付いている場合には、その保護観察が仮解除されていた場合を除いて、今回の刑の執行を猶予することはできない。

今回の裁判で言い渡される刑が次のいずれかであること

(イ)1年以下の懲役

(ロ)1年以下の禁錮

したがって、罰金の場合には再度の執行猶予は認められない。

刑の執行を猶予するのが相当と認められる情状酌量の余地があること

 

(3) 執行猶予の期間

初度の執行猶予の場合

(イ)猶予期間

執行猶予の期間は、裁判確定の日から1年以上5年以下の期間とすることができる。(刑法25条1項)

(ロ)保護観察

猶予の期間中、保護観察に付することができる。(刑法25条の2第1項前段)したがって、保護観察に付さないこともできる。

再度の執行猶予の場合

(イ)猶予期間

執行猶予の期間は、初度の執行猶予の場合と同様に裁判確定の日から1年以上5年以下の期間とすることができる。(刑法25条1項)

(ロ)保護観察

猶予の期間中、保護観察に付する。(刑法25条の2第1項後段)したがって、保護観察に付さないことはできない。つまり保護観察は必要的である。

 執行猶予の要件 まとめ

 

過去の犯罪歴

今回の宣告刑

猶予期間

保護観察

25

1

前に禁錮以上の刑に処せられたことがないこと(*1)

3年以下の懲役

3年以下の禁錮

50万円以下の罰金

裁判が確定した日から

1年以上5年以下

任意的

前に禁錮以上の刑に処せられたが、その執行を終わり、又はその執行の免除を得た日から5年以内に禁錮以上の刑に処せられていないこと(*2)

情状に特に酌量すべき

ものがあること

25

2

前に禁錮以上の刑に処せられ、その執行が猶予されたこと

その執行猶予が保護観察付きのものでないこと

その執行猶予期間中に新たな罪を犯し、その期間中に確定有罪判決を受ける場合であること(*3)

情状に特に酌量すべきものがあること

1年以下の懲役

1年以下の禁錮

必要的

 

 

(*1) 併合罪中の余罪(最S31.5.30)

併合罪関係に立つAB罪のうちB罪のみ発覚しB罪につき執行猶予が言い渡された後、その猶予期間中にA罪が発覚し裁判をするときは、もし両罪が同時に審判されていたら一括して刑の執行猶予をすることができたものであるから、A罪につきさらにその刑の執行を猶予することができる。このA罪の執行猶予は2項によるのではなく1項によって言い渡すべきものである。なぜなら2項は執行猶予中の犯罪に関するものであり、今回のA罪は執行猶予前の犯罪であるためである。

(*2) 仮釈放との関係

仮釈放を許されてそのまま刑期を完了し、その後罪を犯した者に対し、刑期満了の日から4年目にその新たな罪につき保護観察に付する執行猶予付きの懲役刑を言い渡すことはできない。

 

 

 

刑の全部の執行猶予の効果

(1) 刑罰権の発生

刑の執行猶予は、刑の言い渡し自体はあることから、刑罰執行権は発生する。ただ刑の執行が猶予されるにすぎない。

 

(2) 刑の言渡しの失効

刑の全部の執行猶予の言い渡しを取り消されることなく、その猶予の期間を経過したときは、刑の言い渡しは、効力を失う。(刑法27条)したがって、執行猶予期間中に新たな罪を犯した者に対し、執行猶予期間経過後にその新たな罪につき刑に処するときは、25条1項1号の執行猶予(初度の執行猶予)の対象となる。