- 民事保全法ー3.保全命令に関する手続
- 1.保全命令通則
- 保全命令通則
- Sec.1
1保全命令通則
■保全命令通則
(1) 保全命令事件の管轄
① 保全命令事件の管轄
保全命令の申立ては、日本の裁判所に本案の訴えを提起することができるとき、又は仮に差し押さえるべき物もしくは係争物が日本国内にあるときに限り、することができる(民保法11条)。
② 本案の管轄裁判所
保全命令事件は、本案の管轄裁判所又は仮に差し押さえるべき物もしくは係争物の所在地を管轄する地方裁判所が管轄する(民保法12条1項)。専属管轄である(民保法6条)。本案の管轄裁判所は、第一審裁判所とする(同条3項)。事物管轄により、地方裁判所又は簡易裁判所となる。ただし、本案が控訴審に係属するときは、控訴裁判所とする(同項ただし書)。したがって、訴訟が第1審に係属するときは、第1審裁判所である地方裁判所又は簡易裁判所が、控訴審に係属するときは、控訴審裁判所が管轄する。
③ 係争物の所在地の裁判所
不動産、動産の所在地は、それらの物の存在する場所であるが、債権その他の財産権の所在地については、例えば、仮に差し押えるべき物又は係争物が債権(民執143条に規定する債権)であるときは、その債権は、その債権の債務者(第三債務者)の普通裁判籍の所在地にあるものとする(民保法12条4項)。
④ 管轄が競合する場合
当事者は、いずれかの1つを選択して申し立てることができる。
(2) 保全命令の申立て
① 申立ての方式
保全命令(仮差押命令、仮処分命令)の申立ては、「申立ての趣旨」「保全すべき権利又は権利関係」及び「保全の必要性」を明らかにして、これをしなければならない(民保法13条1項)。管轄裁判所に書面をもってする。
a) 申立ての趣旨
申立ての趣旨とは、債権者が求める保全命令の内容、つまりどのような内容の仮差押命令、仮処分命令を求めるのかをいう。訴状の請求の趣旨に相当する。仮差押命令の申立ての場合は、仮差押えの対象となる目的物を特定しなければならない。ただし、動産の仮差押命令は、目的物を特定しないで発することができる(民保法21条)。
b) 保全すべき権利又は権利関係
「保全すべき権利」とは、仮差押及び係争物に関する仮処分の際に用いられ、「保全すべき権利関係」とは、仮の地位を定める仮処分について用いられる。
(イ)仮差押えの場合
仮差押命令は、金銭の支払を目的とする債権の存在が必要である。つまり、保全すべき債権は金銭債権であることを要する。金銭債権であれば、条件付又は期限付であってもよい(民保法20条2項)。
例えば、保証人の主たる債務者に対する将来の求償権を保全するために仮差押をすることができる。
(ロ)係争物に関する仮処分の場合
係争物に関する給付請求権の存在が必要である。動産・不動産の引渡し、明渡請求権等が被保全権利である。この給付請求権も条件付・期限付であってもよい(民保法23条3項)。
(ハ)仮の地位を定める仮処分の場合
争いがある権利関係の存在が必要である。争いのある権利関係も、条件付・期限付でよい(民保法23条3項)。
c) 保全の必要性
(イ)仮差押えの保全の必要性
仮差押命令は、金銭債権について、「強制執行をすることができなくなるおそれがあるとき、又は強制執行をするのに著しい困難を生ずるおそれがあるとき」に発することができる(民保法20条1項)。債務者による財産の費消、隠匿、処分、毀損など、又はそのおそれがある場合がこれにあたる。したがって、債権者が債務者に対して十分な担保を有する場合には、保全の必要性はないことになる。
(ロ)係争物に関する仮処分の保全の必要性
係争物に関する仮処分命令は、「係争物の現状の変更により、債権者が権利を実行することができなくなるおそれがあるとき、又は権利を実行するのに著しい困難を生ずるおそれがあるとき」に発することができる(民保法23条1項)。係争物の現状変更のおそれがあれば債務者が十分な責任財産を有していても保全の必要性は認められる。
(ハ)仮の地位を定める仮処分の保全の必要性
仮の地位を定める仮処分命令は、「争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるために、この仮処分命令を必要とするとき」に発することができる(民保法23条2項)。つまり権利関係に争いがあり、本案訴訟による法律関係の確定を待っていては債権者に重大な不利益が生ずることが保全の必要性である。「争いのある権利関係について、債権者に生じる著しい損害又は急迫の危険を避けるために必要なこと」という要件は仮の地位を定める仮処分の要件であって、係争物に関する仮処分の要件とはされていない。
② 疎明
保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性は疎明しなければならない(民保法13条2項)。
