- 刑法(総論)ー6.違法論
- 10.被害者の同意
- 被害者の同意
- Sec.1
■被害者の同意が及ぼす影響
被害者の同意によって、構成要件に該当する行為が次のように影響を及ぼす。どのような影響を及ぼすかについては、個々の構成要件によって異なる。
(1) 構成要件該当性を阻却する場合
被害者の意思に反することが構成要件の内容となっている犯罪については、被害者の承諾は構成要件該当性そのものを阻却させる。違法性が阻却されるか否か以前の問題である。住居侵入罪(刑法130条)、強制わいせつ罪(刑法176条)、強制性交罪(刑法177条)、窃盗罪(刑法235条)等がこれに該当する。これらは同意があれば構成要件に該当せず、そもそも犯罪にならない。
(2) 違法性を減少させる場合
被害者の承諾が違法性を減少させ、別の軽い犯罪が成立する場合である。
同意殺人罪(刑法202条)、同意堕胎罪(刑法213条)非現住建造物放火罪(刑法109条)等がある。例えば、現住建造物放火罪であっても、居住者全員の承諾があれば非現住建造物放火罪として扱われ、所有者の承諾があれば更に自己所有の非現住建造物放火罪として扱われる。
(3) 違法性に何ら影響を及ぼさない場合
被害者の承諾があっても影響なく、原則どおり犯罪となる場合である。
13歳未満の者に対する強制わいせつ罪(刑法176条)、13歳未満の者に対する強制性交罪(刑法177条)等である。
その他、強制執行により差押えを受けた債務者が、差押えのための封印が施された差押物を搬出して売却した場合、たとえ債権者が承諾していたとしても封印破棄罪が成立する。本罪の保護法益は国家的法益であるから被害者の承諾は犯罪の成否に影響しない。
(4) 違法性を阻却する場合
傷害罪(刑法204条)がこれにあたる。
ただ、このケースで違法性が阻却されるためには、「単に承諾が存在するという事実だけでなく、①その承諾を得た動機・目的②身体障害の手段・方法③損傷の部位・程度など、諸般の事情を照らし合わせて決すべきものである。」(最決S55.11.13)とされている。
判例 |
(最S55.11.13) |
|
|
過失による自動車事故のように装って保険金を騙取する目的で、被害者の承諾を得てその者の車に故意に自己の車を衝突させて傷害を負わせた場合は、その承諾は保険金騙取という違法目的のための違法なものであって、当該傷害行為の違法性を阻却しない。 |
■承諾の要件
承諾が刑法上有効とされ、したがって違法性を阻却するには、次の要件を必要とする。
(1) 承諾が被害者の個人的法益につきなされたものであること (2) 承諾自体が有効なものであること (3) 承諾が行為の時に存在すること (4) 承諾に基づいてなされる行為自体がその方法及び程度において社会的に相当であること (5) 行為者が被害者の承諾を認識して行ったこと |
(1) 承諾が被害者の個人的法益につきなされたものであること
これに対し、国家的法益・社会的法益を保護法益とする場合には被害者の承諾は犯罪の成否に影響しない。つまり被害者が承諾した場合にも犯罪として成立することになる。
判例 |
(大T1.12.20) |
|
|
被告訴者の承諾があっても、虚偽告訴罪の成立に影響を及ぼすものではない。 |
⇒ 虚偽告訴罪は第一次的には国家の審判作用という国家的法益に対する罪と解されるからである。
判例 |
(最決S56.4.8) |
|
|
交通反則切符中の供述書を他人の承諾を得て他人名義で作成した場合には、私文書偽造罪が成立する。 |
(2) 承諾自体が有効なものであること
承諾は、承諾の意味を理解しうる被害者の自由かつ真面目な意思に出たものでなければならない。幼児・高度の精神障害者のした承諾、強制による承諾、錯誤や冗談でした承諸(大M43. 4.28)等は承諾とはいえない。
判例 |
(大S9.8.27) |
|
|
母親が親子心中をするため、幼児の承諾を得てその子を殺害すれば、同意殺人罪(刑法202条)ではなく殺人罪(刑法199条)が成立する。 |
判例 |
(最S24.7.22) |
|
|
犯人が強盗の意図で「今晩は」と挨拶したのに対して家人が「おはいり」と答えたのでこれに応じて住居に立入った場合は錯誤による同意であって同意ありとはいえないから住居侵入罪が成立する。 |
(3) 承諾が行為の時に存在すること
事後的に与えられた同意は無効である。行為時に法益保護の必要があった否かが基準となるからである。例えば、空き巣が財物を窃取した後、家を出ようとしたところで家人に見つかり、説得されてお金を返そうとしたが、窃取した財物を与えると言われたため、もらって帰ったような場合でも窃盗罪は成立する。事後の承諾は、いったん成立した犯罪に影響を与えるものではない。
(4) 承諾に基づいてなされる行為自体がその方法及び程度において社会的に相当であること
同意に基づく行為であっても社会的に相当なものでなければならない。
判例 |
(仙台地石巻支部判S62.2.18) |
|
|
いわゆる指つめなる行為が社会通念に照らして社会倫理秩序の範囲内であるとはいえないことは明らかであるから、被害者の承諾があってもその承諾は無効であり加害者の行為の違法性は阻却されない。 |
(5) 行為者が被害者の承諾を認識して行ったこと
承諾による行為は、被害者の承諾があることを認識して行わなければならない。
被害者の同意が犯罪に及ぼす効果 まとめ
犯罪の種類 |
影響 |
具体例 |
|
国家的法益 社会的法益 に対する犯罪 |
適用法条変化 |
現住建造物放火罪(108) → 他人所有非現住建造物放火罪(109①) 又は 自己所有非現住建造物放火罪(109②) |
|
影響なし |
封印破棄罪(96) 虚偽告訴罪(172) 偽証罪(169) |
||
個人的法益に 対する犯罪 |
犯罪不成立 |
構成要件 該当性阻却 |
強制わいせつ罪(176) 強制性交罪(177) 逮捕・監禁罪(220) 住居侵入罪(130) 窃盗罪(235) 横領罪(252) 秘密漏示罪(134) |
違法性阻却 |
傷害罪(203) 暴行罪(208) |
||
適用法条変化 |
殺人罪(199)→同意殺人罪(202) 堕胎罪(212)→同意堕胎罪(213) |
||
影響なし |
13歳未満の者に対する強制わいせつ(176) 13歳未満の者に対する強制性交罪(177) |