- 刑法(総論)ー6.違法論
- 5.正当防衛
- 正当防衛
- Sec.1
1正当防衛
■正当防衛の意義
正当防衛とは、急迫不正な侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為をいう。(刑法36条1項)不正な侵害に対する反撃である点で、不正でない相手方の利益を犠牲にする緊急避難と異なる。
■正当防衛の成立要件
次の要件を満たすことが必要である。
・急迫・不正の侵害があること ・自己又は他人の権利を防衛するための行為であること ・防衛行為がやむを得ずにしたものであること ・防衛の意思(争いあり) |
(1) 急迫・不正の侵害があること
① 急迫
(イ)急迫性
急迫とは、法益侵害が現に存在するか又は目前に差し迫っていることをいう。侵害の急迫性がなければ、防衛は成立しない。侵害が当然又は確実に予期されていたとしてもただちに侵害の急迫性が失われるわけではないが、予期するにとどまらず、当初からその機会を利用して積極的に相手方に対して加害行為を行う意思(積極的加害意思)で侵害に臨んだときは、急迫の侵害に対する反撃とは言えない。(最決S52.7.21)
(ロ)過去の侵害
過去の侵害に対して、正当防衛は認められない。侵害が事実上経過した以後に行う法益の回復行為は、後述する自救行為となることはあっても正当防衛ではない。
(ハ)将来の侵害
将来の侵害に対し、それを見越して先制攻撃を加える行為について正当防衛は認められない。
例えば、Aが知人のBと口げんかになった際、Aは普段からBがズボンのポケットの中にナイフを隠し持っていることを知っており、きっとBはナイフを取り出して切り付けてくるであろうと考え、Aは自分の身を守るため、先制してBの顔面を拳で殴りつけた。この場合、侵害の急迫性が認められないので、Aの行為には正当防衛は成立しない。
cf しかし、将来の侵害を予想して行われた防衛行為であっても、将来侵害が現実化して初めて生じるものであればなお急迫の侵害に対するものといえる。
(ex)泥棒よけのために、家の窓枠に電流を流す装置を設置していたところ、盗みに入った泥棒がこれに触れてヤケドした場合、なお正当防衛が成立し得る。
② 不正
(イ)不正の意義
不正とは、違法であることである。したがって、正当防衛は相手方が違法な場合にのみ成立することから、正当防衛や緊急避難に対して正当防衛は成立しないことになる。相手方の行為は違法性が阻却され不正ではないからである。一方、後述する「誤想防衛」「誤想避難」「過剰防衛」は違法性が阻却されず違法行為とされるため、それに対して正当防衛は成立する。
(ロ)有責性
相手方が違法であれば足りるため、相手方が有責である必要はない。
したがって、例えば、刑事未成年者の違法行為に対して正当防衛も成立し得る。
③ 侵害
(イ)侵害の意義
侵害とは、他人の権利に対して実害又はその危険を生じさせる行為をいう。侵害は故意の行為・過失による行為、また作為・不作為を問わない。
判例 |
(大阪高S29.4.20) |
|
|
出ていけといっても立ち去らない訪問販売員を無理に玄関の外に押し出したような場合にも正当防衛は成立し得る。 |
(ロ)自招侵害
自招侵害とは、防衛者自らが不正の侵害を招いて正当防衛の状況を作り出すことをいう。例えば、正当防衛に名を借りて相手方に侵害を加える場合や相手方を挑発した場合等をいう。この場合、相手方の侵害が通常予想される範囲であれば、急迫の侵害に対する反撃とはいえない(東京高H8.2.7)が、予想を超える場合には正当防衛が成立する余地はある。
例えば、相手を挑発してケンカになり最初は素手で殴り合っていたところ、突然短刀で切りかかってきたような場合には、正当防衛が成立し得る。
(2) 自己又は他人の権利を防衛するための行為であること
① 自己又は他人の権利
したがって自己のみならず他人の権利を守るためにも正当防衛が成立し得る。例えば、一緒に歩いていた友人が突然暴漢に襲われた場合、友人を助けるために暴漢に攻撃を加えた場合にも正当防衛は成立し得る。
② 防衛行為
防衛とは、侵害から法益を守ることをいう。防衛行為は侵害者に向けられた反撃でなければならない。侵害者以外の第三者に向けられたものは緊急避難になることはあっても正当防衛にはならない。
(3) 防衛行為がやむを得ずにしたものであること
① 防衛行為の必要性
当該行為がその権利防衛のため必要な行為であることを要する。この必要性は、その防衛行為以外にとるべき方法がなかったこと(補充性の原則)まで要求されない。cf 緊急避難
② 防衛行為の相当性
法益の権衡を著しく損なわないことを要する。著しく損なわなければよいことから、正当防衛によって守ろうとした法益が相手方に生じた損害の方が著しく大きいものでない限り正当防衛は成立し得る。
cf 緊急避難は自己の法益を守るため法益侵害を他に転嫁するものであるところから、他にとるべき方法がなかったこと(補充性+法益の権衡)が要求される。
判例 |
(最S44.12.4) |
|
|
Bから因縁を付けられて拳で殴られたAがBの胸付近を押して反撃したところ、たまたまBが転倒により打ち所が悪かったために死亡したとしても、Aに正当防衛が成立し得る。 |
⇒ 反撃行為が防衛の手段としての相当性を有する場合、反撃行為によって生じた結果が侵害されようとした法益よりたまたま大きなものとなっても、その反撃行為が正当防衛でなくなるものではない。
(4) 防衛の意思の有無
正当防衛が成立するためには、防衛の意思が必要か否かについては、必要説と不要説の争いがある。判例(最S46.11.16)は必要説に立つ。両説の差異は、偶然防衛の際に問題となる。例えば、AがBを殺してやろうと思って銃を撃ったところ、実はその時BもAを殺そうとして銃で狙っていたところであった場合、防衛意思不要説だとAに正当防衛の成立が認められ、必要説だと正当防衛が否定されることになる。
判例 |
(最S46.11.16) |
|
|
防衛の意思があれば、たとえ憤激・憎悪等の感情が伴っていても正当防衛となり得る。 |
判例 |
(最S50.11.28) |
|
|
攻撃意思と防衛意思とが併存していてもかまわない。 |
⇒ 防衛行為にかかる感情が伴うのは通常であり、そのことで成立を否定してしまうと、正当防衛が成立する余地がほとんどなくなってしまうからである。