この保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性の疎明は即時に取り調べることができる証拠によってしなければならない。
急迫の事情があるときでも、保全の必要性は疎明しなければならず、裁判所の許可を得ることによって「保全の必要性」の疎明を保証金の供託に代えることができるといった規定は存在しない。
(3) 保全命令の申立て取下げ
債権者は申立てを自由に取下げることができる。取下げに相手方債務者の同意は不要である(民保法18条)。取下げは書面によってするのが原則であるが、民事保全手続の口頭弁論、審尋期日では、口頭ですることもできる。
(4) 保全命令申立ての審理
① 原則
民事保全の申立てについての裁判は、口頭弁論を経ないですることができる(民保法3条)。任意的口頭弁論で裁判の形式は決定手続でなされ、口頭弁論を開かないで審理する場合は、裁判所は当事者を審尋することができる。したがって裁判所が採ることのできる審理の方式は次の3つである。
a) 書面による審理 b) 任意的口頭弁論による審理 c) 審尋による審理 |
② 例外(仮の地位を定める仮処分命令の発令の場合の特則)
仮の地位を定める仮処分命令は口頭弁論又は債務者が立ち会うことができる審尋の期日を経なければ発することができない(民保法23条4項)。したがって、書面のみによる審理、債権者のみの審尋によることはできない。ただし、その期日を経ることにより仮処分命令の目的を達することができない事情があるときは、この限りでない(同項ただし書)。
(5) 申立てについての裁判
① 裁判の形式
保全命令の申立てについての裁判(認容・却下いずれも)は、決定をもってなす(民保法3条)。
保全命令は、急迫な事情があるときに限り、裁判長が発することができる(民保法15条)。
cf 受命裁判官は単独で保全命令を発することはできない。
② 決定の理由
保全命令の申立てについての決定には、理由を付さなければならない。ただし口頭弁論を経ないで決定をする場合には、理由の要旨を示せば足りる(民保法16条)。
③ 裁判の種類
a) 保全命令(仮差押命令、仮処分命令)発令
(イ)申立てを認容する場合
裁判所は、保全されるべき権利(被保全権利)及び保全の必要性が疎明されたときは、保全命令(仮差押命令、仮処分命令)を発する。
(ロ)立担保の必要性
保全命令は、担保を立てさせて、もしくは相当と認める一定の期間内に担保を立てることを保全執行の実施の条件として、又は担保を立てさせないで発することができる(民保法14条1項)。
保全命令の執行により債務者が被る損害の担保のためである。担保を立てる場合、遅滞なく民保法4条1項の供託所(発令裁判所又は保全執行裁判所の所在地を管轄する地方裁判所の管轄区域内の供託所)に供託することが困難な事由があるときは、裁判所の許可を得て、債権者の住所地又は事務所の所在地その他裁判所が相当と認める地を管轄する地方裁判所の管轄区域内の供託所に供託することができる(民保法14条2項)。
(ハ)保全命令の送達
保全命令は当事者に送達しなければならない(民保法17条)。
cf 民事訴訟法における決定・命令は相当と認める方法で告知すれば足りる(民訴法119条)。
なお、保全命令は当事者に送達しなければならないが、保全命令の申立書を相手方に送達しなければならない旨の規定は存在しない。
(ニ)保全命令に対する不服申立て
保全命令に対して債務者は「保全異議」、「保全取消し」の申立てができる。詳しくは、後述する。
b) 却下
保全命令の申立てを却下する裁判に対しては、債権者は、告知を受けた日から2週間の不変期間内に即時抗告をすることができる(民保法19条1項)。この即時抗告を却下する裁判に対しては更に抗告(再抗告)することはできない(同条2項)。申立て却下の場合には、保全命令発令の場合のように「急迫の事情がある」ことはないため、裁判長が行うことはできない。また却下決定の場合は、当事者に対する送達義務はなく、告知で足りる。
保全命令申立に対する裁判 |
裁判長による発令 |
送達の要否 |
不服申立方法 |
保全命令発令 |
○ |
○ |
保全異議 保全取消し |
却下決定 |
× |
× (告知で足りる) |
即時抗告 (2週間以内) |
■仮差押命令
(1) 仮差押命令の意義
申立てが適法で、仮差押えの要件(被保全権利及び保全の必要性の存在の疎明)を充たしているときは、仮差押命令が発せられる。仮差押命令は、金銭の支払を目的とする債権について、強制執行をすることができなくなるおそれがあるとき、又は強制執行をするのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができる(民保法20条1項)。仮差押命令は、前項の債権が条件付又は期限付である場合においても、これを発することができる(同条2項)。
(2) 仮差押命令の対象
仮差押命令ではその主文において、債権者のために債務者の財産を仮に差し押えることができる旨を宣言する。仮差押命令は、特定の物について発しなければならない。ただし、動産の仮差押命令は、目的物を特定しないで発することができる(民保法21条)。
判例 |
(最H15.1.31) |
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特定の目的物につきすでに仮差押命令を得た債権者は、それと異なる目的物につき更に仮差押えをしなければ、金銭債権の完全な弁済を受けるに足りる強制執行をすることができなくなるおそれがあるとき、又はその強制執行をするのに著しい困難を生ずるおそれがあるときには、すでに発せられた仮差押命令と同一の被保全債権に基づき、異なる目的物に対し、更に仮差押命令の申立てをすることができる。 |
(3) 仮差解放金
① 仮差押解放金の意義
仮差押解放金とは、仮差押えの執行の停止又は既にした仮差押えの執行の取消しを得るために債務者が供託すべき金銭をいう。仮差押えは金銭債権保全が目的であるため、債務者が被保全債権に相当する金銭を代わりに供託すれば、仮差押えの執行を開始し、続行する必要がないことから認められた。
② 仮差押解放金の定め
仮差押命令においては、仮差押解放金の額を定めなければならない(民保法22条1項)。解放金の供託は金銭に限られ、有価証券による供託はできない(大S7.7.28)。
債務者が解放金を供託したことを証明したときは、保全執行裁判所は仮差押えの執行を取り消さなければならない(民保法51条1項)。この取消し決定は即時にその効力を生ずる(同条2項)。
仮差押解放金の供託によって仮差押えの執行を取り消すのであって仮差押命令自体を取り消すわけではない。仮差押命令自体を取り消すためには、後述の保全取消しの手続によらなければならない。
■仮処分命令
(1) 仮処分命令の種類
① 係争物に関する仮処分命令
係争物に関する仮処分命令は、その現状の変更により、債権者が権利を実行することができなくなるおそれがあるとき、又は権利を実行するに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができる(民保法23条1項)。
(ex) 特定物についての権利状態の現状維持を目的とする「占有移転禁止の仮処分」
所有者その他の権利者からその処分権能を剥奪する「処分禁止の仮処分」
② 仮の地位を定める仮処分命令
仮の地位を定める仮処分命令は、争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためにこれを必要とするときに発することができる(民保法23条2項)。
この仮処分命令は、口頭弁論又は債務者が立ち会うことができる審尋の期日を経なければこれを発することができない。ただし、その期日を経ることにより仮処分命令の申立ての目的を達することができない事情があるときは、この限りでない(同条4項)。
(ex) 法人の代表者の職務執行停止•代行者選任の仮処分
妨害物の撤去、建築工事禁止の仮処分
プライバシー侵害による出版物の差止仮処分 その他、あらゆるものがある。
(2) 仮処分解放金
① 仮処分解放金の意義
仮処分解放金とは、仮処分の執行停止又は取消しを得るために債務者が供託すべき金銭をいう。
② 仮処分解放金の要件
a) 保全すべき権利が金銭の支払いを受けることをもって行使の目的を達することができるものであること
仮処分解放金は、保全すべき権利が金銭の支払を受けることをもってその行使の目的を達することができるものであるときに限り定めることができる(民保法25条1項)。
cf 仮差押解放金の場合は、「定めなければならない」(民保法22条1項)としており必要的。
仮差押えと異なり、仮処分の場合は金銭債権以外の請求権保全を目的とするため、通常は解放金によってはその目的を達することができない。しかし、「係争物に関する仮処分」には、保全すべき権利は金銭債権でなくても、その権利の基礎あるいは背後に金銭債権があり、その金銭の支払いを受けられれば保全すべき権利を行使したのと同じ経済的効果が得られるものがあり、その場合に解放金を定めることができる。一方、「仮の地位を定めるための仮処分」については、性質上、基礎あるいは背後に金銭債権の存在はないため、仮処分解放金を定めることができない。
b) 債権者の意見を聴くこと
③ 供託所すべき供託所の管轄
供託所の管轄については、仮差押解放金の規定が準用される(民保法25条2項、22条1項)。したがって、仮処分命令を発した裁判所又は保全執行裁判所の所在地を管轄する地方裁判所の管轄区域内の供託所に供託しなければならない。
④ 仮処分解放金供託の効果
債務者が仮処分解放金を供託したことを証明したときは、保全執行裁判所は仮処分の執行を取り消さなければならない(民保法57条1項)。この取消し決定も確定を待たず即時に効力を生ずる(同条2項)。